第二百三十四話 黒刃VS凍獄(あとお兄ちゃんはゲキオコらしい)
広間の中央に立ち、ロウザと相対する。
「まったく……随分と見せつけてくれるな。儂への当て付けか?」
咎めるような口調のロウザであったが、特別に責めたり嫉妬したりする風ではない。純粋に呆れていると言った感じだ。
「最初からだったが、元婚約者ってわりには随分とあっさりしてんな」
ロウザがこれまで具体的な嫉妬を見せる場面はとんとなかった。俺がミカゲと恋仲である事実を認めた時もむしろ驚き喜ぶ始末だった。あるいは内側に秘めて表に出していなかったとも考えられるが、流れではありつつもミカゲとの口付けまで見せたのに、それまでとさほど反応が変わっていなかった。
「元より親同士の取り決めよ。結納を済ませてから育まれる想いもあるだろうし、その前に離れられれば潔く諦めもつく。……まぁ、あちらは酷い事になっているがな」
ロウザが振り向かずに、親指で己の背後を指差す。肩越しに見て反射的に肩がびくりと震えてしまった。両腕を組んだゲツヤが、凄まじい形相でこちらを睨んでいるのだ。もしかしなくとも『下っ端』呼ばわりした時以上の剣幕だ。
「お前とミカゲの接吻を見てからああよ。『仁王』の如きとはまさしく、今の奴を指すんだろうな」
「もしかして、あいつってミカゲのことめちゃくちゃ大好きなんじゃ……」
「流石にわかるか。当人にはまるで伝わっておらんがな」
最初から俺に対してかなり辛辣だったのは、ロウザに対しての無礼以上に、妹の周りに飛ぶ悪い虫を警戒するお兄ちゃんだったからか。ミカゲに対してどことなく冷たく当たっていたのも、裏を返せば彼女の身を案じていたからなのかもしれない。
「風の噂でミカゲとお前が恋仲であると初めて知った時は酷かったぞ。周囲に当たり散らす性質ではないが、儂ですら声を掛けるのを憚れるほどに静かに怒り狂っておった。もしそれを知らずに初見で会っていたら、儂が止める間もなく刀を抜いていたな、アレは」
かっかっかと、ロウザは大きく笑った。とてもではないが笑い事ではない。ゲツヤの鬼の形相を見る限りでは、まるで冗談に聞こえないのだ。
「しかし、ここまで騒ぎをデカくする必要も無かったんじゃねぇのか?」
「馬鹿を言うな。これだけ胸踊る一戦を内々に済ませていいはずがなかろう。祭と喧嘩は派手な方が良いに決まってる」
「一般常識みたいに言ってんじゃねぇよ。ある程度の思惑はあるらしいが」
「その辺りについては先に向かわせた配下に伝えたままよ。断りを入れんかったのは謝ろう」
確かにこれだけ派手な『祭』になればひっそりと付け狙うなんてのは難しいだろうな。
「安心しろ、巻き込まれても自己責任であるとは触れ回っている。……それに、『賭け』は人数が多く無いと成り立たんからな」
「やっぱりお前ただの博打好きじゃん!?」
「応よ。将軍の後継という肩書を下せば、儂は一介の博徒にすぎんさ」
語りながら、手元の蒼錫杖を旋回させるロウザ。
示し合わせたわけでは無いのに、互いの気勢が高まっていくのを感じていた。
「故に、ミカゲには悪いがこの大勝負を前に、心が躍って仕方がない」
ロウザにとってはこれも賭けの対象というわけか。
「儂とお前。凍獄と黒刃。果たしてどちらが優っているか。これほど熱い勝負はそうそうなかろうて」
「ちょっと気になってたが、その『凍獄』ってのは何なんだよ」
「儂も二つ名が欲しくなってな。即席で考えたにしては上出来だろう?」
「自分で付けたのかよ」
真面目と不真面目の境界が曖昧な奴だ。あるいは、本当に区切りがないのか。
