第百八十九話 解き放たれたモノ
指で突かれただけで意識が飛びそうな疲労感と激痛に苛まれながら、俺はどうにか気絶もせず元の黒槍に戻ったグラムを支えにしながら立っていた。辺り一面には最後の衝突の余波で大量の粉塵が舞い上がっており、視界はゼロに等しい。
「……おいグラム、なんで最後に止めやがった」
最後の最後に響いた大音声で、俺は反射的に斬撃の軌道を変えてしまった。おかげで大蛇腹を纏めて砕きつつも、その奥のリードからは微妙に外れてしまっていた。おそらくではあるが、ギリギリで仕損じたという感覚があった。
「咄嗟というか反射的にというか。……別に相棒も心底に殺してぇって思ってたわけじゃぁないだろ?」
どことなく言葉を濁し気味のグラムに俺は「まぁそうだけど……?」と眉を顰める。大魔刃が顕現していた最中はともかく、今はリードへの殺意や怒りはさほどない。
「別に相棒が徹底的な甘ちゃんじゃねぇのは百も承知だ。けど流石に今回ばかりは色々と後味が悪いんじゃねぇかって。……あ、いや。だとしても必要あれば躊躇わねぇってのは、わかっちゃいるんだが」
先ほどから、いまいちグラムが何を伝えたいのか要領を得ない。そろそろはっきりしてもらわないと、俺も体力と気力が限界だ。今すぐにでも倒れてしまいたいくらいには激しく消耗しきっている。
「あぁ……俺生きてんのか?」
リードの掠れた声が土埃の先から届く。あちらも意識はあるようだ。
「スレイ……お前はどうだ?」
「きはははは……ギリギリ辛うじてってところだぁ」
あの耳に障って仕方がなかったスレイの笑いも、今は力を失っていた。武器もその持ち主も満身創痍なのが音から伝わってくる。
黒槍を杖代わりに歩を進めていくと徐々に舞い上がった粉塵も収まっていき、リードの姿が視界に入っていく。
足音でこちらに気がついたか、リードは目をこちらに向けてから、溜息を漏らした。
「クソッタレ……まさか格下の傭兵に情けを掛けられるたぁな。二級傭兵も形無しだぜ」
辛うじて動ける俺と、立ち上がる余力すらないリード。どちらが勝者であるかを黙って受け入れられる程度にはリードも冷静さを取り戻しているようだ。
「その格下に、本気で来たのはどこのどいつだっての」
「かっ、本当にその通りだ。ああくそ、ますます欲しくなってきちまうじゃねぇか」
「まだ言うかよ……」
俺の言葉に同意しつつ、未練を漏らすリードは地面に倒れ力無く四肢を投げ出していた。指先一本を動かすのも困難であるのは一目瞭然であった。側に転がっている蛇腹剣も罅だらけになり刃先も失われていたが、意志そのものは無事であるらしい。
真横には、深々と竜滅の大魔刃の跡が長く刻まれている。グラムの制止が無ければ、今頃はリードもスレイもこの世から跡形もなく消滅していただろう。
「…………ん?」
リードは左目と鼻から血が流れ出ていることを除けばほぼ無傷に近いが、斬撃の余波で装備や服が破損していたのだが、そこで妙なものが視界に入った。
俺は最初、土埃が入ったのかと思い目を擦ったのだが。
「いやようやく気がつくのかよ。どんだけ鈍いんだよ相棒」
今度こそグラムが呆れ果てた溜息を漏らすが、俺はそれどころでは無かった。
「…………んん?」
疲労のあまりに幻覚が見え始めたのかと頭を振り、瞼をなん度も瞬かせるが、目に入る光景は全く変わりない。
「んんんんん!?」
「さっきからうるせぇな。何やってんだよ黒刃」
「いやだってお前……」
リードが煩わしげにこちらを睨みつけるが、返せる台詞が出てこない。リードの蛇腹剣が意志を持った武器であったことや、この騒動に魔族が関わっている事実を知った時を上回る驚愕が染み込んでいる最中でった。
損壊してボロボロになった服を掻き分けて、リードの胸部が異様に盛り上がっている。仰向けに倒れているというのに、もしかすればキュネイに匹敵するほどの大きな二つの山が、狭苦しい拘束から解放されたかのように激しく自己主張をしていた。
「……あんまりジロジロ見るんじゃねぇ。俺にだって恥じらいくらいはある」
ここでようやくリードも俺の視線が自身のどこに注がれているのかに気がついたのか、ハッとなりつつも体が全く動かない状態であることを再確認し、頬を真っ赤にしながら如何にかして顔を背けるのが精一杯であった。
その反応からして、幻覚や見間違いの類でないことが証明されてしまった。
「随分とご立派なものをお持ちで……じゃなくて」
じわりじわりと現実を認識し始めた俺は、恐る恐るとリードに問いかけた。
「えっと……リードさん。もしかしてあなたはその……『女性』の方でいらっしゃる?」
「丁寧口調でも失礼極まりねぇのは変わらねぇからな。……生まれてこのかた、男を名乗った事は一度たりともねぇよ」
…………………。
………………………。
グラムが咄嗟に止めに入った理由がようやくわかった。
「──って、マジかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!?」
実は伏線はちょっとだけあったんやで




