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第百七十六話 波を立てる者


 土着であるジンギンファミリーの情報網や傭兵団の人員を使った調査で、ナリンキの周辺調査を行いリードは時期を見計らっていた。厄介なのはやはり、ナリンキが雇い入れた二人の護衛だ。『バエル』『ワイス』という名前以外はほとんどが詳細不明。ただし、恐ろしく腕が立つのは間違いがなかった。


「カルアーネファミリーはジンギンの息が掛かってねえぇ木端(こっぱ)のマフィアを無差別に取り込んだからここまでデカくなったわけだが、使ったのはなにも金だけじゃねぇ」


 ナリンキのやり口が気に入らず、強く反発するファミリーも少なくはなかった。だが、その全てが余さずに平伏させられた。金に任せた人員の増大だけではなく、やはりバエルとワイスの存在が大きかった。


「とりあえず、適当なマフィアを上手い具合に(そそのか)して、カルアーネにぶつけてみた。その様子を遠目から偵察してみたんだが、ありゃぁ酷いもんだったぜ」

「いやお前も十分に酷いよ」


 リードはさらっと言ってのけたが、手法がなかなかにえげつない。マフィアを当て馬にして、カルアーネファミリー──ひいてはバエルとワイスの実力を測ったのだ。


「どうせ放っておいたところで、遅かれ早かれカルアーネに取り込まれてたんだ。だったら、カルアーネの戦力増強を削ぎつつ、こっちは敵情視察もできる。一石二鳥だ」


 物申したい気持ちはあれど、理には適っているので、俺はこれ以上口を挟めなかった。


 敵対したマフィアとカルアーネファミリーの抗争は、もはや抗争とも呼べない一方的な展開だった。勢力を伸ばしているカルアーネとの敵対を選んだことから、そのマフィアも腕っぷしには自信があったのだろう。リードの目から見ても、中々に喧嘩なれした者がいたという。


 「けど、バエルとワイスのやつらにゃほとんど歯が立たなかった。遠目からだったが、明らかに片手間でマフィアどもを血祭りにあげやがった。ありゃぁ、もはや街の喧嘩屋じゃぁどうこうできるレベルを遥かに超えてらぁ」


 単に腕利きで済ませられるレベルではない護衛が側に控えている。さしものリードも迂闊に手出しはできず、策を講じなければならなかった。


 そうしてしばらくは情報を集めつつ手立てを考えていたところ、呑気に観光旅行でユーバレストを訪れたのが、俺たちであったわけだ。


「そこから先はオタクらの知っての通りなんだが……ここまでとんとん拍子に展開が進むとは流石に思いもしなかったぜ」

「こっちはいい迷惑だったけどな!」  


 後の祭りは百も承知だが、文句を叫んでも罰は当たらないだろうさ。


 ここまでが経緯の説明だったのだろう。


 一息をついたリードは、にやけた(つら)を控えると、今までにない真剣な目で俺とアイナを見据える。


「割れる腹はこれで以上だ。俺に協力しろ黒刃」


 威圧を発しながら、リードが俺に命じるように言った。


「今の手持ちじゃ、悔しいがナリンキまで手が届かねぇ。だが、お前らがいりゃぁ話は別だ。今度こそあの豚野郎の首に縄を付けられる」


 もし断れば剣を抜かんばかりの迫力であり、キュネイ口説いていた時の安い雰囲気は欠片も無かった。それだけ本気なのだとヒシヒシと伝わってくる。


 横目でアイナを見ると、リードの威圧を浴びながらも嫋やかな笑みを浮かべ、無言で俺を見返すだけだ。俺の出すであろう答えを既に知っており、また全幅の信頼を寄せているとわかってしまった。


 俺は一度だけ天井を仰ぎ、大きく深呼吸をしてから口をひらく。


「──タダ働きはしねぇからな」


 俺の短い一言に、リードはニヤリと笑う。


「もちろんだ。分前は弾むし、なんならナリンキの肥えに肥えた腹に貯め込んだ分もちょっとくらいちょろまかしてもバレねぇだろうよ」


 一級に上がれないのは素行の悪さが大きな原因らしいが、実に頷ける。仕留めた厄獣の悪さもあるが、他にも色々とズルをしていそうだ。


「恩に切るぜ兄弟」

「だから兄弟じゃねぇよ。つか、兄貴はどっちだよ。……昨晩の騒ぎが派手になっちまったのは俺たちにも原因の一端がある。その辺りは流石に無視できねぇよ」


 普段の俺なら「面倒はごめん」だともう少し渋る所ではあるが、今回は少しばかり事情が異なった。昨晩に見せられたカルアーネファミリーのやり口がどうにも引っかかる。きっと同じことをアイナも感じているはずだ。


 それに、ここでニキョウとジンギンファミリーを見捨てるのは後味が悪すぎる。知り合って一日も経っていないが、気のいい奴らには違いない。兄弟と呼ばれるのはまだ慣れないが、悪い気がしないのも事実であった。


『補足させてもらえば、相棒たちが無理に街を出たら、ナリンキがどんな手段に出るか話からねぇぞ』


 ジンギンファミリーの力を借りればユーバレスト脱出は可能。そのまま王都に戻り、傭兵組合に赴けば、揃っているんは二級のミカゲに加え、組合上層部にも覚えが良いユキナ。何よりも元王族のアイナがいる。確実に陳情は組合から王城にも届くだろう。


 けれども、既にナリンキにユキナ一行(こちら)の素性は割れているとみて間違いない。ユーバレストを脱した一行がどのような行動に出るか、奴らが予想もできるはず。


 そうなった時に、ナリンキがどれほどのことをするか分からない。もしかすれば、昨日は広間だけに止まっていた厄獣の出現が、街全域に起こる可能性が出てくる。


 そんなのを聞かされたら、なおさらに引き下がるわけにはいかないじゃねぇか、畜生。どう足掻いてもナリンキを抑える以外、被害を抑える手段がない。


『アイナはその辺りも加味して分かってるだろうけど……しかし、相棒ってばやっぱり持ってる(・・・・)よなぁ』


 グラムがしみじみと呟く。


『相棒がユーバレストに来た途端、膠着した事態が一気に加速しやがった。ナリンキがニキョウに宣戦布告したのって、もしかしたら相棒が街でカルアーネの下っ端どもとやり合った影響かもよ』


 俺が悪いと言わんばかりだな。まるで人を歩く災厄呼ばわりだ。


『違ぇよ。ユキナって存在は、確かに平時でありゃぁ波風を立てずの穏やかなもんだろうさ。けど、一度渦中に身を置けば、波を更に強大に激しいものへと変じさせ、いつしか大渦の中心部に至ってる。まったく、相棒と一緒にいると飽きねぇわな!』


 グラムの明るい声色に、残念ながら俺はどう答えれば良いのか分からなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱりユキナは英雄の器だな。 [一言] 次回も楽しみに待ってます!
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