第二百七十三話 お茶と菓子の確認
ロウザという男が持つ器の片鱗を目の当たりにして、俺は我が身を顧みてしまう。
俺は人様に持ち上げられるほど大層な人間ではない。『英雄』だのなんだとの最近は持て囃されているものの、俺がせいぜいどうこうできるのは両腕を伸ばし、掴んだ黒槍の穂先までだ。
そんな小さい人間を国を背負う覚悟を決めた男は『益荒漢』と呼び、友としてくれる。なんだか自分が凄いように勘違いしてしまいそうになる。
将軍家の跡取り問題に飛び込んだ俺が、ひどく場違いなように感じた。
槍を振り回すくらいしか能がない男に、果たして何ができるのだろうか。
『とりあえず相棒のやりたいようにやりやぁいいんじゃねぇの? いつも通りによ』
脳裏にふと、黒槍の声が聞こえた気がした。今は城の者に預けて手元に無く、距離が離れている為に念話も届かない。けど、俺の相棒だったら言いそうな台詞だなと、妙に納得してしまった。
俺が仲間を連れてサンモトにやってきたのは、ミカゲの心残りを解消して存分にいちゃつく為だ。今でもその主目的は揺るぎない。ただ、そのついでにロウザに力を貸すのだって別にいいだろう。
何ができるか分からないが、分からないなりにやるだけだ
ほんのりとした憂鬱を脱して、俺はロウザに投げかける。
「さて、次期将軍様はどうやって兄貴たちを籠絡するつもりなんだ?」
「そいつはあまりにも人聞きが悪すぎるぞ、黒刃」
「やるこたぁ大して変わらねぇだろ」
兎にも角にも、兄二人のどちらかを説き伏せ──あるいは捩じ伏せて陣営をロウザの手中に収める必要がある。むしろ、サンモトに来た当初よりも方針が明確化して実にわかりやすくなった。
「将軍様のおっしゃっていた通り、どちらも一筋縄ではいかんぞ。ロウザ様、実際のところはどうするおつもりで?」
「まぁ待て、そう急くな二人とも。『果報は寝て待て』という言葉もあるだろう」
その落ち着きぶりから見ると、ロウザのことであるからすでに何かしらの策は頭の中で組み上がっているのだろう。こういう時にアイナが居てくれると、すぐに考えを言語化してくれるから助かるのだが。
『ロウザ様、人が来ます』
ここで、蒼錫杖があえて俺にも聞こえるように念話で声を発した。頷いたロウザがやんわりと手を挙げれば、シオンとゲツヤも少しだけ身を構える。
俺たちがこれまで災厄やロウザの暗殺について周囲を気にせず会話で出していたのは、トウガが警戒していたからだ。他の二人にトウガの声は聞こえてないが、合図が出てからは会話に注意しろと指示してある。
「ほぅら。早速、向こうからおいでなすったぞ」
顎で示した先の廊下から、武士が一人姿を表す。彼は足早に俺たちの前までやってくると、片膝をつき首を垂れた。
「失礼します、ロウザ様」
「シンザ兄上の取り巻きか。何用だ?」
鷹揚な問いに武士は頷きを返す。
「先日城においでになった際には落ち着いて面を合わせる余裕もなく、此度は改めて旅先の話をお聞きしたいとの事でございます」
こちらを振り向いたロウザは口端が吊り上がっていた。次男が接触を図るのをすでに予期していたのか。
『長男ランガと比べて、次男シンザは小賢しいからな。将軍との会合がどのような結実に至るかは分からずとも、奴がその後に行動を起こすのは確実だったからな』
トウガの補足を思考の片隅で受けていると、
「美味い茶と菓子はあるんだろうな?」
「それはもう。都より老舗名店から最高級のものを取り揃えております。お連れ様方も、都合がよろしければ是非にと、シンザ様より賜っておりますれば」
武士の返答に、ロウザは満足げに頷いた。単なる旅行話に帰結するはずがないのは確定であったが、それでもあえてお茶請けの質問したのはロウザなりの様式美か。
「シンザ兄上からのお誘いだ。ここは皆でありがたく受けようではないか」
少なくともこの場でそれに『否』を唱えるものは居なかった。
「先に戻ってシンザ兄上に伝えてくれ。久しぶりの言葉を交わすのを楽しみに待っている」
「ハッ」と、武士は再度頭を下げると、足早に去っていった。
「はてさて、どんな話を持ちかけてくるのやら」
「……なんか、ちょっと楽しくなってきてないか?」
「おおよ。儂どころかサンモトの行く末を前後する大博打の始まりだらな。これで滾らねば嘘というものよ」
一国の王になる覚悟を固めていても、やはりロウザはロウザだった。一世一代の大勝負を前にして高ぶる男に、俺たちは苦笑するのであった。
向かった先は城内を出てしばらく向かった先である。
「城には儂ら兄弟にそれぞれ私室が与えられているが、兄上ら二人はそれとはまた別に別宅を構えていてな。まぁ、コウゴに限らず、政務で飛び回るように各地には邸宅があるんだが」
「お前は持ってねぇのか、そういう別荘みたいなの」
「コウゴに限れば馴染みの宿があるし、管理とかが面倒であるし金も掛かるからな。現地の綺麗な女子がいる仮宿で十分よ」
店が立ち並び大きな賑わいを見せる大通りからは外れると、落ち着いた雰囲気の区画に行き着く。形式はやはりアークスとは異なるものの、格式が高い者が住んでいると分かる。俺たちが向かったのは、その中でも一際大きい屋敷であった。
入り口には家人が待っており、恭しい態度で中に迎え入れられる。城と同じように入り口で靴を脱ぐが、意外なことに武器を預ける必要は無かった。
『こちらはあなた方を信用していますよ──ってぇ意思表示だな、これは』
没収されなかったグラムの言葉を受けながら、屋敷の廊下を進む。道すがらには妙に整った砂地に石が点在するよく分からない庭を見かける。金持ちや偉い人の美的感覚に疑問を抱きつつ、広い客間に通された。
「お連れいたしました」
「通していただいて問題ありませんよ」
許しを得てから家人が扉──襖を開き室内へと促される。
「ようこそきてくれたね、ロウザ。長旅ご苦労様。とは言っても、先日に城で顔を合わせたばかりではあるけれど」
「シンザ兄上も息災のようで何よりだ」
エガワ将軍家の三人兄弟の次男『シンザ』。ロウザの一つ上であり、政においては内政の管理を賜っている男。長男のランガは偉丈夫という言葉がよく似合う体躯であったが、シンザはその真逆。同じ血筋にして狼の耳を持つが、体の線は細い。むしろ痩せすぎであろう。
『長男と次男を足して二で割ったら、丁度いい具合に三男が出来上がっちまいそうだな』
俺も全く同じ事を考えたわ。
基本的に、ユキナは街中で黒槍を持ちあるく際には穂先を鞘で覆ってます