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第二百八十話 ちょっと気が早い親子喧嘩


 得意武器は槍であるものの、補助で大鉈を使う為か完全に素人ではないユキナ。我流が混ざっているが勢いのある剣捌きで果敢に攻め立てる。


 だが、相手はエガワ家を戦乱の頃より支え天下統一に貢献してきた剣術家の現当主。当たればほぼ一撃で勝敗が決する猛攻に小揺るぎもしない。常に的確な体捌きと重心の移動、木刀の角度でユキナの攻撃を受け止めている。


「温いぞ、小僧」

「くっ!」


 ユキナの力の乗り切った大振りを完全に受け流すと、勢いを殺し切れずに体が流れる。そこへすかさずザンゲツの鋭い一撃が翻る。


 ──ガンッ!


「……勘は悪くないな」

「そりゃどうもっ」


 首筋を打ち据える木刀の軌道を、寸前で得物を差し込み防ぐユキナ。精錬されたものではないが、実戦で培われた防御術。感心した風に声を漏らすザンゲツとは対照的に、ユキナの表情は苦々しい。技術に関しては圧倒的に劣っていると自覚できているからか。


 ──いきなり始まったユキナとザンゲツの戦闘。


 あまりに突然のことに最初は呆気に取られていたレリクスであったが、木刀が衝突し道場の床を激しく踏み締める音が何度も耳に入ってきてようやく我に帰る。慌てて前に出ようとする彼の肩を、ロウザが掴んで押し留めた。


「いかがした勇者殿」

「いかがって、止めないと!」

「馬の足に蹴られたくなかったら、最後まで黙って見守ることよ。いや、野郎同士の戦いだから厳密には少し違うか。なぁゲツヤよ」

「そこは私に振らないで頂きたい」


 レリクスも、ユキナとミカゲが恋人同士であることや、大まかであるものの彼がサンモトまできている経緯も聞いている。


「二人とも何か誤解しているんです! だったら戦う必要なんて──」

「勇者殿のご友人を思う気持ちはご立派ですが、手出しは無用にお願いします」

「ゲツヤさんまで……あなたのお父さんなんでしょ、彼は」

「家に入る前に話した内容は冗談を交えたつもりだったが、まさか本当になるとは。こうなってしまえば、ロウザ様のおっしゃる通り、外野は黙って待つより他はない」


 信じられないとばかりの表情を浮かべるレリクスであったが、ゲツヤは首を横にふる。


 話にならないと、今度はミカゲとツクヨに目を向けるが。


「さすがはユキナ様。あの父上の動きに付いていけている」

「門下生でもあそこまで粘れる子はほとんどいないかもしれないわ。少しだけシラハの動きが混ざってるのは、あなたの指導かしら?」

「はいっ! ユキナ様は欠点を補うよりも力を十全に活かす方が向いていると思い、ご指導をさせていただきました!」

「うちの道場にはあまりいない性質(タイプ)ねぇ。動きはまだまだ荒いけど、地に足がしっかり付いているのは高評価。良い育て方をしたようね、ミカゲ」


 何やらあちらはあちらで予想できない方向で盛り上がっていた。どちらも、自分(レリクス)と同じ止める側だと思っていたのに、むしろ積極的に二人の戦いぶりを観察していた。


 キュネイたちの方を見ると「やれやれ」と言わんばかりにユキナの戦いぶりを見守っている。


「え、僕がおかしいのか?」


 一人だけ、これまでの常識が通用しない世界に迷い込んだ様に感じられて、レリクスは不安になった。どうして誰一人としてこの戦いを止めないのか、不可思議で仕方がない。唯一の救いは、マユリも自分と同じでハラハラした様子で二人の戦いを見ていることくらいである。


「まぁそう慌てなさんなって、勇者さんよ」


 いつの間にか隣に間できていた女性に声をかけられて、レリクスは対応に困った。


「…………失礼ですが、どちら様で?」

「リードだよ。『これ』で分からないかね」


 美女が片目を覆う眼帯を指差してから「やっぱり似合わねぇよなぁ」とぼやく。


 そこでようやく、レリクスは彼女が『蹂躙のリード』であることに気が付いた。他の女性陣に関してはすぐに分かったものの、リードに関しては『蹂躙』とつく普段の荒っぽさからは、想像できないほど印象があまりに変わりすぎていた。


 どうしてユキナの周りにはこうした見目麗しい美女が集まるのか。マユリとはまた別の意味で後ろ暗い感情が胸中に芽生えそうになり、慌てて頭を振って打ち消す。


「あ、あなたもユキナの恋人──なんですよね。止めなくていいんですか?」 

「うちのダーリン、基本的にやられたらとりあえず殴り倒してから話を聞くタイプだからな。相手がヤル気を出してる限りは止まらねぇよ」


 言われてみれば確かにそうである。襲ってくる敵に事情があれば、行動不能に追い込んでから改めてじっくり話を聞くのがユキナである。黙って頬を差し出して殴られるタマではない。


「で、でも相手はミカゲさんの父親なんですよ?」

「相手が銀閃の親父さんだろうが将軍様だろうが関係ねぇさ。つって、完全にブチギレてるわけでもなさそうだし」

「…………どういうことですか?」

「ダーリンも、始まってからずっと木刀使ってんだろ。あいつの性格から考えて、わざわざ渡された武器を律儀に使うと思うかい」

「あ、そういえば……」


 ユキナの相棒は背負っている黒槍。けれどもいまだに黒槍(それ)を抜かず、ザンゲツから投げ渡された木刀を使い続けている。


 本人の気質は真っ直ぐではあるが、戦いに関しては『正々堂々』なんて最初から投げ捨てているのがユキナのスタイルだ。必要であれば手元の得物など躊躇なく投げ付けるし、そもそも剣が至上主義に近しいアークスで、手に馴染むからと言う理由で槍を使っている男なのだ。


「あのおっさん。敵意を向けちゃいるが、殺気(・・)は薄い。その辺りを肌で感じてるからこそ、ダーリンもあえて木刀の『喧嘩』に付き合ってんだろ」

「喧嘩……なんですか、これって」

「娘を拐かした若造に憤る親父って構図。これが喧嘩じゃなくてなんなんだっての。『親子喧嘩』って呼ぶには、ちょいと気が早すぎだろうがな」


 リードの語り口に不安はなく、あるのはただただユキナへの信頼感だ。きっと、キュネイやアイナ、ミカゲもそれと同じものを胸の中に抱いている。だからこそ、誰も止めることなく同情の中央で戦っている二人を見守っているのだ。


 じくりと、レリクスの心の奥底で『何か』が疼く。


 もし己がユキナの立場になった時、果たして自分の仲間たちは彼女たちの様に見守ってくれるだろうか。そんな『もしかしたら』の考えが頭を()ぎる。


(って、馬鹿か僕は)


 ユキナとは友人ではあるが、今は立場も違えば考え方も違う。ユキナと自分(レリクス)の立ち位置を入れ替えたところで、状況も何もかもが違っているのだ。想像したところでまるで意味がない。


 ──ドンッッ!


 不意に芽生え掛けていた『それ』を払拭すると、一際激しく大きな音が道場に響き渡った。


「うぎゃぁっっ!」


 レリクスが改めてユキナへと目を向けた時には既に彼は誰もいない壁際まで吹き飛ばされた後であった。ザンゲツが繰り出した横薙ぎをまともに受けてしまった様だった。


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