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第二百八話 実はものすごくエライようです

 ミカゲは帰ってくるなり、診療所で自室に引き篭もっていた。アイナの言うとおり、己の中で色々と整理をする時間が必要なのであろう。


「これもあえて黙っていたんですが、『エガワ』という家名には聞き覚えがあったんです」


 そう言って、アイナが語り出す。


「ここより遠く離れた島国『サンモト』。四方を海に囲まれた独自の文化を築く島国で、『武士(ぶし)』と呼ばれる階級の貴族が各地を収めています」

「話の流れからすりゃぁ、そのサンモトがミカゲの故郷か」


 ミカゲはあまり身の上を語りたがらない。生家を飛び出した理由については教えてもらったが、身の上や具体的な家族構成は口にしてこなかった。俺は別にそれで構わなかったし、アイナたちも同じだった。


 とはいえ、ここまで来ると話をせざるを得ないだろう。


「そして、エガワ家はそのサンモトの『将軍家』です」


 聞きなれない単語に、キュネイは首を傾げた。


「ショーグンって、貴族様の男爵とか侯爵みたいな地位のことかしら。どのくらい偉いの?」

「偉いも何も、頂点ですよ」

「へ?」

「エガワ家はサンモトを束ねる王族です。話をしている最中に思い出した時は私も驚きましたよ。顔に出さないだけで精一杯でした」


 アイナから出てきた思っていた以上の解答に、キュネイは妙な声を漏らしてしまった。かく言う俺だって今の彼女と似た表情を浮かべているだろう。俺たちの今の心境を、アイナはロウザたちと会話をしている時に味わったのか。尊敬を通り越して敬服してしまいそうだ。彼女も元は王族だな。


 ここで重大な事実に思い至る。


「──ってことは、ロウザは次期国王!? あれがか!?」


 あの軽いノリで次の王様とかそこはかとなく不安ではある。


「ミカゲはその王子様の婚約者だったって事になるのよね。他所(よそ)の話であれば恋愛話(ロマンス)として、酒の肴にもできちゃうんだろうけど」


 息を吐きながらキュネイは肩を竦めた。


「結婚が嫌で家を飛び出したお嬢様が、旅先で出会った根無しの旅人と心を通わせ幸せな日々を送る。けど、そこに元婚約者が現れて一悶着が起こる。ありきたりだけれど、だからこそ受け入れやすい話よねぇ」

「まさしくそれが現実として起こってるわけなんだがな」

「分かってるわよ。だからこうして揃って頭を悩ませてるんじゃない」


 肴にできるのは大概が他人事だ。当事者であれば笑い話にもならないのが相場である。勇者の冒険譚とて、聞き齧るから夢があるのだろうが、実際に同行を求められたらよほど腕に自信がない限り断るに決まっている。


「仕方がなかったとはいえ、付いていけなかったのを今更ながらにちょっと後悔してるわ。一緒にいたら、ミカゲのフォローもちゃんとできたのに」

「それを言っちゃぁ、実際に近くにいた俺たちが悪い。ミカゲが最近悩んでたのはわかってたんだしなぁ」


 こうなることが分かっていれば、無理にでも悩みを聞いておくべきだったか。なんてことを考えている時点で後の祭りだ。まさしく、後悔先に立たずという奴だ。


「しかし、あの軽そうな野郎が元とはいえミカゲの婚約者ってのも妙だよなぁ」


 実際のところは知らないが、彼女(ミカゲ)の今の性格を考えると、厳格な親の元で育ったのだろう。そうなると、あの軽いノリの王子様と大事な娘を婚約させるだろうか。


「──あの軽薄さに騙されない方がよろしいですよ、ユキナ様」


 声がした方を振り向けば、部屋に戻っていたはずのミカゲだ。


「お前……大丈夫か?」

「ご心配をお掛けして申し訳ありません。今はもう落ち着きました」


 少なくとも表面上は冷静を取り戻してはいるものの、それを素直に信じ切るのは無理な話だ。テーブルの空いた席に座ると「お茶、新しく入れるわね」と入れ替わりにキュネイが立ち上がり台所の方へと向かう。


「ごめんなさい。少し立ち入った話を勝手に進めてしまって」

「いえ、むしろ謝るべきは私のほうです。突然の事態で皆さんには随分と困惑させてしまって。私の口から事情を説明するのが筋でしょう」


 アイナの言葉にミカゲは首を横に振って答えた。

 

 しばらくして戻ってきたキュネイがお茶を淹れると、ミカゲは湯気が立ち上る茶器を眺めながら、訥々と口を開く。


「ロウザ様は確かに気紛れな所はあります。その放蕩ぶりには将軍様や臣下一同も手を焼いておられました」


 第一印象に違わず、故郷のサンモトでもかなり好き勝手していたとはミカゲの談。犯罪には絶対に手を出さないという一線こそ引いていたが、それを加味してもしょっちゅう城下に繰り出しては遊び呆けていたとか。


「ですが、あの方は紛れもなく、多くいる兄弟の中で将軍様──父君より、次期将軍の座を命じられました御仁です」


 ミカゲの断言する口ぶりが、事実の重大さを物語っていた。そこに嘘偽りはなく真実であると示していた。


「ちなみに何人兄弟なのかしら?」

「正室様、側室様たちのお子を全て含めれば七人です。将軍位の継承権は男児のみですが、女児を含めれば十五人ほどになりますか」

「あら〜、随分とお盛んな王様ね。跡取り問題でだいぶん揉めそうだけど」


 驚きながら頬に手を当てるキュネイ。ただミカゲは首を横に振った。


「サンモトは、多数の小国が入り乱れ、群雄割拠の(いくさ)が長きに渡って続いていた歴史があります」

「聞いた話ではありますが、エガワ家が将軍位に付き、サンモトを平定したのが百年ほど前。それ以前は国内の各所で戦争がずっと続いていたと」

「さすがですアイナ様。よくご存知で」


 相槌を一つしてから茶を飲み、ミカゲは先を続ける。


「当然ですが、戦ともなれば多くの命が失われます。その中には領主の跡取りも含まれます。領地を巡る戦が頻繁に行われれば、跡取りが戦死する可能性は当然高まります」

「なるほどぉ。たくさんの兄弟がいるのは、跡取りが亡くなった時の保険なのね」


 跡取り問題で揉める事よりも、跡取りそのものが全滅する方が問題だってことか。後を継いでくれる子供がいなければ揉めることすらできなくなると。


「そうした歴史的な背景もあり、武士の頂点に立つことになったエガワ家の将軍様は、多くの子を残す事も責務の一つとなっているのです」


 恋愛的なものではなく仕事としての子作り。羨ましいかは悩ましいところだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ☀️本、一体どんな修羅のすむ地域なんだ
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