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第二百三十三話 熱しすぎた鉄は脆い

非常に申し訳ありません

10/4にて盛大な抜けが生じていた為に挿入しました

ご迷惑をおかけします


 服装は一般人と大差ないが、頭部からは獣の耳が生えている。ロウザが率いてる護衛の一人だろう。目の前までくると、軽く会釈をする。


「失礼します、黒刃殿。主より伝言を預かってまいりました」

「ロウザのやつは?」

「これから刃を交える相手と和やかに話すのも妙だろうという事で、私が代理として参上させていただきました」


 護衛が顔を向けると、俺たちとは広間と対面の位置にロウザたちの姿があった。遠目で俺と視線があうと、軽く手振りしてくる。この男が言っていることが正しい証拠だ。


「……それで、用件は?」

「この乱痴気騒ぎの説明を仰せつかっております」

「うわぁ……」


 俺は思わず空を仰ぎ見る。やっぱりそうかという気持ちと、こちらが思い当たるタイミングで使いを寄越す辺り、非常にタチが悪い。カランとキュネイは目を見開いているが、アイナは筋かに護衛を見据えている。後者に関しては、グラムと同じく思い至っていたのだろう。


「察してらっしゃる方もいらっしゃるでしょうが、此度の決闘についての情報を市井に流したのは我らです。なぜなら」

「観衆の目を増やし、余計な手出しがされる可能性を減らすためですか?」

「……やはり気づかれましたか。ロウザ様も、あなたなら己の意図を読み取るであろうと」


 アイナが発した声に俺たちは揃ってギョッとするのに対して、護衛は頷きを返した。


 繰り返しになるが、ロウザは故郷(サンモト)の兄らから放たれた刺客に命を狙われる身。それの巻き添えになる形で俺たちも襲われた始末だ。


「人気のない場所での立ち会いともなれば、不届きものどもが付け狙う好機ともなります。故に、あえて人を呼び込み、無自覚な監視の目とします」

「敵は、真夜中に大騒ぎを起こすような奴らだぞ? しかもこの大人数。むしろ、今もこの瞬間に潜んでてもおかしく無いだろ」


 カランの意見も尤もだ。人目を気にして行動を控えるような慎ましさを持ち合わせているとは考えにくい。


「であろうとも、間違いなく、無いよりは遥かにマシな牽制にはなりましょう。加えて、観衆に紛れるのは我らも得意とする所。存在を匂わせればおいそれと手出しはしにくいはずです」


『下手にまとまって一気に攻め込まれるよりは、分散して潜んでるところに、あえて護衛衆(こっち)の居所をバラして牽制するって感じだ』


 護衛の説明で、俺が理解の及ばない点をグラムが念話チャンネルで補足する。確かに、集団ではともかく個人の戦闘力では襲撃者たちよりも護衛衆たちの方が勝っていた。


「でも、万が一に護衛衆(あなたたち)を突破しするものがいたら?」

「ロウザ様の側には常に最強の懐刀がありますゆえ。あの人がいる限り、不届きものの刃が我らの主に至ることはあり得ません」


 最強の懐刀か。もはや誰かを問うまでも無いか。


「傭兵を集めた理由は分かったが、だからって余計に煽る必要はねぇだろ」


 俺が賭けが白熱してる一帯を指差すと、護衛はどことなく気不味げに言う。


「……ロウザ様のお言葉をそのままお伝えすれば──「この方が面白いだろう?」──とのことです」


 つまり、あそこの馬鹿騒ぎに限っては純然たるロウザの趣味か。カランが、嘆き頭痛を抑えるように額に手を当てていた。気持ちはちょっと分かる。


「以上がロウザ様より預かった言伝の全てです」

「そうかい。ありがとうよ」


 聞かないよりかは絶対に聞いた方が良かったが、護衛には悪いが素直に感謝を抱く気にもなれなかった。礼を口にしたがちょっとおざなりになったのは許してほしい。


「……口には出しておられませんでしたが、ロウザ様はあなたと今日戦えることを心待ちにしておりました」


 命令を終え、立ち去るはずだった護衛が意外な事を口にし出した。


「あのお方は根っからの博徒だ。賭けるモノが大きいほど、勝負が困難であるほどに燃え上がる性格です。アレほど気迫を宿したお姿は、私が護衛衆に加わってからは初めてです」

