第二百二十八話 総取り
長い語りを終えたロウザが吐息を漏らす。
「半ば予測してはいながら、仔細を伏せたままこちらの手前勝手な事情に巻き込んでしまった。故に組合幹部であるカラン殿を交えて話をさせてもらった」
「経緯は理解できた。説明感謝する」
答えてから、カランは眉間に皺を寄せて唸った。
金持ちの観光客と思いきや、まさか次期国王に任命された跡取りであり命を狙われていると来たのだ。事情説明があっただけでまだマシな方だが、下手すれば国同士の一悶着に発展しかねない内容だ。
「これは私の責任問題にも発展しかねんな。指名があったとはいえ、背後関係を洗わずにユキナくんに依頼を斡旋してしまった。君の周りではこういう事が起こりかねないと知っていたはずなんだが」
「俺のせいじゃねぇっての!」
「そうだな。儂の責任だ。申し訳ないカラン殿」
「謝罪は結構。それで、これから君たちはどうするつもりだ」
深くなった眉間の皺を指で解してから、カランがロウザに問いかける。
「当初の予定ではじっくり腰を据え、儂が置かれた状況を話して説得をするつもりであったが、ここに至ってはそうもいかん。ミカゲに纏わる一報が兄上達に届けば、おそらくさらに手勢を送り込んでくるはずだ。次は、建物一つでは済まない被害がでるやもしれん」
キュネイには悪いが、今回の被害は診療所の一部が破損するに留まったが、ロウザの兄達が本気でミカゲやロウザ達を排除しようと動けばどれほどの規模になるかわからない。最悪の場合、一般人が巻き込まれる事だって十分に考えられる。
ロウザはミカゲをまっすぐに見据えた。視線を向けられ、ミカゲがピクリと肩が震えるが、構わずにハッキリと告げる。
「儂らは遠からずうちにサンモトへ帰郷する。ミカゲ、お前はそれに着いてきて欲しいのだ。お前の腕を今一度、儂の為に振るって欲しい」
「…………わ、私は」
表情に明らかな戸惑いを含ませるミカゲの前に立ち、俺はロウザを見返す。自然と目が険しくなるのはどうしても止められなかった。
「すんなりと、はいそうですかって送り出せると思ってんのか?」
「貴様こそ、話を聞いていなかったのか」
さらに前に出てきたのはゲツヤだ。ロウザと俺の間に立ち塞がり、威圧感と敵意をむき出しにして俺を至近距離から睨みつけてくる。
「これは一個人の感情でどうのこうのと出来る規模を超えた、国の行末を決めかねない一大事だ。たかが傭兵は黙って──」
「関係ねぇな」
ロウザの事情は分かったが、だからどうしたというのだ。
「関係ないだと。何様のつもりで」
「俺はロウザと話をしてるんだ。下っ端は黙ってろ」
「──ッ」
あまりの言い様にゲツヤが絶句するが、咄嗟に出てきた台詞は偽りなく俺の本心から溢れ出したものであった。
「こっちは既に、王様に娘さんをくださいってのをやらかしてんだ。他国の王様相手に──ましてやそいつの手下に今更気後れするはずねぇだろ」
純粋な一対一では、俺はゲツヤに劣るだろう。十回戦って勝利を一度か二度を拾えるかどうかというくらいだ。そのくらい俺だって分かる。
だからどうしたと、心の底から思う。
『ぶっちゃけ、いつものことだしな』
グラムの愉快気な声に、俺も自然と口端が釣り上がる。
自分より強い相手に怖気づけるほど、生半可な修羅場は潜っていない。度胸や胆力に限ってしまえば一級傭兵にも劣っていないという自負があった。これなら、アイナの親父さんを前にした時の方がよっぽど緊張していた。
「……くっ」
犬歯を剥き怒りを露わにしつつも、ゲツヤは気後れで一歩後ずさった。その事実に気がつき彼は更に表情を歪めるが、その肩にロウザが手を置いた。
「やめておけロウザ。お前の目の前にいるのは、ミカゲが主と仰ぐ漢よ。お前がこの国を訪れてきてから見てきた木端な傭兵とは格が違う」
「ですがロウザ様っ」
「お前の妹は、そこらの有象無象に忠誠を誓うほどに安い女なのか? 違うだろうに」
「…………出過ぎた真似をいたしました」
悔しげなゲツヤであったが、俺を睨みながら主に従って後ろに下がる。代わりにロウザが前に出ると、不敵な笑みを浮かべた。
「ゲツヤを退ける胆力、実に見事だ。こやつを気で抑え込めるものなど、そうはおらんよ」
ロウザは楽しげにくつくつと笑う。
「して黒刃よ。お前が異を唱えるのも当然だ。が、儂らも易々と引き下がれん状況であるのは、先ほど話した通りだ」
「だろうな。そいつに関しちゃ、互いに分かってるだろうよ」
意思を持った武具を持つ者同士。本気で口にした言葉──あるいは胸に秘めた意思──は、相手が誰であろうとも撤回するはずがないのは承知している。
「このままだと平行線だな」
「そうさな。……ではここで一つ、儂と賭けをしないか?」
『賭け』という単語に、反射的に身構えそうになるも。
「安心しろ。何も運否天賦に全てを任せるという意味ではない」
俺から少し離れると、ロウザは振り向き様に蒼錫杖をこちらに向けた。ミカゲとアイナ、キュネイが驚き身構えそうになるが、俺が手で制する。
これは意思表明だ。
「儂と黒刃の一騎打ち。勝ったものが総取りだ。相手が望むものを差し出す。これであればお前の流儀にも反しはしないだろう」
「……ったく、結局はこうなるらしいな」
本音を言うと、ロウザと初めて会い、蒼錫杖の所持者だと判明した時点でなんとなくこうなるような気はしていた。リードの時だってそうだ。蛇腹剣の事が分かっていなくとも、直感に近いものはあったのだ。
「ミカゲ!」
「は、はいっ!」
俺が鋭く名を呼ぶと、ミカゲが跳ね上がるように背筋を伸ばす。
「勝手で悪いがお前の行末、俺に預けてもらうぞ」
俺は背中の黒槍を引き抜くと、突き出された蒼錫杖へ静かに交錯させた。
「いいぜロウザ。この勝負、受けて立つ」
「どちらが勝っても恨みっこなしだ」