なんにせよ、である。
「……悪いが、お前の博打に乗ってやる気はない」
初志貫徹。俺が本気で戦う理由は変わらない。
手にした女を奪われない。奪わせない。
「俺は俺の女の為に、全力でお前を叩き潰すぞ」
「当然だ。儂は儂の、お前はお前の『戦』に徹すればそれで良い」
既に、アレだけ煩かった喧騒は遠くなっていた。周囲への関心が薄れ、全ての感覚がロウザへと集中し出している。きっとそれはロウザも同じだ。
「始まりはこれで良いか?」
ロウザは懐に手を入れると、一枚の硬貨を取り出した。
「問題ねぇ」
「そうか……では始めるとしよう」
特に奇を衒ったものではない。軽い調子で言って、ロウザは親指で硬貨を空に向けて弾いた。
俺は黒槍を、同じくロウザも蒼錫杖をそれぞれ構えた。
宙を舞う硬貨が、力を失い落下していく様子がやけに遅く感じられる。
それこそ一秒が十倍にまで引き延ばされたかのようだ。
(グラム)
『良いぜ! 実に相棒らしい始め方だ!』
念話で短く伝えるだけで、相棒からは頼もしい声が返ってくる。
────キンッ!
決闘の開始を告げる硬質な音が響き渡った。
「竜滅の大魔刃ッッッ!!」
「────ッッ!?」
「だらぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」
俺は黒槍を漆黒の大剣に変じ、躊躇いなく一気に振り下ろした。
初っ端に大火力を先手で叩き込み、一気に勝負を決める。もし仮に倒せなくても、流れを引き込む。
大剣は大地を穿ち、派手に土砂が舞い上がる。
「かっかっかっか! 流石だ黒刃! そうくるとは思っていたが、いささか肝が冷えたぞ!」
「マジかよっ!」
高らかな笑い声は上空からだ。目を向ければ、ロウザが足音に氷結を生やして伸ばし、足場にして大魔刃を回避しつつこちらの上を取ったのだ。決められれば儲け物とは思っていたが、こうも完璧に対応されるたのは予想外だ。
「では、次はこちらの番だな」
「くっそ!」
既に足場は魔刃に砕かれ支えを失っているが、ロウザが蒼錫杖を旋回させれば、粉砕された氷の破片が鋭く尖り、俺に向けて雨の如き降り注ぐ。直撃しそうなモノを黒槍に戻ったグラムで叩き割り、それ以外はどうにか回避する。
「お、これは無難に凌ぐが。これで終わってしまっては面白くない。結構結構」
軽やかに地面に着地するロウザ。明らかに余裕を保っており、口にした通り俺の先手を見事に読み取っていた証左だ。
楽な相手では無いとは百も承知であったが、完全無傷で回避し迎撃してきたのは思っていなかった。見通しが数段甘かったと考える他ない。
「アレが噂に聞く、邪竜をも断ち切った刃か。初手で使って大丈夫なのか?」
「おあいにくさま、場数は踏んでるんでね。まだまだ余裕だ」
幾度となく大魔刃を使ってきたからか、体も慣れてきたしある程度の調整もできるようになっていた。今はなったのも、全開の十分の一程度の威力しかない。
「しかし安心したぞ。儂の身を案じて手を抜くとも考えていたが、杞憂だったようだ」
「余裕だな」
「そうでもない。こう見えて今も喉がヒリヒリしているとも。勝負事で感情を表に出すのは、博徒としては三流もいいところだからな」
ニヤリと笑うロウザ。果たして口にした言葉は真実か否か。少なくとも『勝負事』のくだりはそのままの意味だろう。
『こりゃぁハードな戦いになりそうだな、相棒』
グラムからの念話も、真剣さを帯びている。
俺は気を引き締める意味も込めて、黒槍の柄を強く握り直した。