第百六十七話 防波堤だったようですが
「元は外国で悪さをして目を付けられたしょっぱい悪党だったらしい。つっても、そんなのこの街じゃぁさほど珍しくない。だってんで見逃してたら、最近になって急に羽振りが良くなってな。鳴かず飛ばずの小悪党共に金をばらまき始めて、ジンギンファミリーに並ぶこの街の大勢力になりやがた。今じゃカルアーネに入って気を大きくした奴らが、俺らの目の行き届かねぇ所で好き勝手しやがる」
ニキョウの言う『好き勝手』というのが、俺らが遭遇した詐欺紛いの商売だろう。そんな奴らの商売を偶然にも潰したとあれば、確かに彼にとっては愉快な話だろう。酒も進むはずだ。
それにしてもこの男は飲み過ぎだ。今も新しい酒をグラスに注いでいる。グラムが『ウワバミを超えたザル』と称したのもあながち間違いではない。
『いやでも、これって結構やべぇ事態になってるんじゃねぇか』
今までの話を聞いてグラムが危機感を表していた。
「……あまりよろしくない状況のようですね」
声は聞こえていなかっただろうが、ミカゲもグラムと同じ見解に至っていた。
『ジンギンファミリーってのは、単にこの街で悪党共に睨みをきかせてただけじゃねぇ。ある意味じゃぁ、余所から流れてくる悪党から、この国を最初に守る防波堤の役割をしてたわけ。言ってる意味分かるか?』
そうか。ユーバレストは国境近くにある街。つまり、他国から来る人間の大半はここを訪れる。言い換えれば、この国で活動する上での最初の拠点になる。
『小悪党ならともかく、シャレにならねぇ悪党が来たとしても、これまでは本格的に動き出す前にジンギンファミリーが潰してきた』
けど、そのジンギンファミリーの威光が薄れ始めれば、それまでナリを顰めていた輩が調子を出し始める。もしこれ以上カルアーネファミリーの勢いが増せば、下手をするとユーバレストが悪党の温床になりかねない。
「でもよ、だったらどうしてさっさとカルアーネファミリーってのを潰さないんだ?」
グラムの話を含め、コレまでの会話を聞いていた俺は率直な意見を述べた。
「二大勢力っつっても、結局カルアーネの奴らって烏合の衆だろ。あんたらがコレまでユーバレストの裏社会を纏めてたってのも、単に老舗ってだけじゃないだろうし」
「それは私も同感です。ボスであるニキョウを含め、この場にいる人間はどれも素人よりも遙かに腕っ節のあるものばかりでしょ」
今は酔い潰れているけどな。
大盛り上がりを見せた俺とのアームレスリング勝負。殆ど俺の圧勝ではあったが、それは俺の腕力が異常なだけ(自分で言うとちょっと妙な気分だが)。己の力に自覚ができはじめていた今なら分かるが、俺に勝負を挑んできた奴らは一般人に比べれば力はあっただろう。
俺が言うのもアレだが、腕力の有無は勝負においてかなりの優位性に影響する。それが素人喧嘩であればなおさらだ。
「裏社会の元締めが、いまさら暴力沙汰に尻込みするとは思えないのですが?」
「そりゃぁ、俺も別に今頃綺麗事を並べるつもりはねぇよ。コレまでも目に余る馬鹿をやらかした奴らは潰してきた。現に一度はカルアーネファミリーを潰そうとはした」
「けれども、できなかったと」
「ユーバレストの裏の顔役と呼ばれたジンギンファミリーが情けねぇ話だがな」
ニキョウが苦々しく言葉を吐き、自棄になるように酒を呷る。当人にとってはあまり思い出したくない話のようだ。
ここから先が、俺たちにとって重要な話になる。そんな予感を抱いた時だった。
「大変だボス!」
部屋の扉が破られんばかりの勢いで開かれ、数人の男が飛び込んできた。声と共に顔には明らかに強い焦りが浮かんでいた。
「どうした。いま、客人と飲んで――」
「カルアーネの奴らがカチこんで来やがった!」
「んだとぉっ!?」
手下の報告に、ニキョウは勢いよく立ち上がる。驚きとそれ以上に怒りの形相が浮かび上がっていた。その声量に、飲み潰れていた中でも意識があった者たちが身を起こす。
「今すぐ動ける奴を入り口にかき集めろ! 寝てる奴は水をぶっかけて叩き起こせ! だが、俺が良いと言うまで絶対に手を出すな!」
「りょ、了解!」
ボスの命令に頷いた手下が慌てて動き出す。それらを一瞥したニキョウが、俺たちに目を向けると肩を竦めた。
「悪いが宴はコレで終わりだな。ちょっくら席を外すぜ」
「ちょい待ち、俺たちも一緒に行くぞ」
「これはこの街に済んでる俺たちジンギンファミリーの問題だ。お前さんらには関係ねぇだろ」
「相手がカルアーネってんなら、そう無関係とは言い難いんだよ。既に事情に両足を突っ込んでるようなもんだからな」
外に向かおうとするニキョウに、俺は黒槍を掴んで後に続く。と、その前に。
「ミカゲ。悪いがキュネイとアイナを起こしてきてくれ」
「承知」
頷いてから足早に駆け出すミカゲ。気持ちよく寝ているところで申し訳ないが、何かあったときにあの二人がいると頼りになるからな。
「……怪我してもしらねぇぞ」
「怪我が日常茶飯事の傭兵にいうかね、そんなこと」
「は、そりゃぁたしかに」
俺とニキョウは笑いながら店の入り口へと向かった。