第二百四話 二本釣りするのですが
まるでその言葉を皮切りにしたかのように、肌にまとわりついていた違和感が明確な敵意に変貌した。突き刺さるような敵意が肌を貫く。
俺とミカゲはそれぞれの得物を構え迎撃の態勢に移行する。アイナも魔力を練りいつでも行動に移れるように杖を翳す。
──そんな俺たちの前に、音もなく一人の剣士が現れた。
油断があったかどうかはわからない。ただ確実なのは、三人の瞬きほどにあったかもしれない意識の隙間を掻い潜り、そいつは俺たちの間に出現したのだ。
姿は外套を深く被っていて判別は付かない。けれども、腰から伸びる細い鞘から辛うじて剣士であるとはわかった。
これがどこから沸いたという疑問を挟んでいる余地はなかった。俺たちが凍りつき目を見開く中、そこだけ時の流れが緩やかであるように、剣士は柔らかく柄に手を添えた。
「──ッ、御免ッ!」
いち早く我に帰ったミカゲが咄嗟にアイナの身体を突き飛ばし、剣士との間に己を割り込ませる。次の瞬間には、鋭い金属の衝突が響き渡りミカゲの身体が弾き飛ばされた。
受け身を取り体勢を立て直すミカゲに、剣士は追撃をしかけよと踏み込む。
「んの野郎ッッ!!」
黒槍を強く握りこちらに背を向ける剣士の背中に黒槍を叩きつけようとするが、足を踏み出す寸前に、どこからか金属の擦過音が響いてくる。反射的に腕を振るうが、まるで蛇のように蠢くそれが黒槍に絡みつく。よくよく見れば、先端に重しがついた細い鎖だ。
『まだまだ来んぞ!』
「嘘だろっ!?」
鎖の根本を確かめようと視線を投げ掛けるよりも早くに、さらにグラムの警告が飛び出した。どこからか新たに飛来する分銅付きの鎖が、腕に巻き付いたのである。
「ユキナ様ッ!?」
鎖で引っ張られて俺の動きを阻害されるのを見て、ミカゲが駆け寄ろうとする。が、そこに割り込むのはやはり先ほど現れた謎の剣士だ。
「邪魔をするなっ!」
ミカゲは激昂し剣を振るうが、剣士は軽い身振りだけで鋭い一閃をやり過ごす。
「──、こやつっ!?」
剣士が只者ではないと察したのか、ミカゲの荒ぶっていた感情が僅かに収まる。歯を噛み締めながら剣戟をいくつも重ねるが、その全てを剣士は回避し、あるいは振るった剣でいなしていく。
驚く他ないだろう。ミカゲが、同じ人間を相手にあそこまで苦戦するなんて。
期待の新鋭などと組合では呼ばれているらしい俺であるが、はっきり言って純粋な対人戦ではミカゲに一歩どころか二歩も三歩も劣っている。以前よりも多少なりともマシになったが、鍛錬での模擬戦においては圧倒的に負け越している。
そんな彼女が二つ名のもとである銀の閃光を煌めかせながらも、謎の剣士には届かない。つまりはそれだけあの剣士の腕がとんでもないということだ。
『ってぇ、ミカゲにばっかり気を取られてもいられねぇぞ!』
ハッとなり視線を巡らせ、ミカゲに突き飛ばされたアイナを探す。剣士と同じく外套を被り正体を隠した何某が、倒れているアイナに近づいているのが見えた。彼女も魔法で対抗しようにも、すでに距離が近すぎる。詠唱している最中に一気に間合いを詰められればどうしようもない。
『相棒ッ、鎖の元は数人掛かりの人間だけだ!』
グラムの意図を察した俺は、鎖の絡みついた腕に力を込める。
つり合いが取れたのは僅かの間だけだ。すぐに緩みが生じたのを見計らい、絡んでいた鎖を纏めて掴んで一気に引き寄せる。鎖の先を見ると、一本につきそれぞれ三つの人影が引きずられるのを確認する。重量増加で鍛えに鍛えられている俺の膂力に対抗するには圧倒的に足りなすぎだ。
「俺と力勝負したけりゃ、あと十倍は連れてこい!! うぉらぁぁっっっ!!」
一本釣り(二本だが)の要領で一気に振り上げると、その勢いのままアイナに接近していた正体不明に叩きつけた。まさか人が飛んでくるとは思っていなかったのだろう。回避するまもなく巻き込まれ吹き飛んでいった。
『なんか最近、似たようなのをよくやるなぁ!』
グラムの言葉で旅行先での出来事に軽く思いを馳せながら、緩んだ鎖を急いで解いてアイナに駆け寄る。幸いに、手を出される前だったようだ。他にいた複数人は、俺が自由になったのを確認すると警戒して距離をとっている。
「ありがとうございます、ユキナさん」
アイナを引き起こし、黒槍を構える。遠目にこちらを見据えるいくつもの影があった。グラムの索敵を掻い潜って、どれほど潜んでいたのか。今は俺を警戒して距離を詰めてこない。
その隙に、俺は言葉だけをアイナに向ける。
「ミカゲの援護はできそうか?」
「……人間を相手にあそこまで動きが速いと、難しいかと。下手するとミカゲさんを巻き込みます」
ミカゲと剣士の斬り合いに目を向けるも、アイナの返答は芳しくなかった。
残念だが、予想できた答えでもあった。厄獣が相手であればともかく、近しい大きさでかつ遠目でさえ動きを追うのがやっとという状況で、敵だけを狙い撃つというのは無理がある。俺だって割って入ろうにも、入れ替わり立ち替わりについていける自信が皆無である。
『つってもヤベェな。今のミカゲは本調子じゃねぇ。このままだとズルズル押し切られるぞ』
ミカゲの動きに普段のキレがないのは見て取れた。いつもの鋭さがなくどこか荒々しく剣を振るっている印象が強い。逆に、剣士はどこまでも落ち着いている印象さえ受ける。
どうにかして、剣士にだけ攻撃をとどかせる方法がないものか。
と、そこまで考えて、似たような考えをした記憶が脳裏によぎった。
『お、何か思いつきやがったな相棒』
状況が良くないのは明白であったが、どことなく楽しげなグラムの声が、今は心強かった。




