第二十話 やる気の出るお仕事だとおもうのですが
ひどい展開がまた待ち受けている……。
キュネイが俺の顔を見てニヤニヤしている事を除けば、おおむねデートは成功だと言えよう。王都を歩き回りながら会話をしていただけなのだが、キュネイには楽しんで貰えたようだ。
常日頃から表通りから一歩離れた地域で生活し、表通りをこうやって歩くのは必要に駆られた時を除けば滅多に無いとか。だから久々にこうして〝表〟を歩くのが新鮮だったらしい。
勢いで誘ってしまったデートではあるが、俺だけでは無く彼女も満足して貰えたようで何よりだ。
そんな時、背中から不穏な念話が発せられた。
『相棒、ちょいとマズいことになったぜ』
(おい、デートの最中に話しかけるなって言っただろ)
いきなり槍に話しかける野郎が隣にいると知れれば、どんなに器量の良い女だってどん引きするだろう。幸いに今の会話はキュネイには聞こえていないが──。
『何も無けりゃぁ俺だって最後まで黙ってるつもりだったさ」
軽く眉間に皺が寄るが、俺は黙ってグラムの言葉に意識を向けた。
(で、何がどうしたんだ?)
『昨日相棒がぶっ飛ばした男がいるだろ。あいつが後ろにいる』
──ッ!?
『っと、こっちが気づいたのを悟られちまうから後ろは向くなよ』
思わず背後を振り向きそうになったが、グラムの制止にどうにか思い止まる。
「……ユキナ君?」
俺の動揺が、俺の腕を抱いているキュネイには伝わってしまったか、首を傾げてくる。
俺は自分でも下手くそだと思う曖昧な笑みで一旦誤魔化してから口元を手で隠し、キュネイに聞こえないようにグラムへと語りかけた。
(野郎は今どんな感じだ?)
『今すぐ動こうって様子じゃ無いが、恐ろしく不機嫌なのが一目瞭然だ。すれ違う通行人とか、超ビビってる』
(昨日俺が吊したって事はバレてると思うか?)
『そりゃさすがに分からねぇ。ただ、気になる女の隣に自分以外の野郎がいりゃぁ心中穏やかで無いのは確実だわな』
そりゃマズいな。
このままキュネイと一緒に歩いていたら何をしでかすか分からない。例え途中で別れても、それはそれでキュネイに危険が及ぶ。
──とりあえず人気の無い場所に男を誘い込み、物陰から不意打ちかましてぶっ倒した。
『……いや、だから容赦なさ過ぎだろ相棒。ここは普通、女を背中で守りながら必死になって闘う様を見せつけるとかさぁ』
「粘着質な追っ掛け野郎に容赦できるほど、俺は人間出来ちゃいないからな」
『出来ちゃいないどころか、一歩間違えれば人でなしの所業だと思うのは俺の気のせいだろうか』
気のせいです。穂先で無く石突きを使った時点で十分くらい手加減している。
もしこの一連の流れが創作物になったとして野郎相手に立ち回る状況を長々と書き連ねるのは作者的に面倒だろう。このくらい簡潔に終わった方が楽で良い。
今回も前と同じく身包みを剥ぎ取り、適当な場所に裸で吊しておく。この短期間で同じ男の裸を拝むとはついぞ思いませんでしたよ、本当に。どうせなら女性の裸をみたいものですよ。
一通りの〝作業〟が終わって、俺は少し離れた場所にいるキュネイのところに戻った。
「ふぅ、お待たせ」
「いきなり脇道に連れ込まれたときは何事かと思ったけど……ここはお礼を言うべき場面なのかしら?」
アレ? キュネイまでちょっと考えちゃってるぞ?
