第百八十八話 竜滅VS咬滅の決着
左手の聖痕からは凄まじい熱が伝わり、光を発し始める。
「ミカゲ、まだ動けるか?」
「問題ありません。──ご武運を」
痛みに顔を引き攣らせながらもミカゲはどうにか立ち上がり、片足を引き摺りながら離れていく。安全な距離になるまで見送り、俺はリードへと向き直った。
「わざわざ待っててくれたのか。随分と優しいな」
「分かるぜ……左目の聖痕が、さっきから熱くなってやがる。ようやく本気になったんだろ?」
鼻から流れ出る血を、リードはもはや拭おうともしない。最高の褒美の開封を、今か今かと待ち受ける子供のような笑みを浮かべていた。
「早く出せよ、邪竜をぶっ殺したってのをさ。もう待ちきれねぇんだよ、こっちは!」
「そんなに見たけりゃ望み通りにしてやるよ。けどな──」
ミカゲのおかげで大事な事を思い出せた。
俺が本気になる理由はいつだって同じだ。
俺が負ければ悲しむ奴らがいる。奪われてしまう人がいる。
故に負けられない。奪わせない。
だから──。
「先に始めたのはテメェだ。こっから先は、正真正銘の待った無し。殺しちまっても恨むなよっ!」
俺は黒槍を正面に構えると、聖痕の熱を更に昂らせる。胸の奥底から溢れ出す激情を更に滾らせ、黒槍の真なる名を解き放つ。
「来い──竜滅の大魔刃ッッッ!!」
聖痕から放たれていた光が穂先に集まり、顕現するのは長大な刃。
黒槍は今この瞬間、漆黒の超大剣と化す。
「いくぜおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
竜滅の大魔刃を掲げ、俺は駆け出す。超大剣から伝わる凄まじい重量が両足に伸し掛かり、一歩ごとに地面を踏み割っていく。
「いいぜいいぜいいぜ! 最っ高じゃねぇか黒刃! ますます欲しくなってきちまうじゃねぇかよぉぉぉぉぉぉっっっ!!」
俺の叫びに応じて、リードの感情も最高潮に達してきていた。盛大に笑い散らかしながら、八本の大蛇腹を一斉に蠢かせ俺に差し向ける。
黒槍のままでは対応できなかったが、
「邪魔ぁぁぁぁぁぁ!」
地響きを立てながら踏みとどまり、竜滅の大魔刃を薙ぎ払う。超大剣による広範囲の斬撃が、迫り来る八本の大蛇腹を纏めて砕く。粉砕されたのは大蛇腹のほんの先端部分であったが、愉悦ばかりを浮かべていたリードの顔がここで初めて引き攣った。
「ちぃぃっ!!」
いよいよ焦りを露わにするリードが蛇腹をさまざまな角度から放つが、広範囲の斬撃で全て迎え撃つ。こうなってしまえば、散発的な攻撃は意味をなさない。大魔刃で全てを吹き飛ばせる。
『っしゃぁ! こうなった相棒に正面から勝てる奴ぁいねぇ! 一気に押し込めぇ!!』
言われるまでもない。竜滅の大魔刃を顕現してからというもの、全身が悲鳴をあげているのだ。おまけに今の薙ぎ払いで塞いだ脇腹の傷も開いた。このまま放っておくと内臓が飛び出しそうである。
いよいよ後僅かで大剣の間合いに入るというところで、焦りを浮かべていたはずのリードが再び口端を釣り上げた。
まだ何かあるのか、と疑問を挟む間もなく強制的に俺の足が止まった。正確に表すのであれば、竜滅の大魔刃が固定されたかのように動かなくなったのだ。
『ぎゃぁぁぁっはっはっはっはっは! させるわけねぇだろ馬鹿がよぉぉぉ!!』
耳障りなスレイの笑い声。背後を振り返れば、竜滅の大魔刃に咬滅せし八岐大蛇の大蛇腹が幾重にも絡みついていた。
『相棒、下だ!』
ハッとなり大魔刃の真下に目を向ければ、大蛇腹は全て地面から生えている。前方に向き直り、リードの方を見れば、背中から伸びている八つの蛇腹の中、七本が地に突き刺さっていた。
「こなくそっ」
「無駄だ! そいつらは全部、この辺りの地中を張り巡らせてある! いくらお前の馬鹿力でも無理があらぁ!」
両腕に力を込めて大魔刃を持ち上げようとするが、地面から伸びる大蛇腹に固定されてびくともしない。一瞬でも焦りの表情を浮かべていたのは、この状況に持ってくるための芝居だ。
「……お前も良くやったぜ。まさか咬滅せし八岐大蛇の七本費やした上に、小細工しなけりゃ押さえ込めねぇとはな。おかげで、最後の一本をどうにか動かすだけで一杯一杯だ」
語るリードの左目から、血涙が流れ出ていた。更には、体が不自然な痙攣を起こしてる。リードもいよいよ限界が近いようだが、顔の半分を真っ赤に染めながらも蛇腹の一本を持ち上げる。
「こいつで終わりだ黒刃っ!!」
勝利を確信したリードが、俺に向けて最後の蛇腹を解き放つ。
──ビシッ。
「…………?」
だが、切先が俺の額に届いたところで蛇腹が動きを止めた。一瞬、リードは何が起こったのか分からないのか呆けた表情を浮かべた。
──ビシッッ!
「なっ!?」
少し遅れて、リードは背中に繋がっている七本の大蛇腹──地面に埋没しているそれらが軋みを上げていることに気が付く。同時に、俺の周辺の地面からも同じく軋みの音が響き渡る。
──ビシビシビシッ!!
俺はリードが勝利を確信ている最中でも絶え間なく大魔刃に力を注ぎ続けていた。蛇腹が俺を貫く手前で止まったのは、大魔刃を抑え込む七本に限界が近づき最後の一本を動かす制御の余裕が失われてしまったから。
そして、それももう限界に達していたようだ。リードは慌てて蛇腹の拘束に意識を傾けるが、どうこうなる段階は超えていた。
『この街に来てから、妙にこんなのばっかりだな』
どことなく、グラムが諦観の念がこもったぼやきを漏らした直後。
「しゃらくせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっ!!」
──ゴッパァァァァァァ!!
あらんかぎりの力を込めて竜滅の大魔刃を持ち上げ、絡みつく大蛇腹を周囲の地盤ごと轟音を立てながら引っこ抜いた。
肉や骨が盛大に悲鳴を上げていたが、野暮な拘束された開放感が大きく上書きする。そのまま大きく一歩を踏み出せば、刃の間合いだ。
「どんなクソ力だよっっ!?」
リードは最後に悪態を吐きながら全ての蛇腹を引き寄せ、自身の周囲に巻きつけて防御の態勢をとる。蛇腹の刃が何重にも重なった網が出来上がるが、その程度で俺を止めることなどできるはずがない。
「おぉおおおおおおらぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!」
『ってやっばっ!? 相棒ちょっとタンマァァァァァッッッッ!!』
休暇に来ていたはずがいつの間にか面倒事に巻き込まれた鬱憤を含むあらゆる感情を腕に乗せて、脳裏にグラムの絶叫を響かせながら竜滅の大魔刃を叩き付けた。
実は地盤ごと引っこ抜くのはこの章を始めた時からずっと描きたかった。