第百七十七話 妙案のようですが
最新話を更新するにあたり、【side pig boss】よりも前に当話を差し込む形になりました。ご了承ください
──カルアーネファミリーの縄張りに足を踏み入れる少し前。
俺たちが現時点で取れる選択肢はざっくり分けて二つ。ジンギンファミリーの縄張りに陣取りカルアーネを待ち構えるか。あるいはカルアーネの縄張りに打って出るか。
傭兵団による事前の偵察情報で、カルアーネファミリーの手勢は未だ数が多い。昨日の抗争に出張ってきたのは全体数の六割弱程度だとか。アイナとニキョウの考えでは、街中で一度に動員できる人数との兼ね合いとか諸々らしい。この四割は抗争に参加していなかっただけにほぼ無傷。
対して、ジンギンファミリーはほとんどのものが、頻度の大小はあれど全員が負傷している。怪我が大きく動けないものもおり、総合的な戦力は常時の六割程度。ただ、リードの傭兵団がいることで、戦力的にはほぼ拮抗している。
けれどもこれは、単純に考えての話だ。カルアーネの出方によっては簡単に覆る状況だ。
「残念ながら傭兵団を手札に加えるのは現状では難しいでしょう」
アイナの見解を否定するものはいなかった。
もし仮に、昨晩と同じように抗争の最中に厄獣が出現したら。しかもそれが抗争の只中だけではなく一般人の居住区にまで及んでしまえば、確実に街は大混乱に陥る。ジンギンファミリーとしては決して見過ごせる状況ではなくなる。
警邏組織が日和見を決めているのであれば、街を守るのはジンギンの仕事。住人の避難誘導や纏め役として人数を割かなければならない。
「あの豚野郎は、不利を悟れば確実にそいつをやるぜ。前に国から逃げ出した時も、似たような手口を使いやがったからな」
隣国においてナリンキがどのような行動に出るかを知り得ているからか、リードは苦虫をすりつぶしたような顔になる。
街の混乱に乗じて、カルアーネは一気に攻勢に出る。そうなれば残念ながらジンギンファミリーは総崩れになる。攻勢に出るにしても守りを固めるにしろ、万が一を想定して傭兵団は街全体に散らばる必要がある。故に戦力として計上するのは難しかった。
「ってぇことは、だ。現状はナリンキの豚が優勢ってことかい。おい、どうするよ兄弟」
「俺だって、無い頭必死に捻って考えてんだよ」
アイナとリードの会話を聞いている最中でも、俺なりに考えはしているのだ。
非常に悲しい話ではあるが、この場にいて最も役立たずなのは俺の可能性が非常に高い。
これが厄獣が相手であったり懸賞金がかけられているような悪党であればまだしも、相手の大半は素人だ。傭兵が本気を出し下手に死人を出せば逆にこちらが罰せられる。日和見を決め込んでいる警邏も、嬉々として出張ってくるだろう。仮に抗争に勝ったとしても、お縄についてしまえば本末転倒だ。
以前の俺であれば、手加減云々を考える必要はほぼなかった。相手が人間であろうが厄獣であろうが、我武者羅にぶちのめしていけばよかった。だが、今の俺は昔に比べて格段に成長している。特に膂力に関してはそれが顕著だ。
日常生活を送る場合は制御する事に慣れてきているが、ふとした拍子に力加減を誤ることがある。よからず共に絡まれた時は本当に注意が必要だ。うっかり力を込めすぎると本当に冗談ではすまなくなる。
『これが本当にただの素人相手の喧嘩ならそれでも負けはねぇが、今回のは奥にはヤベェのがいるからな。雑魚に気を揉んでる最中にあいつらが不意をついてきたら、たまったもんじゃねぇ』
グラムが俺の懸念を代弁する。俺以外の誰にも聞こえるわけでも無いが、事実が改めてのし掛かってくる。それだけ重要な点であるからこそ、あえてグラムも指摘したわけだが。
俺が悶々としていると、部屋の扉が開かれた。
「ごめんなさい。ちょっと寝過ぎちゃったかしら」
あくびを噛み殺しながらやってきたのはキュネイだ。仮眠から目覚めてこちらにやってきたようだ。
「おう、医者のねーちゃん。もう起きていいのか? あんたにはうちのもんが本当に世話になったから、まだ休んでてもらってていいんだが」
「平気よ。寝る前に補給もさせてもらったし」
と、俺に向けてウィンクを送ってくる。仕草の可愛らしさにちょっと見惚れつつも、アイナのムッとした顔に鼻の下を伸ばすのは自重した。キュネイの『補給』が何かすぐにわかったのだろう。もっとも、これで下手に歪み合わずに良好な関係を結べているのはキュネイの人徳の賜物だ。
『後でちゃんとフォローしてやりな』
呆れたようなグラムの言葉に内心で同意をしていると、キュネイが俺たちを見渡す。
「随分と話し合いに熱が入ってるわね。もしかして、あまりよろしく無い状況だったりするのかしら?」
「現状では芳しくありませんね」
「攻めるにしても守るにしても、もう一手くらいこちらに優位な点がありゃぁいいんだがなぁ」
アイナが顎に手を添えて思考に耽る一方で、リードは俺の方に挑発的な目線を送ってくる。俺が不良に対して手間取っていることについてだろう。実際にその通りであるし即興での解決策が出てこないので言い返すこともできない。
「ユキナくんもちょっと考え中?」
「どちらかっつーと、俺個人についてだが──」
俺一人で悩んだところで答えが出てこないのだ。誰かに喋れば新たな考えがどこからか生じるかもと、俺は今現在に抱えている問題をキュネイに話した。
一通りを伝えると、キュネイは腕を組みながら考え込む。
「つまりは、思いっきり戦えないのが一番の問題なのよね。力加減に気が向くから、意識が割かれて戦いに集中できない──ってことでいいかしら?」
キュネイの解釈に頷きで返すと、得意げな表情を浮かべながら指をピンと立てた。
「それだったら私が力になれると思うわ。実は前々から試そうとは思ってた事があるの。少しぶっつけ本番になるけど、今日一日くらいなら大丈夫のはずよ」
彼女の口から出てきたのは予想外の『案』であったが、確かに俺が求めているものであった。きっと、キュネイだからこそ思いつく妙案。
これで俺に関する懸念は解消されたと言ってもいい。
あとは──
「どうやら材料は揃ったようですね」
「豚の首まで後一歩程度のあたりまでは、な」
それを聞いたアイナとリードが頷きあう。二人の中で勝ちへの筋道が出来上がったのだろう。
「よぉし、話は纏まったな。なら、いよいよこっちが打って出る番だ。派手な喧嘩になりそうだぜ」
ニキョウが凄みのある笑みを浮かべながら、手のひらと拳を打ちつけた。