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百七十一話 まだいたようですが


 バエルも突如として現れたリードに気がつくが、その時にはすでにリードはナリンキの目と鼻の先に着地していた。


『あの野郎、大金星を狙ってやがったな!?』


 抗争にはあえて加わらず、今の今まで息を潜めていたのだ。俺に面倒な相手(バエル)の気を引かせ、その隙にナリンキを狙う算段だったというわけだ。目論見は見事に的中し、無防備なナリンキとリードの間には、申し訳程度に残っている不良が数人程度だ。しかも、殆ど前触れなくいきなり現れた奴の姿に、ナリンキも不良どもも狼狽え驚くだけで全く対応できていない。


「面倒な──」

「おっと、悪いがバエル(おたく)の遊び相手はこっちな!」


 ナリンキに体を向けようとするバエルに、俺は槍を叩きつける。もちろん回避はされるが、目的はバエルの意識を改めてこちらに引き付けること。


 リードの描いた(さく)に加わるのは少しばかり癪だが、形はどうあれこの抗争がさっさと終わってくれるのであれば誰がナリンキを仕留めようが構わない。とりあえず(ナリンキ)が酷い目にあってくれれば、個人的な溜飲も下がる程度しかないし。


『相棒は本当に、身内が絡まないとその辺り合理的(ドライ)だよな』


 正直なところ、バエルに一対一で勝てる自信は今のところ無いが、リードがナリンキを制圧するまでの時間稼ぎ程度であれば俺の実力でもどうにかなるはずだ。


 ──ガギンッ!  


『避けろ相棒!』 

「は────どぁぁっ!?」


 金属音がしたかと思えば、直後にグラムの声。反射的にバエルから視線を外し音がした方──ナリンキの方を見れば、目前にはリードの背中が迫っていた。避ける間なんてあるはずもなく、驚愕する余裕すらなく激突。リードに巻き込まれる形で俺も派手に転ばされる。


 二人でまとめてもみくちゃになり、上下が不明瞭になる。


 ──ムニッ……。


「うひぃっ!?」


 身体が止まったと認識できたところで、手をついて立ちあがろうとするが、硬い地面に触れるよりも早くに、手の平がとても柔らかいモノに触れた。


 どことなく覚えのある(・・・・・)感触に、俺は無意識に手を動かしていた。


「いい加減にさっさと退きやがれ!」

「ぐはっ!?」


 頬に衝撃と痛みが突き刺さり、俺の体がまたしても吹き飛ぶ。痛む部分を押さえながら顔を向けると、上体を起こしたリードが犬歯を剥き出しにしてこちらを睨んでいた。


「人様を囮にした上に巻き込んでおきながら、随分な態度じゃねぇかおい……いててて」

「あの程度を避けられねぇお前が雑魚なだけだろうが!」

「あんだとっ!」


 売り買いに買い言葉で互いに怒声をぶつけ合うが、地面を踏む音に俺たちの意識がそちらへ注がれる。


「傑作だなバエル。あんなクソガキに程度に手間を掛けるなんてな」

「油断をするなワイス。そうして足元を掬われた者がいることを忘れるな」


 リードが飛んできた方角──つまりはナリンキの前にはバエルと、その隣にはバエル(それ)と同等の存在感を放つ人影が佇んでいた。


 痩身のバエルに比べてこちらはラフをしているが格好をしており、筋肉質で野生的な印象だ。リードを俺の方に飛ばしてきたのは間違いなくあいつだ。


「どこに潜んでたんだよ……」

「魔法で(ナリンキ)の側に隠れ潜んでやがった。舐めた真似しやがって」


 苛立たしげに歯噛みするリード。俺を囮にする策がハマったところ、あと一歩というところで邪魔をされたのだ。気持ちは流石にお察しするが、人を囮にしたのだからそこはきっちりキメて欲しかったとも思う。


 そこでふと、リードの持っていた武器が目に入る。


 一言で言い表すと、刃毀れのある剣だ。諸刃の至る所に『欠け』が生じており、腕利きの傭兵が持つには不釣り合いに思える。だが、見ていると不思議な感覚が込み上げてくる。


『バエルってやつの気配を隠してたのも、あの野郎の仕業だ。ああ見えて、魔法の練達かもしれねぇぞ』


 グラムの声に、思考を切って視線を正面に立つナリンキの護衛に戻す。


「おいリード。二級のお前でも手を焼いてる奴らがいるって話だが」

「そうさ。あいつらがナリンキの懐刀だ。結局は金で雇われてるだけだがなぁ。ったくどんな伝手であんなヤベェのを引っ張ってくるんだか」


 尊大な態度が目立つリードだからこそ、そんな人間が『ヤバい』と称していることが、あの二人(バエルとワイス)がどれほどに危険であるかを表していた。いつものように勢い任せ、力任せでどうにかなる相手ではない。ミカゲをニキョウの護衛に回していたのが裏目に出たか。


 胸の内に緊張が高まっていく中で、バエルが口を開いた。


「引くぞワイス」

「はぁ? ガキ二人にビビったのかバエル。慎重派にしたってビビりすぎだろうが」

「そういうお前にはジンギンファミリーの親玉を任せていたはずだが?」


 バエルの放った一言に、俺の喉奥が引くついた。まさか、こいつらも俺と同じことを考えていたのか。


「……ちっ。頃合いを見て潰しに行こうとしたが、銀髪の狐女(きつねおんな)ががっちり周囲(まわり)を固めてやがった。あれじゃぁ下手に近づいたところで勘づかれて手間が増える」

「手をこまねいているうちにナリンキが狙われたというわけか。狐女はあそこにいる黒刃の配下だ。『蹂躙』が出てくるところまでは私たちも読んでいたが、『黒刃』まで紛れるのは想定外だ。これ以上の埒外は命取りになる」


 もはやこの場で争うつもりも無くなったのか、バエルが踵を返す。


「バエル、テメェ! 何を勝手に──」

「すでに大勢はジンギン(あちら)に傾いている。この場の抗争はカルアーネ(こちら)の負けだ。それが理解できぬほどに、私たちの雇い主は愚鈍ではなかったはずだ」


 ナリンキは護衛(バエル)の身勝手な行動に憤りを見せながらも、言い分には納得したのだろう。苛立ちを脂肪たっぷりの腹の奥に押し込めると、「ぶふぅっ」と鼻を鳴らす。


「いいだろう。確かにこの喧嘩は俺の負けだ。だが、せめて置き土産は残しておけ」


 サッと手を挙げ周囲に合図を促すと、ナリンキは俺たちに背を向ける。このまま立ち去ろうというつもりなのだろうが。


「逃すと思ってんのか、この豚野郎っ!!」


 リードが吠えて駆け出そうとし、奇しくも時を同じく俺も槍を投げ飛ばす態勢になっていた。直接当てると確実に殺しそうだが、地面に当てて足を止めるならできるだろう。


「ワイス」 

「……わぁったよ、クソがっ」


 相方の動きに、ワイスは吐き捨てながら指をパチンと鳴らす。途端、体勢を崩すほどの強烈な風に煽られ、俺とリードは出鼻を挫かれる。倒れそうになるのを踏みとどまるのが精一杯であり、その様を見て何か面白かったのか、バエルは口角を釣り上げながら懐に手をいれた。

 

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[一言] おや、リードさん?おや?おやおやおやおやおや?
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