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第百七十三話 そして夜が明けたのですが


 ──ジンギンファミリー対カルアーネファミリーの大喧嘩から明けて翌日の朝。


 酒場の二階に急遽用意された寝床で一夜を明かした俺は、あくびを噛み殺しながら一階の酒場に降りた。


 本来は客を持て成すために設置されていた椅子やテーブルは全て壁際に退けられており、代わりに大量に敷かれた布の上に包帯を巻いた怪我人が並んでいた。


「あらユキナ君、おはよう。ちゃんと眠れた?」


 階段から降りてくる俺の姿に、キュネイが笑みを浮かべながら声をかけてくる。傍にはやはり、包帯の巻かれた怪我人。血の染みが痛々しいが寝入っている顔は落ち着いたものであった。


「……お前、昨日からまだ寝てないだろ」

「あら、分かっちゃう?」

「昨日からずっとだろ? あまり無理はするなよ」


 いつもに比べて微笑みに力がなく、加えて目の下に隈が浮き出ている。彼女の美貌がその程度で損なわれるワケないが、呑気に寝ていた自身が恥ずかしくなってくる。


「難しい顔をしないの。治療で一晩を明かすなんてことは、医者をやっていればままあることよ。自分の限界はちゃんと把握してる。それに、私より先にユキナ君達が外で頑張ったのよ。次は私の番だったってだけよ」


 ──結果だけを先に述べてしまえば、此度のジンギンファミリー対カルアーネファミリーにおける抗争における死者は辛うじて(ゼロ)に収まった。


 だがこれは、一歩間違えれば大量の死傷者が出かねないという薄氷の上であった。


 ワイスが解き放った厄獣によって、抗争の只中であった酒場前の広場は大混乱に陥った。だが、直後に突入したリード配下の傭兵団の活躍。加えて、異変を察知して途中からは酒場から出てきたアイナの存在も大きい。


 詳細を把握せずとも事態の深刻さを察知した彼女は、混乱の只中にある者達に凛とした声を届け、動けるものは負傷者を酒場に運び込むように指示し、時には魔法の援護も絡めながら避難誘導を行った。


 また、戦闘に加わっていたリードに変わって、いつの間にか傭兵団の指揮も行うようになっていた。彼女の声には自然に従ってしまいたくなるような魅力があるのか、気が付けば傭兵団の荒くれ達を手足のように動かしていた。この辺りのカリスマ性はさすがアイナである。多分、この一件でアイナのファンになったやつとかいそうである。


 酒場は臨時の診療所となり、キュネイの指示のもとに負傷者が運び込まれた。ジンギン、カルアーネの区別はなく負傷して動けなくなったものを分け隔てなく治療していった。厄獣が乱入してきた時点で、敵対関係など二の次三の次だ。なにせ、相手はそんなのお構いなしに無差別に襲ってくる相手なのだから。


 リード傭兵団の動きやジンギンファミリーの面々、そしてアイナの指揮やニキョウの鼓舞によって、近隣住人の避難誘導は無事に進行。広場近くの民家や店舗が破壊されることはあったが、それ以上の被害はなし。


 厄獣によって重傷を負うものはいても、キュネイの懸命な治療により死傷者は出なかった。彼女だけではなく、ジンギンファミリーが懇意にしている医者も真夜中だが叩き起こされ、総出にあたったからこそというのもある。


 ただ、厄獣による被害者はジンギンファミリーの構成員よりも、圧倒的にカルアーネファミリーの不良達の方が圧倒的に多かった。もとより人数差があったにしてもかなりの数だ。不良達が厄獣の出現について何も聞かされておらず、混乱も一際大きかったのが理由だろう。


「おう、キュネイちゃん。お疲れさん」


 目を向ければ、あくびをしながらこちらにやってくるリードの姿だ。あちらも最後まで厄獣を相手に大暴れしていた。最後は倒れるように寝てたな。


 キュネイも挨拶を返そうとしたようだが、そこですこすむっとした顔になった。


「ちょっと、腕に怪我があるじゃないの。ダメよ、ちゃんと昨日の時点で言ってくれなきゃ」


 確かに、よくよく見るとリードの腕に擦り傷があった。深くはないが結構広い範囲で擦れており、血は固まっているが少し痛々しい。


「あ? こんなの唾でもつけとけば──」

「いいから来なさい」

「あ、ああ。わかりました」


 有無を言わさずの迫力に、リードが気圧されて従う。


 医者として思うところがあるんだろうが、だとしてもキュネイの様子に少しばかり違和感を覚える。


 差し出されたリードの腕にキュネイは回復魔法をかけると、傷が塞がれていく。


「まったくもう。傭兵が荒如なのは重々承知してるけれど、もう少し自分を労わってあげなきゃ。傷が残ったら大変よ?」

「ふへへへへ……キュネイちゃんが治療してくれるなら、今度から気をつけるよ」


 リードも最初は面倒くさがっていたはずが、キュネイから直に治療を受けていることにだらしない笑みを浮かべている。俺の場合は簡単な傷は自分で治せるのだが、もしかしたらあえて放置しておくべきなのか。いや、わざと傷を残していたらキュネイに心配をかける。


『相棒も寝起きでまだ頭が働いてねぇな。変な方に思考がいってるぞ』


 グラムのツッコミに、俺はハッとなった。確かにまだ頭の奥がズシリと重い。完全に意識が覚醒していないのか。


 そうこうしているうちに治療が終わったようで、リードは非常にご機嫌だ。ただ一方で、疲労が濃くなってきたのか、キュネイは目を伏せながら深く息を吐いた。


「ふぅぅぅぅ、流石にちょっと疲れたわ。ユキナ君、ちょっと来て」

「どうしたんだキュネ──ッ!?」

「ん────」


 言葉を最後まで紡ぐ前に、口がキュネイの唇に塞がれた。


 本当にいきなりである。しかも、先端だけではなく深く密着させる濃厚なやつ。


 目を開いたまま驚く俺だが、キュネイは目を瞑り俺の口を存分に堪能している。間近だからか、キュネイの目元にあった隈が見るからに薄れていき、顔全体の血色もよくなっていくのが見える。俺の精力を取り込んで回復しているのだ


 後頭部と背中に手を回されて顔は動かせないが視線だけどうにか横に向けると、俺とキュネイの口付け(キス)を見て、リードがポカンと口を開いていた。そりゃぁ、目の前でいきなり濃厚な接吻(こんなの)をされりゃぁ言葉も失うだろうさ。


「────あぁぁ、堪能した」


 唇を離すと、キュネイは気分爽快とばかりに明るい声を発していた。仕事終わりのおっさんが酒を一気に飲み干した時のようだ。やはり、相当に消耗していたのだろう。


「ありがとうねユキナ君、おかげで元気になったわ」

「お、おう。そりゃ良かった、うん」


 このくらいならお安い御用ではあるのだが、事情を知らない者にとってはただイチャイチャしていただけにしか見えなかっただろう。


「私はこれでちょっと寝させてもらうわね。もし患者さんに異変があったりしたら、容赦無く叩き起こしてもらって結構だから」


 体力だけでなく気力も充実したのか、まだちょっと惚けている俺とちょっとどころではなく呆然としたリードを他所に、軽い足取りで二階へと階段を登っていくのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] キュナイにでれでれしてた相手の前で理由があるとはいえユキナと熱いの交わすとこ、ユキナの女って感じが強くてイイ
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