第百六十六話 豚らしいのですが
ニキョウとの勝負は結局引き分け。だが、場の盛り上がり様はおそらく今夜一番だっただろう。そこからはもう飲めや唄えやのどんちゃん騒ぎ。
夜も更け宴もたけなわ……というには些か酷い状況だ。二階にいた大半の者は、男女問わずに飲み潰れているか寝息を立てていた。時折顔を青くしてどこかに消えていく輩もいるが、そっとしておこう。
「最近はしょっぱい話ばかりだったからなぁ。久々に楽しめた。礼を言うぜ」
「そりゃぁどういたしまして」
ちびちびと酒を口に運びながら、ニキョウは酔いの回った顔でぼやいた。おそらくこいつが一番飲んでいる筈なのに、良い感じにほろ酔いしている程度に留まっているのだから凄い。
アイナとキュネイは既にいない。流石に彼女たちも酔いが回ったようで、ニキョウが手下に用意させた来客用の部屋で休んでいる。
ニキョウと一緒にいるのは、俺とミカゲだ。リードはいつの間にか消えていたが、あいつのことは別に良いだろう。
――カンッ。
残っていた酒を一口で飲みきり、ニキョウは空になったコップをテーブルに勢いよく置いた。
「てめぇら、リードからどのくらいの事を聞いてる?」
「ユーバレストの裏社会は、ジンギンファミリーともう一つの勢力があって、俺たちはあんたらじゃない方の勢力に喧嘩を売っちまった――って事ぐらいだ」
「なるほどねぇ。じゃ、そこからもう一歩先の話だ。つってもまぁ、愚痴みてぇなもんだがな」
――ジンギンファミリー。
この街の最古参のマフィアという話であったが、元々は余所から流れてくる不穏勢力からユーバレストを守るために結成された自警団が発祥とされている。
「それがまぁ、いつの間にかユーバレストの裏社会を取り仕切る顔役なんて呼ばれるようになっちまったが、根は変わらねぇ。ジンギンはユーバレストを裏から守る防波堤よ。これまではそれで上手く回ってたわけだ」
「私の故郷にも似たようなものはありますね。もっとも、今では殆どならず者の集まりで、昔気質の類いは殆ど絶滅していますが」
ミカゲがぽつりと口を挟むと、ニキョウはウンウンと頷いた。
ジンギンファミリーが睨みを効かせているからこそ、不逞な輩たちも街で好き勝手はせず、それなりに限度を持って阿漕な商売を行っていた。
「阿漕な商売はさせるのかよ結局」
「どうせ言って聞かせた所で聞きやしないだろうし、潰しても潰しても後から後から沸いて来やがる。だったら、堅気にやべぇ被害が出ない程度に好き勝手やらせた方が、結果的に良いんだよ」
下手に溜め込んでどこか知らないところで噴き出すよりも、目が行き届く範囲で悪さをさせているわけか。理屈はなんとなく分かるし納得もできる。
「けど最近、どうにも調子に乗ってる奴らがいてな。元はチンケな悪さをしてた雑魚どもだが、そいつらが急に徒党を組み始めたんだよ」
小悪党が徒党を組むこと自体は珍しいことではないが、大概は長続きしない。好き勝手にやっていた者たちが仲良しこよしで足並みを揃えることなど不可能だ。ある程度時間を過ぎれば自然に瓦解する。ニキョウもそう考えていたのだが、
「予想に反して、まとまりを見せたということですか」
「ああ。流石にこいつぁ俺も驚いた」
気が付けば、ユーバレストの二大勢力と呼ばれるほどになっていた。数が増え勢力が増したと考えたそのチンケな雑魚どもが、これまで以上のあくどい商売に手を出し始めたのだ。
「で、手下に詳しく調べさせたら、小悪党共のケツを持ってるクソ共がいることが分かった」
「クソ共?」
「『カルアーネファミリー』だ」
はて、どこかで聞いた覚えが。
『リードに連れられてニキョウの親分の所に来たときに出てたな。抗争がどうのこうのとかで』
そういえばそんな事を言っていたな。あの時は適当に聞き流していたが。
「ここ数年の間に余所から流れてきたやつらだ。そこを仕切ってる男がまぁ汚ぇ豚なわけよ。いや、これだと豚に失礼だな」
「豚に失礼って」
カルアーネという名前が出てきてから、ニキョウの表情が険しくなった。よほどに毛嫌いしているのだろう。
「最初に面を合わせたときからまぁ気に食わない豚野郎だったわけだが、商売そのものはギリギリだが許容の範疇だった。それがどっこい、ここに来て雑魚どもを裏で纏めてると来た」
「それだけ、相手が一枚上手であったということですか」
「遺憾ながらその通りだ」
ミカゲの言葉を、ニキョウは苦々しく肯定した。