第百七十二話 レアなのですが
無造作に振るわれた手から、礫のようなものが大量に宙へとばら撒かれる。それらは俺とリードの目の前。未だに殴り合いをしている抗争の只中へと降り注いだ。
ガラスの破砕に似た音が至る所から発せられると、次の瞬間には礫が降った地面に光を放つ魔法陣が出現。光が収まる頃には無数の化け物──厄獣が出現していた。
「こいつはっ──!?」
この手口、少しだけ見えた魔法陣に俺は強い既視感を覚えていた。
厄獣らが立ち塞がる向こう側で、ワイスはすでに先へと進んでいたバエルやナリンキの後を追ってこの場を去っていく。
今すぐにでもバエルやナリンキに追いつき、胸ぐらを掴んで問いただしたい気持ちがあったが、それよりも早くに厄獣が俺たちに襲いかかってきた。
「雑魚がっ!」
「邪魔ぁっ!!」
俺とリードが各々の得物を振るって、厄獣を振り払う。
「おらおら退け退けぇ!」
が、リードはそのまま果敢に──というか猛進気味に突っ込むと、厄獣たちに向けて刃毀れだらけの剣を滅多に振るう。
『イメージ通りっつーか見た目のまんまっつーか』
俺の気持ちをグラムが代弁したが、ああして暴れているリードは不思議とサマになっている。見ていて危なっかしさはなく、心強ささえあった。
抗争の場となった酒場前の広場の至る所から獣の咆哮が響いてきており、先ほどまで発せられていた人間の怒号の中にあからさまな悲鳴が混ざり始めていた。
「ぎゃぁぁぁぁぁっっっ!!」
俺の視界の端に、厄獣に襲われている不良が映る。腕から血を流し、腰を抜かしているのか尻餅をついたまま動けない。そんな彼に厄獣は牙を剥き、トドメを刺そうと迫っていた。
黒槍では威力があり過ぎて貫通し、奥の誰かしらに当たる可能性がある。咄嗟に判断した俺は腰から鉈を引き抜き投げ放った。
回転しながら飛ぶ鉈はちょうど厄獣の頭部に横から食い込み、刃が半ばまで埋没。そのまま絶命すると、へたり込んでいた不良の上に覆い被さるように倒れる。仕留めることはできたが、厄獣の迫力に精神が耐えきれなかったようで不良はそのまま泡を吹いて気絶した。街の人間をイビっている程度の不良であれば仕方ないことか。
『他人を気遣うのもいいが、まずは我が身が第一だぞ相棒!』
正面を見れば俺よりも一回り以上はでかい厄獣が今まさに飛び掛からんとする光景であった。俺はグッと両足を踏ん張り、重量増加を掛けた黒槍で吹き飛ばそうと身構えるが。
──ギャリンッッッ!
耳障りな音が聞こえたのと同時に、厄獣の体に何かが巻き付き動きが止まる。よくよく見ればそれは、複数の小さな刃が紐で連結された鞭のようなものであることがわかった。視界を巡らせれば、刃の線が伸びる先はリードが持つ剣の柄に繋がっている。
「ぼさっとしてんじゃねぇぞ!」
リードが叫びながら剣の柄を勢いよく引くと、厄獣に絡みついていた線が滑り、連なる刃が肉を引き裂く。紐で繋がれた刃は厄獣から離れると、勢いよくリードの手元に巻き取られて合体。血を払うように振るわれた時には、俺が最初に見た刃毀れだらけの剣へと形を変えていた。
『蛇腹剣か。よくもまぁあんな物好きの極みみてぇな武器を使いやがるな』
刃毀れに見えていた刀身の欠けは、小さな刃がいくつも連なった形状故だったということだ。
厄獣の全身から血を吹き出しながら倒れると、肉と血が無造作に地面にぶつかる嫌な音が耳に届いた。見れば、厄獣の姿はどうにか原型を留めつつも、無惨なズタズタ状態になっている。
『蹂躙のリード』の二つ名がどうしてつけられたか非常によくわかる惨状だ。これではこの厄獣の素材は売り物にならないだろう。
別に手助けが必要な場面ではなかったが、助けられたのは事実。だが素直に感謝できないのは、リードのやつがちょっと偉そうに踏ん反りかえってるからだ。実力、実績、階級のどれもリードが上なのは分かりきっているが。
「せいやぁっっ!!」
ムッとなった俺は、黒槍を逆手に持つと地面を力強く踏みしめながらリードに向けて投擲。目を見開くリードであったが、投射された槍はその真横を直進し、あいつに背後から迫っていた厄獣を撃ち抜いた。
「かはは、やるじゃねぇか黒刃!」
「そっちもな!」
崩れ落ちる厄獣を尻目に、リードが少し驚いた顔を浮かべたがすぐに不敵な笑みを浮かべる。俺も黒槍を呼び出しながら、笑みを返してやる。俺の中でちょっと珍しいくらいの対抗意識が芽生えていた。
と、そこでリードは徐に蛇腹剣を持つ側は反対の腕を振り上げる。握られているのは。
『ありゃぁ合図用の魔法具だな』
俺も常に懐に忍ばせている魔法具を、リードが地面に叩きつける。大きな破裂音と共に狼煙が夜の上空へと舞い上がった。
「野郎ども! 仕事の時間だっっ!!」
「「「おぉおおおおおっっっ!!」」」
リードが声を張り上げると、広場に続く細い路地から武装した者たちが雪崩れ込む。リードの下についている傭兵団の面々だ。それらは武器を振り翳し、広場で暴れている厄獣たちに向かっていった。
あいつら、一体いままでどこに──という疑問はあったが、それどころではないのは重々承知している。まずは厄獣を掃討するのが先決だ。
「いくぞ黒刃。これ以上、厄獣を相手に素人に怪我させるのはよろしくねぇ」
「わかってるよ。けど、後で諸々のことは聞かせてもらうからな」
俺が軽く睨むと、リードは剣を肩に置きながら不敵に笑った。