第百六十四話 宴じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
――ニキョウの爆笑から十分後。
「宴じゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
おぉぉぉぉおおおおおおおっっっっ!!
ニキョウが木杯を掲げると、室内にいたジンギンファミリーの構成員たちが一斉に叫んだ。
気が付けば特別待遇ルームの中は乱痴気騒ぎに成り果てていた。静かで優雅な雰囲気はどこ行ったのやら。いたるところで柄の悪そうな男や色っぽい女が酒を注いだ杯を高らかに持ち上げている。
「おいおい、今日の主賓がそんな冷めててどうする。おめぇも飲め飲め。というか飲まなかったら許さん」
「どういう酒の勧め方してんの!? つかどうしてこうなったのさ!?」
「どうしたもこうしたもあるかぁ! あんな愉快な話を聞かされて飲まずにいられるかってんだ! 責任持ってお前も飲め!」
「だから勧め方! どんな責任の取り方だよ!!」
ニキョウがグイッと酒の入った木杯を突きつけてくる。
十数分前、腹を抱えて笑っていたニキョウは徐に立ち上がると、大声で手下たちに――。
『下の奴ら呼んでこい! 今日は宴だ!』
――と叫んだのだ。そしたらこの始末だ。
「グビグビグビ――ぶはぁ! まさかあの堅物で知られる銀閃を従えてるって聞いてたからどんな真面目野郎かと思ってたが、まさかこんな馬鹿野郎だったとはな。黒刃――いや、ユキナ。会えて嬉しいぜ」
「ねぇ、それって褒めてんの?」
「褒めてる褒めてる。超絶褒めてる」
最初の威厳の満ちた風体は消え去り、完全に酒場に出没する絡み上戸な酔っ払い成り果てていた。
『おそらくこっちの方が素なんだろうよ。マフィアは面子が命。舐められちゃぁ終いだからな』
それにしても落差ありすぎだろ。未だにこの変化に対応できてないよ俺は。
ちなみに、アイナたちは俺とニキョウから少し離れたところに座っている。宴が始まるなりキュネイがアイナを連れて行ったのだ。ミカゲは酔っ払って絡んできそうになる奴らからキュネイとアイナを守っている。
キュネイに目を向けると、彼女はニコリと笑いながら手を振るだけである。こちらに来る様子は一切無い。
――そこはかとなく、見捨てられた感が否めなかった。
「ほれ、お近づきの印に一杯どうよ。つか飲め」
「さっきから命令形! ああもう、分かったよ! 飲めば良いんだろ飲めば!」
あまりにもしつこく勧めてくるので、俺は仕方なしにニキョウから木杯を受け取る。よくよく考えれば、ここは一見さんお断りの高級酒場。出てくる酒もさぞや美味いのだろう。それこそ滅多に飲めたものじゃない。
タダ酒を飲める役得を抱きつつ、俺は木杯の中身をグイッと喉に流し込んだ。
「――――ッッッッ!?」
舌から喉、胃に掛けて〝熱〟が通り抜けた。
「ごほっ、ごほっ! ちょ、これなんだ!? 滅茶苦茶強ぇ酒じゃねぇか!」
思わずむせ返り、拍子に口から零れそうになる酒を手で拭う。美味いことは美味かった。それは確実。けれどもそれ以上に酒精が強烈だった。
「こまけぇ事は気にするなって。がははははは」
豪快に笑いながら酒瓶の中身を木杯に注ぎ、一気に飲み干すニキョウ。それはもう直接飲んだ方が早いのではというほどの飲みっぷりだ。もしかして、俺が今飲まされた奴と同じ奴では?
