第百八十七話 ガキ大将理論ですが
徐々に対応しきれず、刃が身に掠める場面が増えてくる。せっかく直した傷の上にまた新たな傷が増え始める。これならまだバエルと戦っていた時の方がマシだ。あれは相手が一人だったから良いが、今は大蛇を八頭、同時に相手しているのと同じだ。
俺の腕は二つしか無いし、目も二個しかない。黒槍に至っては一本しかないのだ。どうにか対応するだけで手一杯。グラムの声に従って槍を振るっているだけだというのに、思考が焼けつき鼻血が出てきそうだ。
──ズキンっ!
脇に激痛が走る。直前に槍で受けた蛇腹が軌道を変え、脇腹を抉っていた。偶然なのかリードの意図かは不明だが、ヤバいという事実だけは分かっていた。
「ぬぎっ!?」
続けて来た二本を纏めて弾いたところで、激痛が走り動きが致命的に遅れる。案の定、ここぞという所で複数が束になった大蛇腹が迫る。打ち返す暇が奪われる。俺は覚悟を決めて歯を食いしばる。
ギィィィィィンッ!!
「くぅぅっ!」
「ミカゲッッ!?」
蛇腹の切先が届く間一髪で、俺の目の前にミカゲが割り込む。鞘に収めた刀で大蛇腹の軌道を大きく逸らすが、勢いには抗えず俺を巻き込んで大きく弾き飛ばされた。
「ご……ご無事ですか、ユキナ様」
「悪い、助かった────って、お前っ!?」
急ぎ立ち上がった俺は目を見開いた。倒れたミカゲは苦悶の表情を浮かべながら足を押さえている。指の隙間からは少なくない量の血が流れ出しており、地面を濡らしていた。
「まさか俺を庇って!?」
「いえ……最初にリードの刃を受けた時に──おそらくは自分とユキナ様の間に私を割り込ませない為でしょう。不意を打たれたとはいえ、こうも容易く不覚を取るとは……」
悔しげにミカゲは歯を軋ませる。ミカゲにこうも容易く深傷を負わせたリードの強さを思い知る。
「下手に戦いへ参ずれば足手纏いは確実。せめて一矢報いようと奴の隙を狙っていたのですが──申し訳ありません」
「それを言ったら、今し方助けられた俺はどんな立場なんだよっ!」
脇腹の傷をとりあえずで魔法で塞いでから、俺は迫っていた蛇腹を弾き飛ばす。ミカゲを傷つけられた事への怒り、足の負傷を押してまで庇われた自身への怒りが、痛みを上回っていた。この落とし前をどうしてくれようかと強く睨みつけるが、そこで違和感を覚える。
ミカゲと一緒に吹き飛ばされてから、大蛇腹による攻撃がほとんど来ていない。これまでを考えると、致命的な隙を晒した所で逃す奴ではない。
「ハァ……ハァ……ガッ……グゥゥゥ……」
俺の視線の先では、リードが左手を額に添えながら苦しげに呻いていた。ただただ俺が一方的に攻められていた筈なのに、やけに消耗していた。
顔を上げたリードは変わらずに瞳孔が開いた極まった笑みのままであったが、鼻からは血が流れ出ていた。まだ一撃も俺の攻撃が届いていないにも関わらずだ。
『そりゃそうだ』
どこか、グラムが合点がいった反応をする。
『人間の頭ってのは、二本の腕を扱うのに最適化されてる。だが、今のリードは八本の腕を同時に操ってるようなもんだ。しかも、その腕は蛇のように自在に動いてるとくる。その大量の処理が奴の頭にとんでもない負荷を与えてんだ』
八本の大蛇腹を相手にしている俺だって、鼻血が出そうなくらいに大変であったのだ。実際にそれを操っているリードに代償が無いはずがない。
『よく見りゃぁ、あの八本刃を生やしてから、リードはあの場所から一歩も動いてねぇ。蛇腹の制御に手一杯で、肉体を動かすのに意識が割けねぇんだ』
俺が重量増加を使い過ぎた時の反動を、リードも形は違えど味わっているという事だ。
『つっても、んなこたぁ奴だって承知してるはずだ。相棒ならなんとなくわかると思うが、反動で自滅を待つってのは愚策だぞ』
俺とリードでは反動の質は異なっているし、今のリードがどんな苦しさを味わっているかも不明だ。けれども、確実に分かることもある。
四肢が砕けようが、頭の中身が焼き切れようが、たとえ心臓が止まろうが、胸の奥底にある燃え盛る衝動が体を突き動かす。
──行き着くところまで行くまでは、死んでも止まらない。
残念ながら今の俺ではリードの『強欲』に勝るほどの昂りを持っていない。感触的には、もう少しなんだが。
「ミカゲ、なんか俺がヤル気になりそうな事を言ってくれないか。こんな状況で聞くのもちょっとどうかと思うけど──」
変な頼みをしているのは百も承知だが、ミカゲは俺は『無茶を仕出かす場面にいつも居合わせている。彼女であれば、何かしらの『切っ掛け』を導き出せるのではと、一縷の思いで問いかける。
ミカゲはリードを──その後に俺を交互に見やってオズオズと口を開いた。
「経緯は分かりませんが。奴の狙いはユキナ様に相違ありません。ですが、もし万が一にでもユキナ様が本当にリードのモノになった場合をお考えください」
……そういえば、漠然と『嫌だ』という感情が先行していて、具体的に何がダメだのか考えてなかった。この辺りも、やる気が乗り切らない原因だったかもしれない。
「もしユキナ様がリードのものになったとすれば──」
僅かな躊躇いと嫌悪感を滲ませてから、一間を置いてから口を開いた。
「それはすなわち私やキュネイ、アイナ様もリードのモノになるという事です」
なるほど。いじめっ子やガキ大将がよく持ち出す『お前のものは俺のもの』理論か。
──────………………………………って。
「ふざっっっっけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!」
このまま俺が負ければ、俺だけではない。ミカゲたちもリードに好き勝手されるという事実にようやく行き当たり、俺の怒りが最高潮に達した。
『さっすがはミカゲ! 相棒の勘所をよく把握してやがる! 相棒の単純さ具合に俺はちょっとどうかと思うがなぁ!!』