「こちらとしちゃぁ、まぁまぁ迷惑な話だよ」

「そうでしょうか。私の目から見て、今のあなたもロウザ様に負けぬ熱を宿していると感じられますが……いえ、これは余計でした。申し訳ありません」


「ではこれにて」と護衛は頭を下げると、今度こそロウザの元へと帰っていった。


 熱──という点に関してだけ言えば、あの護衛がいった通りだ。


 この決闘に負ければ、ミカゲが俺の元から去ってしまう。そう考えるだけで、胸中が燃えるような感覚が襲ってくる。


『相棒。熱くなるのは良いが、熱しすぎた鉄ってのはむしろ脆くなるぞ』


 指摘されるまでもなく分かってい。胸や頭は(かっか)しているのに、手足の指先が冷たく感じている。この模擬戦場に来る前、馬車に乗り込むあたりからずっとこれだ。明らかに気合いが絡まってるのだと自覚できていた。


「ユキナ様」


 それまでずっと黙していたミカゲが、俺の名前を呼ぶ。


 ここ最近はずっと浮かない表情が続いていた彼女であったが、今はその気配がない。二日前に宿に戻ってきた時、何かがあったのか吹っ切れた様子であった。


「お前には本当に悪いと思ってるよ。勝手にこんな勝負を受けちまって」

「ユキナ様のせいではありません。これも一つの巡り合わせです。元を辿れば、私があの場で固辞しなかったのが原因でもあります」


 どうだろうか。たとえミカゲがロウザの申し出を断固として断ったところで、あちらが引っ込むとは考えにくい。どちらにせよこうした果し合いで落とし所を決めるしかなかっただろう。


「私はこの決闘の行く末を甘んじて受け入れます。ですが、どのような結果になろうとも、我が魂はあなた様のモノである事実は決して揺るぎません。それだけは決して忘れないでくださいませ」


 あるいは悲壮とも取れる台詞を紡ぎながらも、ミカゲの顔に憂いや絶望といった負の色は全く含まれていなかった。いつもの彼女の──いや、それ以上に精悍で強い光が目に宿っている。


「……もう大丈夫みたいだな」


 自然と、そんな言葉が笑みとともに漏れていた。


「ご心配をお掛けしました。ですがもう迷いは晴れました」


 と、こちらの頬に手を添えると引き寄せ、俺は自然な動作でミカゲと唇を重ね合わせていた。


「我が愛しの主様。あなたが必ずや勝利する事を願って──いえ、これは紛れも無い確信です」


 口を離し、若干頬を赤らめたミカゲが至近距離で囁いてくる。


「これが終わりましたら、久しくユキナ様の熱を感じたく存じます」

「──ハハハハ、お前も俺の焚き付け方が分かってきたな」


 我ながら単純だと思う。


 既に、指先の凍えは消え去り、代わりに全身の隅々にまで熱が駆け巡っていく。


 空回っていた気合いが、唸り声を上げながら高回転していた。


 これは、何がなんでも勝たなければならない理由ができたようだ。


 必要に駆られたのではない。


 俺が本気で勝ちたいと、心の奥底から決意したのだ。


『だっはっはっは! それでこそ俺の相棒様だ! っしゃぁ! 俺も気合い入ってきたぜ!』


 グラムの高笑いを感じながらアイナとキュネイに目を向ければ、二人とも何も心配ないとばかりに笑みを浮かべていた。


「んじゃまぁ、行きますかい」

『応ッ!!』


 大切な愛すべき仲間に背を向けて、俺は歩き出した。 


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