第二十一話 見当たらないようですが
「ふんふんふふん、ふんふんふふん♪」
俺は人生で一位二位を争うほど上機嫌のただ中であった。
先日のデートは大成功と称しても過言ではないだろう。
謎の野郎が割り込んできた時はどうなることかと思ったが、結果的にはキュネイに抱擁されお礼まで言われてしまったのだ。その時は混乱で一杯だったが、後になって思い返すとあんな綺麗な女性と密着できて役得すぎて困る。
女の人って、あんなに柔らかかったんだな。特に胸部辺りがこの世に存在するものとは思えないほど柔らかかった。
数日間経った今でも、思い出すだけで自然と鼻歌を歌ってしまうほどだ。
「ふん、ふふふん、ふんふん──」
「ぶっちゃけキモい」
「うるせぇ塩水ぶっ掛けるぞ」
「理不尽っ!?」
と、今日も今日とて相棒の槍と楽しい会話をしながら傭兵稼業である。
「冗談はさておき、そろそろ落ち着け。こういった浮かれたときが一番危険なんだからよ」
グラムの言うことももっともだ。既に森の中に足を踏み入れている。一度深呼吸をして、テンションを平常運転に戻した。
「相棒は見た目に似合わず、こういった切り替えはきっちりしてるのな」
「見た目に似合わずは余計だ」
頑張って稼ぎに稼いだ結果、貯蓄は目標金額まで後もう少しのところにまで到達していた。数ヶ月以上を覚悟していたのだが、まさか一ヶ月ほどでここまでこれるとは思ってもみなかった。
だが、こういった時こそ初心に返り、普段通り淡々と仕事をするのが大事なのだ。
急いては事を仕損じるとはよく聞く話。目標とは到達する直前が最も危険なタイミングだ。
「石橋は叩いて粉砕して新しく鉄の橋を架けるぐらい慎重にならんとな」
「それもう石橋違う」
口ではぐだぐだと喋りながらも、お馴染みの獲物であるビックラットを探す。今日も目指せ十匹だ。
ところが、今日は普段と調子が違った。
「おっかしいな。あれだけわんさかいたビックラットが、今日は一匹もいない」
いつもなら二、三匹狩れる時間を探し回っても、ビックラットの姿が無かった。
──それ以前に、森に足を踏み入れてから妙な違和感を感じ取っていた。今まで普段目にしている何かしらが、見当たらないような気分だ。
「…………………………」
「グラム?」
先ほどまでは軽口をたたき合っていた相棒が、今はじっと黙っていた。表情が無いので感情は読み取れないが、どうにも神妙な雰囲気を発している。
「妙だな」
「いや、ついさっき俺がおかしいって言ったばかりだろ」
「違う。……あまりにも静かすぎる」
言われてみて、俺は己の感じていた違和感の正体を知った。
森には厄獣のみならず、様々な野生動物が生息している。普段であればそれらの一匹でも遠目ながら見つけることが出来る。
だが、今はそれらの気配を一切感じられなかった。
「……嵐の前の静けさって奴?」
「それだと、その渦中にいる相棒が強制的に騒動に巻き込まれる構図になるんだが」
「なにそれ怖い──ん?」
森の奥から、草葉をかき分けてこちらに向かってくる影を発見する。ここ最近で何度も見かけた犬頭人だ。
犬頭の厄獣は一直線に俺に向かってくると、雄叫びを上げながら飛びかかってきた。
「しっ!」
背中から槍を手早く引き抜き、口から鋭く呼気を発しながら穂先を旋回させる。空中で牙を剥く犬頭人の胴体を斜めに切り裂く。飛びかかりの勢いを失った犬頭人はそのままドチャリと地面に落ち、己の血溜まりに沈む。
「相変わらず犬頭人は出てくるのな。もうこいつの肉を適当に『ビックラットの肉です』ってでっち上げて売るか?」
「お目当ての獲物が出てこないからって自棄になるなよ」
「冗談だよ、冗談」
そんなことをすれば違反行為として傭兵組合から大幅な懲罰が課せられる。この違反行為は、最も重いもので傭兵組合からの永久追放と軍による逮捕。逆に軽いものであると罰金だな。
金が欲しくて傭兵やっているのに違反行為をして罰金払うなど本末転倒だ。
ただ、冗談でもそう考えたくなってしまう現状。
キュネイとデートをした翌日からも引き続き森に入って狩りを行っているのだが、ビックラットよりも犬頭人と遭遇する頻度が急激に上がってきたのだ。今日だけでも既に三体の犬頭人は狩っている。もちろん、犬頭人の討伐で報奨金は貰えるのだが、ビックラット駆除の依頼を受けた以上、しっかりと完遂させたい。
にしても、本当に今日はビックラットが見当たらないな。
「っと、相棒。もう一体追加。接触まで三秒」
「もうちょっと早く教えてくれませんかね!」
俺は焦りを抱きながら、振り向きざまに穂先を振るおうと槍を構えたが──。
それよりも早く、犬頭人を茂みの中から突如として現れた銀色の何かが断ち切った。
「うぇぇえ!?」
断ち切られた断面から内蔵やら血やらをまき散らす犬頭人。一体何が起こったのか、俺は直ぐには理解できなかった。
驚きのあまり槍を振るう直前の格好のままで硬直していると、飛びだしてきた何かとは見覚えのある人物であった。
会ったことは一度しか無いし会話らしい会話も一言二言程度。だが、銀色の髪に同じ色をした狐の形をした耳に臀部から揺れている尻尾。そして同性であっても羨むような女性的な魅力を孕んだ体躯に、一歩進むごとに揺れる豊かな胸元。その容姿は一度見ただけで強烈に脳裏に刻まれていた。
『銀閃』と呼ばれている、凄腕の女傭兵だった。




