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第十六話 お茶をするようですが


 その日もビックラット狩りが終わると、まだまだ日が高く昇っていた。グラムのアドバイスのおかげで、仕事にかける時間が減ってきたのだ。


 今日はこれ以上稼ぐつもりはなく、夜までは適当に過ごすつもりだ。


 そして、どうせだから俺は『彼女』に会いに行くことにした。


「相棒も一途だねぇ。まだ目標金額には届いてないんだろ?」

「だからちょっと差し入れを持ってくだけだ。少しくらい好感度を稼いでも罰は当たらねぇだろ?」

「下心をさっぱり認めるのは逆に清々しいなおい」


 俺は表通りの露店で菓子を購入すると、路地裏へと足を踏み入れた。


 向かうのは、前に訪れた娼婦宿ではない。


 色街から少し離れた場所。俺が足を運んだのは、路地裏通りの片隅にある診療所だ。


「あらユキナ君、いらっしゃい。今日はどうしたの?」


 入り口をノックすると、扉を開いて出迎えたのはキュネイだった。


「今日のお勤めが終わったんで遊びに来たぜ」

「そう、丁度良かったわ。こっちも一区切り付いたところなの」


 キュネイを〝買う〟と決意をしたその日、場所を教えてくれたのだ。彼女は娼婦だけではなく、昼間は路地裏にあるこの診療所で医者を営んでいた。


「はい差し入れ」

「わざわざどうもありがとう」


 俺は抱えていた菓子袋を渡すと、キュネイははにかんだ。


 今の彼女は娼婦宿で見たときのような扇情的な衣服ではない。相変わらず躯の線が良く出ている服だったが、娼婦姿の時ほどではない。その上からゆったりとしたローブを羽織っている。


「どうせなら一緒に食べましょう。今お茶を淹れるわ。中に入って待ってて」


 受け取った菓子袋を抱えて、キュネイが小走りに診療所の奥へと引っ込んだ。俺も後に続き中に入ると、薬品のものと思わしき独特の匂いが鼻に触れた。


 診療所の中は薬品が置かれた棚に作業用の机と簡素なベッドがあるだけで、さほど広くはない。奥の方はキュネイの住居と直結している。


 俺はとりあえずベッドに腰掛けてキュネイを待った。


 しばらくすると、香しい匂いのお茶と俺が差し入れた菓子を載せたトレイを手に、キュネイが戻ってきた。


「はいどうぞ」

「頂きます」


 机の上に置かれた茶碗カップを取り、湯気が立つお茶を口に含んだ。


「美人さんが淹れてくれた茶は美味いな」

「お世辞言ってもなにも出ないわよ」


 クスリと笑うキュネイは、それだけで一枚の絵画のように美しかった。


「────っ」


 菓子に手を伸ばそうとしたところで腕に痛みが走った。


 そこには白い包帯を巻いてあり、血が滲んでいた。


 森でビックラットを探している最中に、飛び出ていた鋭い枝でざっくりとえぐられてしまったのだ。すぐさま消毒して包帯を巻いて止血したのだが、動いているうちに少し傷が開いてしまったらしい。

 

「あら大変。ちょっと失礼するわね」


 この程度は日常茶飯事だし唾でも付けとけば治るだろう、と思っていたところでキュネイが俺の腕を素早く手に取ると、包帯を取り除き傷口に向けて手をかざした。


治療ヒーリング


 キュネイの手から光が溢れ出すと、俺の腕にあった傷口に吸い込まれていき、裂け目が塞がれていく。


 瞬く間に俺の腕は綺麗に塞がった。


 キュネイは医者であると同時に、回復魔法を得意とする魔法使いでもあったのだ。


「悪いな。お代は払うよ」

「良いのよ。強いて言えば差し入れのお代だとでも思ってちょうだい。ご馳走になってばかりだもの」


 片手間と言わんばかりのキュネイは笑った。


「それにしても、君が普通にこの診療所に来たときは本当に驚いたわ」

「場所を教えてくれたのはキュネイさんじゃねぇか」

「だって、あれだけ決意を固めてた様子なのに、その二日後に平然と来るんだもの。次に会うのは、君が私を買うときだとばかり思っていたから」


 初めてこの診療所を訪れたとき、俺の顔を見たキュネイは目が点になっていたからな。鳩が豆鉄砲を食らったとも表現できる。そのくらいに驚いた様子だった。


「どうせお世話になる相手なんだから、その人の事を知りたいと思うのは自然でしょうよ」


 それに、買う買わないの話以前に、こんな美しい女性と少しでもお近づきになりたいと思うのは男として至極当然だ。


「それとも、あからさまに点数を稼ごうとする男は嫌いですかね?」

「いいえ。むしろ潔いところに好感が持てるわ」


 そりゃぁ重畳だ。


 それから俺たちは菓子と茶を頂きながら会話を楽しんだ。


 世間話から森での狩りでの様子。とにかく他愛も無い話に花を咲かせていく。


 そんな中で俺は少しだけ気になることがあった。


 魔法──人々の間では当然のように認識されている技能だが、その中でキュネイが今使ったような回復魔法は実は使い手が限られている。


 攻撃魔法や補助魔法に関しては、剣士等の前衛に比べれば数は劣るが傭兵ギルドに所属している。だが、回復魔法の使い手に関してはあまりいない。


 回復魔法の習得および修練の技術は、教会の専売特許。市井の者に対してこれらを秘匿しているのだ。回復魔法の使い手=教会に属する『僧侶や司教』というのが一般市民の認識だ。


 無論、教会に赴きお布施を払えば治療して貰えるのだが、そのお布施が結構な額なのだ。よって、傭兵の間では最後の手段と考えられている。


 もちろん、故郷の村にも教会があり、そこを担当していた司教も使える。だが、俺が森でこさえた傷を治療するには多少の時間を要する。それを一瞬で治して見せたキュネイの腕前は少なくとも村の司教以上だ。


 そんな彼女がどうして町医者などしているのか。なぜ娼婦などという裏の仕事をしているのか。


 気にならないと言えば大嘘になる。


 そんなことを考えていると──。


「……君は深く聞かないのね」


 会話の最中に挟み込まれたキュネイの言葉に俺はどきりとした。


「な、なんのことっすかね?」

「腹芸とか苦手でしょ、君。考えてること丸わかりよ」


 意地悪そうに笑うキュネイに俺は溜息をついて降参した。


「……回復魔法を使える人が、何でこんな路地裏の片隅で生活してるのか。そりゃちょっと気になりますがね」


 けど、と俺は付け足した。


それ・・に踏み入るのがマナー違反れいぎしらずであるのは、田舎者であっても分かりますから」


 事情があったとしても、俺とキュネイは知り合ってから一週間程度。それほど深い付き合いではないのに、根掘り葉掘り聞き出そうとするのは筋違いだ。


「ま、キュネイさんが自分から教えてくれるなら聞くけど、そりゃ無理でしょ」

「そうね。そうするには、まだ君も私も互いのことを知らなさすぎるもの」

「だったら待ちますよ。キュネイさんがいつか、打ち明けてくれる日まで」


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