第二百三十八話 二本の刀──二つ目の果し合い
俺は、彼女の腰にぶら下がっている刀に目が行く。
ミカゲの腰に、右と左に一本ずつ、計二本の刀が下がっていた。普段であれば、左の腰に一本を帯びているだけなのに。
『今頃になって気がついたのかよ。ミカゲのやつ、馬車に布に包まれてた長物を運び込んでただろうがよ。つって、中身が刀だってのは俺も今知ったけどな』
よくよく思い出してみると、グラムのいう通りだ。どうやら俺は思っていた以上にこの決闘に対して入れ込んでたようだ。そしてその入れ込みを溶かし、発破をかけてくれたのもやはりミカゲであった。
「……そこをどけ、ミカゲ」
妹を前に、兄は感情を押し殺した抑揚のない声を向ける。
「何をされるおつもりですか、兄者」
「決まっている」
ゲツヤの切れ味のある視線が、ミカゲの肩越しに俺を貫く。
「ロウザ様に無礼を働いたその男を斬り捨てるまでだ」
さも当然とばかりに、寸分迷わずゲツヤは言い切った。ミカゲが前に立っていなければ、今すぐにでも腰の刀を引き抜き、俺に切り掛かっていただろう。
兄の怒気を前にしながら、ミカゲは心底呆れたとばかりに首を横に振った。
「あなたは昔からそうだ。冷静沈着なのは表面上だけ。ロウザ様の事となるとすぐに頭に血が昇る。……故に、こうなることは分かっていましたが」
まるで小馬鹿にするような言い回しに、ゲツヤの視線が改めてミカゲに向く。
「お忘れですか? この決闘はユキナ様とロウザ様が身命を賭して行った果し合いです。あなたが成そうとしているのは、ロウザ様の顔に泥を塗る行いだ」
「罰は後程、甘んじて受けよう。求められれば腹も切る所存だ。しかし、我らの主に狼藉を働いた報いは──ッ」
「私とあなたの主君は別にあります。ゆめゆめ、お間違いなきよう」
声を荒げるゲツヤの激昂に、ミカゲはどこまでも落ち着き言葉を差し込んだ。妹の柔らかな物腰を前にして、ゲツヤは僅かばかりに怒りを緩ませる。ただしそれは静まったわけではなく、口を開くために強引に感情を抑え込んでいるに過ぎない。
「では。お前が逆の立場であればどうしていた、ミカゲ。忠義を捧げた主君が、どこぞの馬の骨とも知れぬ輩に倒されとあらば」
「──もし逆の立場であればきっと、今の兄者と同じ行動に出ていたかも知れません」
兄の問いかけに対し、ミカゲは少し気まずげに答えた。曲がりなりにも血を分け、人生の半分以上を共に過ごした家族。根の部分はやはり、似たもの兄妹らしい。
「兄者に思うところがあるのは百も承知の上で申し上げます」
ミカゲの毅然とした立ち姿は、兄に対する妹のそれではなく、俺と言う主君を守るために立ち塞がる防人であった。
「ユキナ様への無礼は見過ごせません。どうしてもと言うのであれば、まず最初に私を排してからにしなさい」
「……良いだろう」
ほんの一瞬。瞬き以下の刹那、ゲツヤはどこか嬉しそうに頬を綻ばせたように見えた。単なる俺の錯覚だったかも知れないが、妹の成長を兄として嬉しく思ったのかも知れない。
だが、次の瞬間に、俺に向けられていたはずの殺気が、ミカゲへと向けられた。
こうなればもはや、俺がどうのこうのと口を出したところで止まるものでもない。互いの主君だけではなく、彼女たち自身の思うところに決着をつけなければ収まらない。
両者の威圧が膨れ上がる中、傭兵数名が俺に駆け寄ってくる。アイナが呼びかけた奴らだろう。ギロリとゲツヤに睨みつけられてたじろぐが。
「別に逃げたりはしねぇから安心しろ。俺がここにいたら邪魔だろう。それよりもミカゲ」
傭兵らに肩を借りてどうにか立ち上がった俺は、ミカゲに声を向ける。
「ここに来て口出しするつもりはないが、一つ覚えておけ。お前がいなくなったら俺は一生恨むからな。ずっと引きずってやる」
この後に及んで未練がましいと言うか情けないが、抱いた気持ちに偽りはなくそのままをミカゲに伝える。
「ご安心を。あなた様に救っていただいたこの身は、あなたの行く末と共にあります。もはや粗末に扱う気にはなれません」
俺は少しだけ驚いていた。今までのミカゲは、俺のためなら身を賭けるのを躊躇わないようなところがあった。だが今の彼女は何かが違う。これほどまでに自信と気迫に満ちたミカゲの姿は見たことがない。
俺が傭兵たちに引きずられるように運ばれるのと同じく、ロウザも護衛衆たちに抱えられて広間の外周へと運ばれていった。
中央に残された二人が、同時に剣を引き抜く。同門であるが故に、構えがそっくりだ。
「お前もシラハに名を連ねる者だ。主君への忠義を前に、兄妹の情があると思うな。腕の一本は失う覚悟でいろ」
「元より、そのつもりです。兄者もお覚悟を。我が主人を害そうとする輩に向ける情はありませんので」
ミカゲの右腰の剣は鞘に収まったままだ。二刀流で戦うと言うわけではないらしい。
一抹の疑問はありつつも、再び地面に腰を下ろした俺は、側にいるキュネイと共にあの兄妹の結末を見守るほかない。
──合図は必要はなかった。
兄と妹は、息を合わせたように踏み出していた。




