第二百七十四話 サンモトお菓子の食レポ
冗談はともかく、血筋ゆえのか将軍と同じく狼の耳や尻尾で毛色は全員一緒。ただ、受け取る印象はだいぶん異なる。ランガは目の前にすれば圧倒的な存在感に気圧されそうになったし、ソウザ将軍はどことなく異様な不気味さがあった。ただシンザについては、線の細さも合間ってかどことなく覇気が薄い。
「ささ。立ってないで座ってくれ。客人方もどうぞ」
「では失礼して」
促されて用意された座布団に俺たちが腰を下ろすと、シンザが手を叩く。奥側の襖が開くと、女中たちが現れ、お盆に乗せた湯気の立つ茶と菓子を運んでくる。
「聞いたよ。随分と有意義な旅であったとか」
「ええ、それはもう。得難き体験の連続でありましたよ。荒波を超えた甲斐があったというものですわ」
サンモトにきてから度々に口にしている緑色のお茶は、最初こそ敬遠気味であったが、今はこれはこれで味わい深くて結構好きになっていた。
「私も一度は足を運びたいと思っているけど、残念ながら暇がなくてね」
「その点については些か申し訳ないと思ってます。儂が遊び呆けている分だけ、シンザ兄上やランガ兄上に仕事を押し付けているようなもんですからな」
そこに付随する菓子がまた美味いのだ。薄い生地の内側には黒色の甘い餡が詰まっており、お茶のほのかな渋さがこれを絶妙に引き立てるのである。
「将軍様より賜った役職。多忙には違いないが、苦と思ったことはないさ」
「左様で。そう仰っていただけると儂も少しは気が楽になります」
もちもちとした生地した丸い餅を連ねて串で刺し、また違った餡で絡めた『団子』もこれがまた美味い。こちらも街の宿で出されたものを何度か堪能しているが、最高級を取り揃えたというだけあって味が繊細で実に素晴らしい。
『なんか食レポみたいになってるな。あの兄弟の会話、ほとんど聞き流してるだろ』
傍に置いたグラムがボヤくが、ロウザとシンザのあれって、明らかに穏やかな会話とは程遠いんだよな。口調や台詞は気軽であるが、雰囲気がそれらとは真逆。柔らかな笑みの裏側では相手をバチバチに牽制しあってる。
『そいつが分かってりゃぁ俺から言うことはねぇか』
ロウザからも「あの狸親父とはまた別の方向に性格が悪いからな、あの人は」との前もって釘を刺されている 下手に口を挟んだり反応を示したりすると、そこから付け込まれそうで怖いのだ。ゲツヤやシオンもそれが分かっているのだろう。会話にあえて参加しようとはせず、俺と同じで静かに茶菓子を堪能していた。
『相棒ほど楽しんじゃいねぇと思うぞ?』
「そうか?」と頭の中で返しつつ、近くに控えていた女中さんに菓子とお茶のお代わりを頼む。
「話は変わるけど、先ほどまで将軍様と話をしていたようじゃないか」
「まったく、親父殿の親馬鹿っぷりには少し困ったものだ。そこに甘えて放蕩させてもらっている身で言えた義理じゃぁないですが」
「将軍様の君への可愛がりっぷりは期待感の裏返し。その点については少し羨ましく思っているよ」
「可能であれば、シンザ兄上にも分けたいくらいですがね、その辺り」
これほど聞いてて「白々しい」感が滲み出ている会話というものもそうは無いだろう。俺であれば、言葉の裏をいちいち勘繰ってしまってまともに言葉も選べ無さそうだ。
餡子を固めたゼリー──『羊羹』を小さな木のナイフで切って口に運ぶと、これまた上品な甘さが口の中に広がる。お茶の渋みのおかげで出てくる菓子を無限に楽しめて困ってしまう。菓子そのものではなくそれを食べるための道具にも趣向を凝らしているあたり、サンモトの文化は些細なところにまで気を配る文化があるのかもしれない。
『だからどんな食レポ!?』
そろそろ女中の視線が険しさを帯びてきたが、俺は構わずにお代わりを頼む。
「ところで、そろそろ『彼』を紹介してくれないかな。いつ聞こうか機を逃してしまって」
「おっと、これは失礼。兄上との会話がついつい楽しくて」
新しく運ばれてきた菓子に手を伸ばそうとしたところで、シンザとロウザの視線が俺に向いていることに気がつく。少しばかり迷った挙句に、とりあえず菓子を掴んで齧りお茶を啜る。
「──ッ」
「くくく……」
ほんの一瞬だけ渋い表情を露わにするシンザと、それが面白かったのか忍び笑いを堪えきれないロウザ。ゲツヤとシオンはギョッとなっていた。
『おい黒槍の。お前の主は底抜けの大馬鹿なのか、器がデカすぎるのかいまいち判断に困るぞ』
『会話の主導権を握らせなかったのか、純粋に菓子を食いたかったのか。俺も微妙に判断に迷うぜ。良い意味で空気を読まないのは、実に相棒らしいが』
蒼錫杖と黒槍の念話を聞き流しながら、笑いが抜けたロウザが口をひらく。
「アークスの地で縁を結んだ我が友ユキナです。以後、お見知り置きを」
「あ、どもっす」
将軍の時はこれでもかというくらいに大仰な紹介であったのに、シンザに向けては寂しいくらいにあっさりとしたものだ。ただ、考えあってだと思い付かないほど薄い付き合いでもない。ロウザの意図に乗るつもりで、俺も軽い会釈と手振りだけで済ませて、再びお菓子をパクつく。
ただ湯呑みに注意を向けるフリをしてシンザへの視線は逸さなかった。だから、ロウザの兄がその目元をギクリと引き攣らせた瞬間は見逃さなかった。
『あの兄ちゃん、煽り耐性は低いかもしれねぇな』
シンザは知謀に長けた男であるとは聞いている。俺にその頭の中にある策については理解が及ぶところではない。だが、その胸中にある感情については別だ。俺が次男について知っておくべきはそれで十分であろう。この男がどの様な男であるのかはなんとなく理解した。
奥底の感情が露わになったのも一瞬。表情を元の落ち着いた様相に戻したシンザは、一呼吸を挟んだ。潮目が変わる前触れだ。
「久しぶりで忘れていたよ。君を相手に回りくどいやり方は下策だったとね」
「お褒めに預かり光栄ですな。儂としては、兄上との語らいは嫌いじゃないですがな」
ロウザのあっけらかんとした言い様に、シンザの穏やかな顔に変化はない。ただ、内心では盛大に舌打ちしてるだろうなと想像するに難くなかった。