「いえ、やり方はなんにせよ助けて貰ったのには変わり無いものね。ありがとうユキナ君」
気を取り直したように礼を言ってくるキュネイ。その表情は晴れやかとは言い難く、曇りの様相を見せていた。何か思うところがあるのだろう。
俺はあえて明るい口調で言った。
「キュネイさんは美人だからな。そりゃしつこく言い寄ってくる輩ってのは後を絶たないだろ」
「人気があるのは『娼婦』としては嬉しいことなんだろうけどね……」
気落ちしているキュネイ。
「…………結局のところ、娼婦なんて汚れ仕事をしているから、こんな男にも目を付けられるのよね。こいつらにとっては、私たちなんか金さえ払えば簡単に躯を許すような下種なんでしょう」
「はいはいそこまで」
どんどんと否定的な発言をしていくキュネイの口を、俺は手で塞いだ。唐突に手で口を押さえられた彼女が目を瞬かせる。
──実のところは、俺も気が付いていたのだ。
デートの最中に楽しそうにしているのは嘘ではないはず。けれども、時折その笑みに哀愁が含まれていたのを。
これまでの会話で、彼女が娼婦である事に負い目を感じているのは察していた。おそらくその辺りが原因だろう。
「そう自分を卑下するなよ。美人が台無しだぜ」
「ユキナ君……でも」
なおも重ねようとするキュネイに俺は首を横に振った。
今でも彼女がなんに対してその表情を浮かべていたのか、本当の意味では理解できていないだろう。
だから俺は余計な詮索はせずに率直に述べた。
「失礼を承知で言わせて貰えば、娼婦ってのは立派な職業だと思うぞ、俺は」
「………………えっ!?」
村にいた頃の俺は、必要だと思ったことをただ単純にこなしてきただけだ。特別にやりたいことがあったわけでも無く、日々を平穏と暮らせればそれだけで満足していた。
けど、今の俺はキュネイを〝買う〟為に、槍を背負って傭兵稼業に勤しんでいる。そんな自分を悪くないと思っている。
何を馬鹿なことを、と言わんばかりのキュネイに俺は己の考えるところを正直に伝えた。
「具体的な目標がある日常ってのは張り合いが出てくる。『娼婦』って存在は、その具体的な目標になりえる存在だと俺は思うけどな」
男というのは基本的に単純な生物だ。綺麗な女の為には頑張ってしまうものだ。そして、男にやる気を出させる存在が、卑下されて良い道理は無い。
特に、この王都で最も名高いとされている娼婦が口にして良い台詞ではないはずだ。
俺の言葉を聞いたキュネイが俯いてしまった。
(……あれ? もしかして俺って変なこと言っちまった?)
もしかしたら全く違う事に悩んでおり、俺が口にした内容は全く的外れだった恐れがある。もしそうだったら、俺は恥ずかしさで死ぬかも知れない。
だが、俺の心配は危惧に終わった。
キュネイは俯いたまま俺に近付くと、いきなり抱擁された。
「へ? あ、ちょっと!?」
「ごめんなさい。いまの私は多分、人に見せられない顔してるわ。だから少し我慢しててね」
「いや我慢っつかどちらかと言えばずっとお願いしたいところです!!」
抱きしめられたら当然躯が密着するわけで、デートの最中に腕に伝わっていたたわわが俺の胸元で潰れているわけで、ついでに胸だけでは無いキュネイの柔らかさを目一杯感じることが出来てもう感無量です。
ちょっとでも気を抜くと、躯の一部分が反応してしまいそうだ。
「なんであんな事を普通に口に出来ちゃうのかしら。私が単なる生娘だったら、あれだけでコロッといっちゃったかも知れないわよ」
「あの、言ってる意味がよく分からないんだが」
「いいのよ。今はとりあえずこのままでいさせて頂戴」
──俺たちはそのまま人気の無い路地でしばらく抱擁を交わすのであった。
『どうでも良いけど、素っ裸の男が逆さ吊りされてるって事はすっかり忘れ去られてるなこれ』
グラムの呟きが俺の耳に届くこと無くこぼれ落ちた。
ちょっと残念なお知らせ。
ついに書きだめていた分がすっからかんになりました。
むしろよくあれだけ溜めておけたと思うほどです。
読者の皆さんには大変申し訳有りませんが、これから一旦書きだめ期間に入ります。
おそらく次回の更新はどんなに早くても二週間後。目標では一ヶ月ほどの目標です。
では以上、ナカノムラでした。




