第二百七十八話 娘をそのまま成長させて豊かにした人妻とかやばいらしい
「思い返したら、お前もミカゲの元婚約者って立場じゃねぇか。将軍様にゃつっこまれなかったけどよ」
「その辺りはサンモトを出る前にあらかた親父殿とあらかたケリをつけたからな。建前として話は生きておったが、儂も親父殿も内心では半ば諦めておったよ」
「俺とお前がガチで戦った意味ってあったのか、それ」
「仮に建前であるろうと、ケジメは必要だろうよ。違うか?」
曖昧で済ませていてはよろしくない問題というのは存在する。己に対してもミカゲに対しても、しっかりカタをつけたからこそ、今の俺たちの関係があるのだ。
「……ただ、シラハ家の方までは時間が無くてなぁ」
「駄目じゃねぇか」
この感じだと、時間的な問題はあっただろうが、それ以上にミカゲの両親と話をするのが怖かったという印象だ。
「もしかして、諸々全部を俺に押し付けられて幸運とか思ってねぇよな」
「………………思ってないが?」
全くもって信用できない。俺が半眼で見据えると、わざとらしくそっぽを向いて妙に上手い口笛を吹きやがる。
「さすがに丸っと任せるつもりはないさ。……全部をふぉろー仕切れるとも思うておらんが」
そこで、ゲツヤがポンと俺の肩に手を置いた。
「大丈夫だ。確かに父上は非常に厳しいお方ではあるが、いきなり刃を抜くほど傍若無人ではない。せいぜい竹刀か木刀で手足の一本や二本はへし折られるかもしれないが、泣き別れすることはあるまい」
「今の補足で胸を撫で下ろせる要素が一ミリもない」
「すまん。私も、これ以上は安心させられる点が思いつかない」
実家に帰る立場のゲツヤにしてもやはり顔が些か強張っている。
「命までは取られんと思うが、腕の手足の三本や四本の覚悟だけはしておけ。私から言えるのはそれだけだ」
「むしろ聞かなきゃよかったまであるよ! なんか増えてるし!」
四本まで行ったら両手両足が砕かれてんじゃん!?
話を聞いたら尚更不安になってきた。
それはそうとして────。
「別にお前までくる必要はなかったんじゃねぇのか?」
背後を振り返ると、勇者様いる。
「そういうわけにもいかないよ。マユリは大事な仲間なんだ。大丈夫。余計な口出しはしないから」
俺たちより先に宿に戻っていたレリクス達は、先んじて門下生から話を聞いており状況は把握していた。こちらの事情に巻き込んでしまった形のために、これ以上は強く言えなかった。ただ、大人数で押しかけるのもよろしくないということで、戦士と僧侶は宿で待機である。
「これ以上、引き伸ばしても仕方あるまいて。いい加減に腹を括れ」
「わぁったよ」
ロウザに背中を押されて、俺は門を叩く。ほどなく、門下生と思わしき若者が扉を開くと俺たちを中へと導いた。
屋敷と道場の入り口は一緒の様で、建物の玄関で俺たちを出迎えたのは一人の女性だ。
「お待ちしておりました。ミカゲとゲツヤの母で、シラハ・ツクヨと申します」
『たおやか』という形容がピタリと嵌まり込む物腰。「お姉さんではなくて?」という率直な感想はどうにか喉奥に押し留めた。ロウザとゲツヤの方に目を向けると俺の心情が伝わった様で、苦笑しながら頷いた。
「久しぶりだなツクヨ」
「ロウザ様もお元気そうで。ゲツヤもお帰りなさい」
「母上もお変わりないようで」
ロウザとゲツヤは気軽にツクヨと話すが、俺はまだそれどころではない。
確かにミカゲやゲツヤと同じ耳と毛色をしているし、ミカゲが順当に歳を重ねたといった血の繋がりを強く彷彿とさせる顔立ち。だが、あまりに若々しく美人すぎである。しかも、これまた血縁を強烈に感じさせる豊かな胸である。
将来的にミカゲはここまで成長するのかと、多いな期待感に胸が大いに膨らむ。
「(ちょっとユキナ。初対面の女性に失礼だよ)」
レリクスに脇を肘で小突かれて、ようやく我に帰る。
「ど、どうも。ユキナです。こちらに俺の仲間達がお邪魔してる様で」
「レリクスです。マユリがご迷惑をおかけしているらしく」
「いえいえ。こちらこそ、主人が無理を言ってしまった様で。急にお呼びだてして申し訳ございません」
おっとりとしたツクヨは「さぁこちらへ」と俺たちを招き入れる。
ロウザが外で話していた通り、全体の広さだけをいえばシンザの屋敷と同程度。ただ、あちらは真新しくてどこか派手さが合ったが、逆にこちらの方がかなり年季が入っており、渋い趣がある様に感じられる。どことなく、ブレスティアで俺が世話になっている武器屋を彷彿とする。方向性は違うが、根底にある似た雰囲気が肌に触れていた。
「お仲間様方と主人は道場の方におります。そちらへご案内しますね」
「あ、ご丁寧にどうも」
先頭を歩くミカゲの母を後ろから見ると、二人の子を産んだ母親にしては思えない姿である。これでミカゲの親でなかったら危なかったかもしれない。
なんて不謹慎極まりないことを考えているうちに、剣術道場に到着する。
足を踏み入れた俺たちを待ち受けていたのは、床に正座をさせられて項垂れるミカゲとそんな彼女を腕を組み厳格な表情で見据える老齢の男。キュネイらは道場の壁際で心配そうにミカゲを見守っていた。
親子の温かい再会にはとてもじゃぁないが見えなかった。
「あなた。ロウザ様達がお見えになりましたよ」
「む、そうか」
ミカゲに向けられていた鋭い視線が、俺たちに映る。
──シラハ・ザンゲツ。
このシラハ剣術道場の師範にしてミカゲとゲツヤの父親である。