『そいつ、さっきからその酒を浴びるように飲んでるぜ。ウワバミを超えてザルだな。付き合ってたら酔い潰れるから気をつけな』
宴会ということもあり、さすがに背負ったままでは邪魔なのでグラムは部屋の壁に立て掛けてある。もっとも手元になくともいつでも呼び出せるのでこれといった問題も無かった。
「おい、聞いてんのかユキナ!」
「聞いてねぇよ酔っ払い! いつのまにかすげぇ馴れ馴れしいなあんた!?」
「あんたなんて他人行儀は要らねぇ。ニキョウって呼べ兄弟!」
「好感度何段飛ばして上がってんのこれちょっと!」
「はっはっは! 俺はあんたを気に入った。機会があれば五分五分で兄弟の杯を交わしてぇもんだ」
「兄弟の杯ってなに!? 俺一人っ子ですけど!」
「細けぇこたぁいいんだよ! この新たな出会いに乾杯だ!」
「人の話を聞け!!!!」
いつの間にかニキョウに肩を組まれていた俺は、無理矢理に杯をぶつけ合わされた。
――それから更に十数分後。
正面に向き合った二人の男が、丸テーブルに肘を突き互いの右手を組み合わせる。
「レディ――――」
側に立つ男が組み合った手を掴み、
「――――ゴォッ!」
「だっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ズゴンッ!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」
合図が発せられた瞬間に、向き合った二人の男――その片割れである俺は、組み合った男の手を勢いよくテーブルに叩き付けた。
テーブルが叩き割れんばかりの音を立て、相手は手に生じた痛みに悲鳴を上げる。
「勝者、ユキナ! これで五人抜きだ!」
「よっしゃぁぁぁ!」
俺は力を見せ付けるように腕を振り上げると、室内には割れんばかりの喝采が鳴り響いた。
「すげぇぞあの野郎!」
「うちのファミリの力自慢共をごぼう抜きだ」
「しかも見た感じ全然余裕だぞ!? 本当に人間か!?」
「あんな別嬪さんの恋人連れてて羨ましいぞこんちくしょう!」
「…………あの筋肉、美しい」
驚きと称賛と嫉妬と――あとちょっと妙な台詞がちらほらと耳に飛び込んでくる。最近、こういった視線を受けることが多くなったな。
事の切っ掛けは、ニキョウが急に切り出してきたのだ。
『そういやおまえ、噂じゃぁたいそうな力自慢なんだってな』
『力自慢つーか、それしかないっつーか』
『よぉっし、じゃぁファミリーの奴らでタメしてみるとするか!』
『は?』
そんなニキョウの唐突な発言から始まったジンギンファミリーVS俺のアームレスリング大会である。
次々に力のありそうな強面が俺に挑んでくるのだが、こちらは常日頃から重量増加を使ったグラムを振り回しているのだ。鍛え方がちょっと違う。
「次はどいつだ! どんどん掛かってこいやぁ!!」
最初は空気に乗せられて渋々だった俺なのだが、途中からだんだんと楽しくなってきていた。頭がぼんやりして躯がカッカしているが、まぁ部屋にこもる熱気に当てられているだけだろう。
『完全に酔っ払ってるよ! 出来上がってるから! ああもう、なんだかんだでニキョウの親分に飲まされてたからなぁ……言わんこっちゃない』
グラムが何だか嘆くようにぼやいていたが上手く聞こえなかった。
そんな間にも。
「ぬるいわぁぁぁぁぁぁ!」
ドガンッ!!
「「「うひぃぃぃぃぃぃっっっっ!?」」」
俺は組んだ腕をテーブルに叩き付ける。しかも今回は三人同時だ。一人の時よりかは多少手応えはあったが、それでもまだまだ余裕である。
「…………おい銀閃、おたくの大将ちょっと馬鹿力すぎやしないか?」
「私が仕える主ですよ? あの方は捩角牛の正面衝突すら受け止めるほどの、まさに大力無双。
木っ端ヤクザに後れを取るはずがありません」
「力だけに限れば二級傭兵並みか」
「ユキナ様であればいずれ、一級への高みへ昇り詰めると私は信じています」
リードとミカゲの会話も聞こえた。キュネイにちょっかい掛けようと近付いているのだろうが、ミカゲがしっかりガードしてくれているので安心だ。
「そういえば、アイナちゃんって結構お酒強いわよねぇ」
「実家の方針でお酒には慣れておくようにと、いろいろと嗜みましたから」
「確かにそうかも。アイナちゃんの実家、酔った勢いで失敗なんてしたら目も当てられないものね」
「実際に過去にそういった事例もあったそうなので。それに私、お酒は普通に好きですから」
そしてキュネイとアイナは仲良くお酒を楽しんでいた。こちらの白熱具合とはまるで別世界のような和やかである。 アームレスリング大会も楽しくはあるのだが、そろそろ相手がいなくなってきた。三人同時でもさほど苦戦しないし――俺もキュネイやアイナと一緒に酒が飲みたい。
ぼんやりとそんなことを考えている俺に、ふと誰かが近付いてきた。また新たな挑戦者かと思いそちらに目を向ければ。
「ようチャンピオン、いっちょ手合わせ願おうか」
ジンギンファミリーのボス、ニキョウ・ジンギンが好戦的な笑みを浮かべてそこに経っていた。