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第二百七十六話 ギャップ萌えは世界共通──居てくれることの心強さ


 せっかくおめかし(・・・・)したのだから、と。キュネイの提案により各自が着物のまま街に出ることとなった。とはいえ、さすがに遊び回るわけにもいかず、近場を回って多少雰囲気を味わう様な散歩だ。


 そんなわけで、活気に満ちた往来に繰り出した女性達であるが──。


「……気のせいでなければ、ものすごく目立ってませんか、私たち」

「そりゃぁ、こんな美女達が揃って歩いてれば注目を集めるのは当然でしょ」


 あたりを見渡すアイナに、横髪をかき上げしな(・・)を作りながら答えるキュネイ。


「この姿だと、刀が抜きにくくて困ります」


 ミカゲも自衛の刀はいつも通り腰に帯びているが、慣れない姿に戸惑い気味だ。


 ちなみに、アイナもミカゲも、キュネイにはじめに着せられた格好のままではあまりに公序良俗に反しすぎるということで、似た様なデザインの普通の着物に袖を通していた。


 とはいえ、キュネイのいう通り、ここに集まっているのは紛れもなく美女揃いだ。


 彼らも普段の装いであれば、顔立ちの違いもあり確かに異国の者の集まりとしてそれなりの注目を集めていただろう。しかし、多少は目を引くもすぐに興味は失せていたに違いない。


 その異国の美女が上質な布地で仕上げられたサンモトの着物(いしょう)を身に纏っているからこそのこの注目度なのである。着慣れていない(まとい)であるからこそ、引き立つ絢爛がそこにはあった。


 何も事情の知らぬものが目の当たりにすれば、何かしらの『催し(イベント)』と誤解するのも、無理からぬ程度には煌びやかである。


「にしてもキュネイ。少しその……見せつけすぎでは?」

「そうかしら。別に普段と変わらないと思うけど」

「……そういえばそうでしたね。慣れとは恐ろしいものですね」


 アイナとミカゲは着替えたが、恐ろしいことにキュネイはそのままだ。つまりは妖艶な色気を無差別に撒き散らしているわけで、アイナ達とはまた違った意味で男性達の視線を惹きつけている。時折に鼻の下を伸ばす男を、連れの女性が引っ叩くまでがお約束であった。


「……こちらはこちらで、別の意味で視線を集めている気もしますが」

「んだよアイナちゃん。……やっぱり似合ってねぇんだろ、これ(・・)


 最初は少しだけゴネていたリードであったが、他の女性陣が全員行くことにつられてなし崩しに着いてくることになった。いつもの強気はどこへやらである。


「むしろ逆に似合いすぎているというか……この沸々と胸の奥にフツフツと湧き上がってくる感情はなんなのでしょうか」


 アイナの胸中に芽生えているのはいわゆる『ギャップ萌え』と言う概念。いつもは乱雑で男まさりな態度が主なリードが、今は淑女然とした装いで内気になっている。これが酒盛りで大騒ぎし翌日には二日酔いで潰れる、女の皮を被った男勝りと同一なのか。


 平時と今の印象の差があまりにも強すぎて、アイナの認識が誤作動を起こしているのだ。


 また、普段を知らぬ一般人にしても、どことなく不安げに視線を彷徨わせながら歩くリードは儚げな雰囲気を纏っていた。それでいて、鍛え抜かれた故の体幹の良さで歩く姿は淀みがなく、まさしく()が通っている。無意識ながらも体の軸がブレないのは、さすがは歴戦の傭兵である。


 サンモトの概念で表すのならば、『超一流の芸者が着飾って街を練り歩いている』といったところであった。


 当然、この辺りもキュネイの目論見通り。先ほどのアイナとミカゲは、貞淑な二人をあえて妖艶にすることでの差異を。逆にリードは乱雑からたおやかさに変じることで、普段には無い魅力を強く引き出している。女を磨き演出することには関してはまさしく百戦錬磨である。


