第十八話 何やら怒られたようです
傭兵組合に戻ると、ビックラット駆除依頼が終わったのを報告。それに加えて犬頭人の討伐証明部位である牙と、ついでに剥ぎ取った毛皮を納品した。犬頭人の毛皮は革製品の中では安い部類に入るが、家畜の毛皮よりも頑丈であり、傭兵向け防具の素材として活用される。質としてはやはり低いが、新人傭兵の防具としては妥当なところだ。
「はい、お疲れ様です。今日も大量でしたね」
組合の窓口にいる女性から、駆除依頼とビックラットの肉を納品した報酬。更に犬頭人の駆除に関しての報奨金も受け取る。
「本当に助かります。ビックラットの駆除は実入りが少ないし実績も得られないから誰も受けない。そのくせ繁殖力があるので近隣の農家からひっきりなしに依頼が寄せられるので貯まる一方だったんですよね」
「こっちは良い稼ぎが残ってて嬉しい限りだ」
「……ここだけの話ですが。ここ最近、五級か四級辺りで一番稼いでいるのってユキナさんなんですよね」
受付が小声で囁いた。他の傭兵に聞こえると騒ぎの原因となる為の配慮だ。この辺りは荒くれを日頃相手にしているだけあってよく分かってる。
「今良い稼ぎとは言ったけど、実は気になることがありまして──」
俺は犬頭人に何度も襲われていた状況と、襲いかかってきた犬頭人が全て飢えていた事を受付に伝えた。
「なるほど、そんなことが……」
顎に手を当て考え込む受付。
「何も無いなら良いんですがね。ちょっと気になったっつーか」
「実際に現場に出ていらっしゃる傭兵の声というのは大変貴重な情報です。それに、ユキナさんの仕事は他の新人さんと比べて随分と丁寧ですからね」
丁寧というのは納品素材の状態を言っているのだろう。咄嗟の場合を除けば、なるべく厄獣の素材を必要以上に痛めないようには努力はしている。その方が買い取り額が良くなるからだ。
「傭兵になりたての新人さんはただ厄獣を狩れば良いと考えがちです。その点、ユキナさんの手際は五級とは思えないほど見事です」
「煽てても何も出ませんから」
単に手慣れているだけの話だが、褒められて悪い気はしないな。
「……実は他の傭兵からも予想外な犬頭人の討伐件数が上昇気味なんです。ですが、犬頭人が厄獣の中では弱い部類に入るせいか、皆さんさほど気にしてないようで詳細な情報があまり寄せられないんです。ですから正直言ってユキナさんの情報は助かるんですよ」
「そちらの情報は組合の上の方に進言しておきます」と受付が言い、それから少し会話をしてから俺は窓口から離れた。
出口に向かいながらグラムと会話をする。組合の建物内は他の傭兵達や職員が多く至るところで話し声や怒声が聞こえてくる。これだけ騒がしいとグラムが普通に声を出したところで不自然には思われない。
「んで、これからどうすんだい? またキュネイちゃんのところ行くのか?」
「もうちょっと呼び方とかあるだろ」
確かに、キュネイのおっぱいはおっぱい過ぎるくらいおっぱいしてるけど、それにしたってもうちょっとこうあるだろ。
「相棒も大概だよな」
「──はっ!?」
どうやら思考が口に出ていたらしい。けど、普段着でさえこれでもかと主張しているあの胸に目が行くのは男として当然。ましてやその持ち主とあれやこれやをするために傭兵稼業に勤しんでいるのだ。これはしょうがない、うん。
『謎の言い訳をしてるところ悪いが、前方注意だぞ』
「うぉおっと」
グラムが突然話を念話に切り替えた。声に従って前を見ると前方から歩いてくる人の姿。慌てて避け、すれ違い様にぶつかる寸前だった人物の姿を確認する。
「──ってでっか!?」
直前までキュネイのおっぱいを思い出していた為か、すれ違った人物──女性の胸の大きさに思わず驚き率直な感想が飛びだしていた。
『あーあ、言っちゃった』
呆れ果てたグラムの声に今回はさすがに反論できなかった。
すれ違った女性の頭には人間には無い狐の──獣の耳があった。この国──アークスでは珍しいが獣人と呼ばれる類いの人種だ。躯の背後、臀部の辺りからは耳の色と同じ銀色の尻尾がふさふさと揺れている。
装いは、ブレスティアに住む人とはかなり様式が異なっている。一番近いのは教会の人間が着ている法衣だろうか。全体的に青色を強調した衣装だ。
その法衣のような衣服の胸元を強烈に押し出しているおっぱいは素晴らしいの一言だ。
そして、おっぱいを除いて一際目を引くのが、腰に帯びている剣で──と、これ以上外観を観察している余裕は無い。
なにせ、獣人の女性が明らかに不機嫌そうな目でこちらを見ているのだから。原因は大凡分かっている。
「…………今、なんて言いました?」
切れ味のある視線で見据えられて俺はゾクリとなった。美人と言うこともあるが、視線に含まれていた圧が凄まじい。
「えっと、気を悪くさせたなら謝る。申し訳なかった」
下手に言い繕うと状況が悪化するのは火を見るより明らか。俺は素直に頭を下げた。
彼女はしばらく俺を睨み付けていると、俺の顔から俺の背中にある槍に目を向けた。
「槍使い……そう。あなたが最近噂になってる鼠殺しね」
声色に、嫌悪に加えて侮蔑が混じったのを感じた。
影で囁かれるならともかく、真正面からの嘲るような声色にはさすがに俺も口をへの字に曲げてしまう。
『止めときな相棒』
──グラム?
背中の槍から届く念話には、一切の冗談が含まれていなかった。
『その狐ッ娘。おそらく今の相棒じゃ逆立ちしても勝てねぇくらいに強い。しかも腰に下げてるのは──』
この国で普遍的に広がっている剣とは違い細長くはあったが、刺突用の剣ともまた別で片刃で若干のそりが入っている。長さそのものはかなり大ぶりであったが、とにかく不思議な剣だ。
『とにかく、喧嘩は売るなよ。少なくとも現時点では』
改めてグラムに釘を刺され、これ以上の関わり合いを避けるように「それじゃぁ、俺はこれで」と剣(?)を帯びた女性に断りを入れてその場から離れようとした。
「あら、言い返さないのね」
ところが、そんな俺の背中に銀狐の女性が言葉をぶつけてきた。
「いくらビックラット狩りが好きな臆病者でも、一介の傭兵としてそれなりの気概を見せてほしいものだわ」
そう言って、彼女は吐き捨てるように言うと窓口に向かい、窓口と話を始めてしまった。
──なんだったんでしょうね今の。
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