第百六十八話 編集に脅されたので頑張って続きを書きます()
「てめぇら、ここが誰のシマか分かってんのか!」
「ただの古いマフィアがイキッてんじゃねぇぞ!?」
外に出てみれば、一触即発といった空気であった。
ニキョウの命令で既に店の入り口にはジンギンファミリーの面々が固めている。その正面には、統一感のない雑多な連中が息を巻いている。おそらくアレがカルアーネファミリー……正確にはその参加にいる小悪党どもだろう。
「あ、ボス!」
ニキョウの姿を確認した一人が声を発すると、他の面子も彼の存在に気が付く。一糸乱れぬ動きで彼に道を空けると、礼を弁える様に頭を下げる。
「おう。まだ手は出してねぇみてぇだな」
「ボスのお通りだ! 道を開けろ!!」
満足げに頷くと、開いた道を悠々と歩いて行くニキョウ。気前よく大酒を飲んで馬鹿笑いしていた男とは思えないほど威厳に満ちている。そして馬鹿騒ぎをしていたとは思えないほど、ファミリーの者たちも統率が取れていた。
ジンギンファミリーが単なる無法者の集まりでは無いと、見るだけでも理解させられるような一幕であった。
対してカルアーネファミリーの人員は、統一感がない不成者の集まりといった印象だ。不良に毛が生えた程度であろうが、数に限れば明らかにジンギン側が劣っている。その人数差にすでに勝ち気でいるのが見て取れた。
加えて、だ。
「ユキナ様、奴らの中に手慣れた者どもがいるようです」
「ああ、俺でも分かる。明らかに顔つきがちげぇからな」
やってきたミカゲの囁きに、俺は頷く。
人数差で浮かれている木端どもとは別に、静かにこちら側を見据えている奴らがいる。不良どもは数合わせで、カルアーネの本命はこいつらだろう。
「ところで、アイナとキュネイはどうした」
「二人とも酒場の中で待機をお願いしました。厄獣との戦闘ならともかく、この手の荒事に二人は向いてないかと」
ミカゲの言わんとするところが飲み込めずに首を傾げる俺に、ニキョウが口を挟む。
「銀閃の姐さんが言う通り。あくまでもこいつは『喧嘩』だ」
よく見ると、敵も味方も、手に武器の類はあるが刃物は一切なく鈍器が中心。ニキョウ当人も素手だ。
「刃傷沙汰になりゃぁ、いくら静観を決め込んでる衛兵たちも出てこないわけにはいかなくなる。二人も悪いが、背中や腰の得物を使うのは控えてくれ。少なくとも、奴らが出すまでは」
変な話だが、『殺し合い』であればキュネイの投げナイフやアイナの魔法は大いに活躍するが、人間同士の殴り合いでは明らかに過剰威力になる。理屈は分かるが。
「喧嘩……の範疇なのかこれは」
「ああ。『奴』が売って『俺』が買った立派な大喧嘩だ」
ニキョウが顎でカルアーネ勢を示す。目を向けると、集っていた人垣がちょうど二手に割れるところであった。間を通って姿を現したのは、覚えのある姿。
俺たちがニキョウに対面する前に、特別待遇から出てきた男だ。
「あれがカルアーネファミリーのボス。ナリンキ・カルアーネだ」
「……おたくと違って武闘派にゃ見えねぇな」
正面から改めて見ると、贅肉に手足が付いたと言わんばかりの体躯だ。着ている服や装飾にも金が掛かっていそうだが、あの体を作るのにもやはり金が必要であるだろう。贅沢な食生活には少しだけ憧れるが、贅沢すぎるのも考えものだとある種の反面教師に思えた。
「おう、カルアーネの豚親分。随分とお早いじゃねぇか。もうちょっと時間が経ってからだと思ってたんだぜ」
「その減らず口が無ければ、こちらとしてもあと三日四日は寿命を延ばしてやろうと思っていたんだがなぁ」
ナリンキは贅肉たっぷりの顎を撫でながら、忌々しげにニキョウを睨みつける。ノリは軽いがこの時点でバチバチに殺気混じりの視線がぶつかり合っていた。
『いや、それよりも相棒』
分かってる。俺も今の短い会話で気がついた。
「おい、ニキョウ」
「どうした兄弟」
「だから兄弟ってなんなのさ……俺たちがくる前にカルアーネが来てたのって」
「ん? ああ、あれか」
ニキョウは腕組みをするとふんすと鼻を鳴らし、ナリンキを見据える。
「あそこにいる豚が、傘下に入れだの最後通告だのとフゴフゴとのたまってきやがってな。人様の言葉を立派に喋れるようになってから出直してきなって追い返した」
「全力で喧嘩を売ってやがる!? そりゃ即日に攻めてくるわけだよ! 呑気に飲み会やってる場合じゃねぇだろそれ!」
俺が声を荒げると、わっはっはと愉快げに笑うニキョウ。
「安心しろぃ。うちの奴らは二日酔い三日酔いの最中でも、他所から来た木端悪党共に遅れをとるほど柔な根性はしてねぇ」
「そういう問題か?」
「俺たちにとっちゃぁそういう問題さ」
ニキョウの常識と俺の常識には理解し難い差異があるようだ。
『相棒の常識も、世間一般からすればなかなかに疑わしいもんだがな』
槍に説かれる日常も、いささか世間様の常識からは外れているのは間違いないな。
ニキョウに鋭い視線を向けていたナリンキであったが、ふと俺の方に目を向けると口端を釣り上げる。
「ところでジンギンの。テメェの隣にいるニイちゃんに、うちの若いもんが随分と世話になったらしい。そいつと取り巻きの可愛い子を差し出せば──」
「よし、あの豚はぶっ殺して肉問屋に引き渡そうぜ」
ナリンキのふざけた提案に、俺は俄然やる気が出てきてしまった。手のひらに拳を叩きつける音を響かせながら、提案する。ジンギンファミリーの親分は僅かにきょとんとなるが、すぐに獰猛な笑みを浮かべる。
「おう。脂身が多すぎて二束三文だろうが、その金で改めて宴を開くとするかい」
「この……クソガキどもがぁ……」
俺とニキョウ、二人の存分な挑発を受け、豚は顔を真っ赤にしプゴプゴと鼻息を荒くするのであった。