第百七十九話 狙われているようですが
俺に少し遅れて、他の面子も不良たちを突破してくる。
「ちっ、黒刃が一番乗りか」
リードが舌打ち混じりにぼやき、それを見たミカゲがちょっと誇らしげに笑みを浮かべていた。別に競争をしていたわけでもないのだが、緊張感のない奴らである。あいつらにとって不良などどれほど束になって掛かってきても片手間ほどということなのであろうが。
「遠目から見てたがとんでもねぇ馬鹿力だな。あれで普段の半分だってんだから驚きだ」
「お陰さまで日常生活に支障が出てきそうだよ」
ニキョウの褒めているのか呆れているかの感想に、俺は正直な気持ちで答える。この件が終わったら、キュネイに改めて弱体魔法を良いかもしれない。彼女に掛けてもらうのではなく、自分で施せるように慣れば生活面ではかなり楽になる。
『今後の話は、この局面を切り抜けてから考えな』
その通りだ。
俺は改めてニキョウと、そしてミカゲに眼を向ける。二人は真剣な面持ちで頷くと、ナリンキがいるであろう酒場へ駆け出した。だが、バエルとワイスはすれ違う二人には我関せずと気に求めず、ゆったりとした足取りで酒場入り口の壇上から降りてくる。
残されたジンギンファミリーの構成員と傭兵団の面々は、不良どもの相手をしている。ニキョウらをおって酒場に増員が入らぬよう、かつ俺とリードの邪魔をさせないための防波堤だ。
再び始まった喧騒を背後に、俺はバエルたちに問いかけた。
「いいのか、行かせて。お前らの狙いはニキョウだろ」
ニキョウの役目は、ナリンキの身柄を確保すること。屋内でかつ対人戦においては明らかに俺よりも上だ。加えて万一に備えてミカゲも同行させている。
当初はニキョウをここに連れくるのは俺もアイナも反対であった。
もし奴が倒れたら、そこからジンギンファミリーが瓦解する恐れがあったからだ。だがそのリスクを承知してもニキョウは決して同行を譲らなかった。本来は外様である俺やリードたちに全てを任せきりにしては、自身の沽券に傷がつく、組織のボスとしてはあってはならないことだと。
ファミリーの面々がボスに求めるのは統率力と喧嘩の強さだけではない。根にあるのは心意気だと。いざという時に自らが率先に立ち、矢面に立って皆を率いる漢であることこそが絶対的に必要であるのだと、ニキョウは言う。そこまで言われて断れるほど俺も野暮ではなかったし、アイナも最終的には納得していた。
バエルたちも、ニキョウの狙いがナリンキであることは分かっているはずだが。
「雇い主の意向で優先順位が変わってな。黒刃の首をご所望だ」
予想通りではあったのが、いざ口に出されると嫌な気分になってくる。
「順番が前後するだけだ。テメェらをキッチリ始末した後は、中に行った二人の番だ」
「ナリンキは金だけはあるからな。酒場の中には、奴が雇ったそこそこに腕の立つ者どもが構えている。我らが目の前の仕事を終わらせる程度の時間は稼ぐだろう」
結局のところこちらもあちらも同じだ。俺とリードが目の前の仕事をまっとうしなければ、全てがご破産。責任重大だ。
「黒刃、景気付けに派手なのぶちかまそうぜ」
「そんな宴会の音頭みたいに言うなよ……」
と、リードに言葉を返しつつ、俺は黒槍を逆手に持ち、重量増加で一気に重量を増す。同時に、リードも弓の弦を引き絞るように蛇腹剣を構える。
「「ぜりゃぁぁぁぁっっっ!!」」
申し合わせた訳ではないのに、俺とリードは同時に得物を解き放っていた。重量を増大した黒槍と、伸長する蛇腹の先端が飛翔する。
当然、射出のタイミングが分かれば素人であろうとも回避は簡単だ。手練れ以上の実力者であるバエルらには鼻息混じりで避けられる。
だがそんなものは俺だって百も承知だ。
案の定、二人は左右に分かれて飛び退くが、狙い目は最初からそこではない。
──ドゴンッ!!
黒槍はバエルたちが居た地点のちょうど中間地点。突き刺さった衝撃は派手に地面を巻き上げるほどであり、土埃が舞い上がる。砂煙は着弾地点を逃れたバエルとワイスにも届き、目潰しを防ぐために手で遮る。
──ガギンッ!
粉塵を貫き、一筋の煌めきがバエルを貫く。
「ぬぅぅぅっっ!?」
苦悶の声を発したバエルの目に飛び込んだのは、リードの放った蛇腹の刃。黒槍が舞い上げた土埃の目隠しの中で地面を穿ち、その反動を利用して軌道を修正しバエルを狙ったのだ。
……言葉にしてみたが、明らかに異常である。
最初からそうだったが、剣形態の蛇腹剣から鞭形態に移行してからの長さに辻褄が合わない。剣形態は片手半剣ほどの長さなのだが、そこから分割されて鞭形態になってからが明らかに長すぎる。しかも、反射を利用して軌道を修正するにしても、角度があまりにも急すぎる。
グラムは魔法具的な代物だと説明があったが、それにしたって少々度が過ぎている。
「っしゃぁ、先手もらったぜ!」
蛇腹を巻き戻し拳を握りしめるリードだが、奴の剣は俺が思っていた以上にとんでもない代物なのかもしれない。それこそ俺の黒槍にも匹敵する──。
だが、俺の思考はそこで一旦途切れる。もっと驚くべき代物が目に飛び込んできたからだ。
剣形態に戻った蛇腹剣には、バエルの血が付着していたのだが。
その血が徐々に赤色から変じ、青色になっていったからだ。
リードもその事に気がついたのか、目を大きく見開いた。