第二十三話 調査のようですが
こちらに近付いてくる彼女の右手には抜き身の『剣』が握られていた。片刃で細長く僅かな反りがある独特の形状をしている。グラムの話によれば『カタナ』と呼ばれる剣だったか。
犬頭人を真っ二つにしたのもあの手にしている『カタナ』によるものだろう。頼りなさそうな見た目に反して切れ味は確かなようだ。
彼女はカタナを振るって血糊を払い、鞘に収めた。
その動作だけでも様になって見えるのは、動きの所々が精練されているからだろうか。思わず見入ってしまう。
「……何か言うことは?」
「いや、助けてくれてありがとう」
剣を納める動作に見惚れてました、とはちょっと恥ずかしくて言えないし、素直に褒めたところで変な顔をされるだけだ。
というか、銀閃は以前と同じでこちらにあまり好感情を持っていないような目つきだ。
「鼠殺しを止めて犬殺しに鞍替えしたのかしらね?」
「…………別に鼠殺しも犬殺しも名乗ってねぇっての」
「そう。弱いものいじめは相変わらずなの」
前回と同じで酷い呼ばわりだな。真っ正面から言われてさすがに頬が引きつる。
『癇癪起こすなよ。言ったと思うが、喧嘩売ったところで逆立ちしても勝てねぇ相手だからな』
グラムの忠告もあり、背中の鞘に槍を納めながらもやもやも飲み干す。
「別に弱いものいじめをしているわけじゃ無くて、組合から正式な依頼を受けてここに来てんだ。あと、俺は『鼠殺し』じゃ無くて、ユキナって親から貰った名前がある」
「ユキナ、ね。弱い人の名前なんて興味ないけど」
なんでこの女は初対面の時からこうも刺々しいのですかね。俺が平凡な忍耐の持ち主だったら、今頃殺し合いになってるぞ
「あんたは二級傭兵の『銀閃』で良かったんだっけか?」
「好きに呼べば良いわ。最近だと銀閃の方で呼ばれる方が多いもの」
それもそれでどうなんだ、というツッコミを飲み込む。余計なことを言って彼女の心象を悪くしたくない。初っぱなから下落しているような気もするが。
「こんな場所になんの用で? ここにはあんたみたいな腕利きが来るような珍しいもんは無いぞ」
王都近郊に位置するこの森は規模こそそれなりだが、どちらかと言えば駆け出しの傭兵が狩り場にするような場所だ。出てきても五級傭兵が難なく倒せる程度の厄獣しか出没しない。二級の冒険者がわざわざ訪れるには少し場違い感が否めなかった。
「……依頼よ」
俺の問いかけに銀閃は憮然と答えた。どうやら本意では無い仕事を引き受けたようだ。腕の良い傭兵には組合や個人から直接依頼が寄せられるようだから、彼女がこの場にいるのもその口だろう。
「……全く、こんな雑魚しか出てこない森の調査なんて、こいつみたいな雑魚傭兵に任せれば良いのに」
銀閃は斜め下を見ながらぶつぶつと呟き始める。ちょっと、聞こえてるんですがねおい。
『調査……ねぇ』
(グラム?)
呟きが気になった俺は背中の槍を見た。
「ところで、前々から気になってたのだけれど」
文句を垂れていたはずの銀閃が唐突に顔を上げた。
「……え、俺に聞いてるの?」
「この場には私とあなた以外にいないでしょう」
何を馬鹿なことをと言わんばかりの顔だ。本当はもう一人──というか一本いるんだけど、それを口にするとただの『頭が変な人』にされるので黙っておこう。
「あなた、なんで槍なんてマイナーな武器を使ってるの?」
『相棒! この女俺様に喧嘩売ってるぞ! 特売で買い叩いてやれ!!』
落ち着け。お前がキレてどうすんだ。というか買い叩いても結局死ぬのは俺なのだぞ。
グラムの怒号を文字通り背中に受けつつ、俺は頭を掻きながら答えた。
「そりゃ自分に合ってると思ってるから使ってんだ」
「この国の男性は皆が皆、剣を好んで使っていると聞いてるわ」
「俺の周りでも、俺以外に槍を使っている奴は全くいなかったな」
「……知ってる? あなた、組合の中で評判悪いわよ。ビックラットばかりを好んで狩る、『腰抜け槍使い』って」
「あー、故郷でもちょっと似たようなこと言われたことあるなぁ。ここでも言われてんのか」
剣と槍はその間合いが圧倒的に違う。素人二人がそれぞれ剣と槍を持って戦えば、大凡の場合は槍が勝つ。槍は剣の間合いよりも外側から攻撃できるが、剣は槍の間合いを掻い潜ってからでないと攻撃が届かないからだ。
勇者伝説で語られる勇者は、常に剣を携えどんな敵にも勇敢に立ち向かう描写が多い。それに比べて槍を使うのは安全な距離から戦う卑怯者であると、村の住人から言われたことがある。
「あなた……そんなことを言われて悔しくないの?」
銀閃のご機嫌がどうしてか斜めになっていた。
少しだけどう答えるかを迷ったが、俺は正直なところを述べる。
「悔しいとかそんなの考えるのが面倒くさい」
それに、人気や評判で命を預ける相棒を変えるなんて冗談ではない。
「……そう。聞いた私が馬鹿だったわ」
そう言って、銀閃は俺に背を向けた。
「私はもう行くわ。こんなところで手間を掛けていたら日が暮れてしまうもの」
一方的に言い切ると、銀閃は尻尾を揺らしながら森の奥へと消えていった。
……話振ってきたのお前じゃん、というツッコミを心の中で叩き付けておく。
しばらくして、銀閃の姿が完全に見えなくなってきてから、俺は肩を竦めた。
「なんだったんでしょうかね、アレは」
「ありゃ本質的には傭兵じゃ無くて『武芸者』だな」
「なにそれ?」
グラムといると新しい単語や知識に事欠かないな。
「腕っ節を活用して稼ぐ傭兵と違って、己の腕を磨くことこそに意味を見出す奴らのことさ。この手の輩は己の武を貶されることを何よりも嫌う」
「……俺とは真逆じゃね?」
「誹謗中傷を完全にスルーしてる相棒とはまさに水と油だな。あの狐ッ娘も相棒のそんな所が勘に障ったんだろう」
「あー、だから絡んできたのか」
槍を使っている事よりも、馬鹿にされていることを放置している俺に苛立ちを覚えていたのか。ビックラットばかりを狩っているって点もあるだろうが。
「……根は悪い奴じゃなさそうだけど」
「おいおい、今の会話でどこにその要素があったんだ」
「だってほら。さっき後ろから犬頭人が襲いかかってきたとき、助けてくれたじゃん」
「そいつはちと希望的観測と思うがね」
それはともかくとして、そろそろ俺は俺の本分を再開しようか。今日は森に入ってからまだ一匹もビックラットを狩っていたいのだから。
「今日中に終わらせなきゃならんわけでも無いけど、せめて一匹か二匹ぐらいは狩りたいところだけど──」
「その事なんだが相棒。今日の所はあと少し森の中を巡ったら早めに切り上げよう」
「どうしたよグラム、急に」
「俺の杞憂なら問題無いんだが。とにかく、あと一時間ぐらい経って何も出てこなかったら引き上げてくれ。頼む」
「……分かった」
グラムの深刻な様子に、俺は深く問わずに頷いた。相応の理由があるのは言葉に含まれる重みだけで推し量れたからだ。
他作品のあとがきや活動報告をご覧の方もいるかとは思いますが。
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