 ちなみに相棒の蛇腹剣(スレイ)は宿に置き去りだ。索敵についても、はっきり言って普段は居眠り(?)続きなので役に立たない。万が一が起きてもユキナの黒槍と同じく、呼べば瞬く間に召喚コールできるので特に問題はなかった。


「……それでどうして私は両手を繋がれているのでしょうか」


 今までずっと黙していたマユリは、とうとう我慢できずに震える声を発した。彼女の両手はそれぞれキュネイとアイナに握られていた。


「だって可愛いじゃない。手を引っ張ってあげたい愛らしさっていうのかしら」

「私も……流れにつられてしまって」


 うんうんと頷くキュネイと、気まずげなアイナ(でも手は離さない)。


 マユリはこの中では一番年下には違いないが、それでも一回りも離れてはいない。しかしながら、背丈や体躯は同世代よりも小柄な部類に入り、キュネイと並ぶと歳の離れた姉妹にも見えなくもない。そんな彼女が両手を引かれて歩く光景は、まるで仲良し姉妹の末っ子の可愛らしさがあった。


「先ほどから、私の尊厳という尊厳が悉く打ち砕かれている様な気がしなくもありません」


 この場にいる誰もが悪意の欠片も抱いていないのが分かりきっており、しかも片割れは元主君(アイナ)であるからこそ手を振り払うのも躊躇われている。よって、マユリは心の中で涙を流しながら、手を引かれるがままに身を任せるしかなかった。


 気楽な散歩には違いなかったが、さりとて完全に気を緩めているかといえば、それも少し違った。ユキナ達は今頃、将軍を前にして会談の最中であろう。


「やっぱり、一筋縄じゃか行かないわよね」

「後世に伝わるのを危惧するほどですから。いかにロウザさんであろうとも、聞き出すのは容易くないでしょう」


 話の流れは昨日までに相談しある、程度は推測もできる。ロウザが狙われている件についてはともかく、災厄については容易く話は進まないであろうと結論が出ていた。


「とはいえ、ロウザ様もそれらは承知の上でしょう。ある程度の算段は付けているはずです」

「でも、ロウザさんのお父上──将軍様はやり手の名君と聞いていますよ?」


 政治における軍事と内政のほとんどを上二人の息子に任せていながら、ソウザ将軍はその手綱はしっかりと握りしめて制御している。血のつながった親子というだけではなく、統治者として優れた手腕の持ち主であるのは想像に難くない。口八丁で丸め込むには分が悪い相手だ。


「今朝出て行った時のロウザ様は気負いもなく自然体でした。下手な強がり屋や誤魔化しはなかった。であれば、必ず何かしらの成果を持ち合えって下さるはずです」


 ミカゲの声にあるのは、信頼がある故の穏やかさであった。


「何より、彼の後ろにはユキナ様がいらっしゃるのです。であれば、我らが案ずるよりも遥かにロウザ様のお力添えになるはずです」


 それを聞いたマユリは訝しげに眉を顰める。


 アイナ達の手前で決して口にはできないが、ユキナという男はそれほどに口が達者である様には感じられなかった。彼女らが慕うだけあって一角の人間ではあるのだろうが、高度な政治的判断ができるとは考えにくい。


「確かに、ユキナ君は頭の回転は早いし戦闘での駆け引きにかけては凄いけど、政治的なお話になるとアイナちゃん頼りだしねぇ。直接はロウザ君の助力にはならないかもしれないわ」


 マユリの表情から察して、キュネイが苦笑する。


「でも、ユキナさんが一緒にいてくれると、すごく安心するんです。あの人が後ろで見守ってくれてるだけで、ロウザさんもきっと心強いはずです」


 あの黒槍を携えた青年はきっと謙遜するであろうが、その存在は当人が思っているよりもずっと大きく、周囲の人間を奮い立たせるのである。


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