第百六十三話 笑い散らかすようですが
成金豚とギョロ目の男たちが店を出て行く。何気なく周りを見渡すと、俺たちだけではなく他の客も豚たちを見据えていたのだが、心なしか誰もが剣呑な表情を浮かべているようにも見えた。
それから程なくして、俺たちの元にガタイのよい男がやってきた。
「ボスが今からお会いになられるそうだ」
「そうかい。じゃ、俺たちも行くかい」
コップに残った酒を飲み干すと、リードは立ち上がる。続いて俺たちも席を立ち、再びVIPルームへ。
入り口を固める守衛の片割れがリードを睨む。
「……くれぐれもボスに失礼の無いようにしろ」
「へいへい、前向きに以下略」
「そこは略するなよ」
このやり取り、門番の時とまったく同じじゃねぇか。どれだけ信用無いんだよこいつ。本当に食客扱いなのか? 中に入った途端に襲われたりしないだろうな
心の中でツッコミの嵐が収まらない中、男が扉を開く。
スキップしそうな足取りで進むリードを先頭に、俺たちは中に足を踏み入れた。
特別待遇(VIP)ルームというだけあり、内装は一階よりの酒場よりも豪華だ。ちらほらと客の姿もあるが、どことなく下にいる奴らよりも上等な身なりをしている様にも見えた。
そして一番奥の席。他の席と見比べても明らかに一番質の良さそうなソファーに座っているのは、左右には美女を侍らせた一人の男。壮年と呼ぶには若く見える、髪をオールバックにした厳つい風貌だ。
「今日は客が多い日だな。何をしに来たリード。お前が来ると落ち着いて酒も飲めねぇ。それに後ろの面子は……」
「そう邪険にしてくれるなよ親分さん。今日はほら、助っ人を連れてきたんだって」
どこまでも口調の軽いリードに舌打ちをし、オールバックの男はギロリと俺たちを睨み付けた。リードの言葉からして、この男がジンギンファミリー――ユーバレストの裏社会を取り仕切る人物のようだが。
「……二級傭兵の銀閃に、元王女様。王都ナンバーワンの娼婦に傭兵の間で話題に上がってる黒刃か」
名乗る前にズバリ言い当てられて俺たちは驚く。その様を見て皮肉気味な笑みを浮かべた親分。
「驚くことじゃねぇだろ。ここは人の国内外に問わず流入が激しい。それだけ情報も多く集まる。この国で槍を背負ってる物好きの男なんぞ一人しかいねぇ。それから芋づる的に他の面子の情報も付いてくる」
「……だとしても、アイナが元王女って話は一応非公開の筈なんだがな」
少なくとも、アイナが王城を出てからそれに関しての情報を口にした記憶は無い。
「人の口に戸は立てられないとはよく言うだろ。それに、王都の貴族には何人か知り合いがいてね。調べること自体はさほど難しくはねぇのさ」
謙遜にも聞こえたが、とんでもない。アイナが市井に下ったという話は、それこそ貴族の間の極一部しか知らないはずだ。
「自己紹介がまだだったな。そこのリードに聞いちゃいるだろうがこれも礼儀だ。俺はニキョウ・ジンギン。ジンギンファミリーの元締めをやってる」
話しだけを聞いていると気さくな様にも感じられるが、この短い会話だけでも決して油断ならない相手であると嫌でも認識させられる。
『しかもこのニキョウって男。相当な修羅場をくぐってると見た。さっきのギョロ目とタメをはるんじゃねぇか?』
二級傭兵、もしかしたらその上の一級傭兵に並ぶ実力って事か。今の俺じゃぁ逆立ちしても勝てる気がしないな。
『少なくとも素面の相棒じゃ分が悪すぎらぁな。下手に喧嘩売るんじゃねぇぞ』
酔った方が強い謎の拳法の使い手みたいな言い方だなおい。
「で、リード。いきなり噂の新気鋭を連れてくるなり助っ人たぁどういう了見だ。ユーバレストに来てるってのは俺の耳にも届いてたが――」
「了見もなにも言葉通りだ。今回のカルアーネファミリーとの抗争も近いし、戦力増強はおたくも考えてただろ」
「だがこいつらは『表』の人間だ。聞いた限りじゃぁ、進んでこちら側に首を突っ込むようなろくでなしじゃねぇはずだ」
「ところがどっこい、この件に関しちゃぁもう既にずっぽし首を突っ込んじまってるのさ」
リードは俺たちがここに来るに至るまでの顛末を、ニキョウに説明した。それこそ最初から。聖剣(笑)を引っこ抜くところから、首振り兄貴をぶん投げるところまで全部。
最初はいぶかしげな様子のニキョウだったが、リードの話を聞いているうちに呆けた様な顔になり、最後の方は。
「かはははは、ぶはははははは! なんじゃぁそりゃぁ! 馬鹿じゃねぇのかそいつ!?」
ニキョウは自身の膝をバシバシと叩きながら、盛大に笑い散らかした。目の前にその馬鹿がいることなど頭から吹き飛んでいるようだ。――って、誰が馬鹿か。
『よく見とけ。あれが世間一般の反応だ』
グラムの冷静なツッコミは相変わらず胸に突き刺さる。
「こんな感じで、もうこいつら『カルアーネ』と正面から事を構えちまってるわけよ」
「くくくく……な、なるほどな。おおよそは分かった……はははは。あー駄目だ、笑いすぎて腹が痛てぇ。ここしばらくの間で一番笑ったかもしれねぇ」
笑いが収まる頃合いを見て、リードが語りかける。ニキョウは時折、肩を振るわせ思わず目尻に堪った涙を拭った。
「いや、派手に笑わせて貰った。礼を言う」
「いやいや、礼を言われるような事では……本当に礼を言われる事じゃぁ無いよなこれ!? むしろ礼を言われたら普通に失礼だよなちょっと!」
ついっとアイナたちの方を見ると、ミカゲだけむっとした顔になっているが、後は大した反応はない。むしろニキョウが笑うのも仕方が無いといわんばかりの無言である。
「……斬りますか?」
「お前はお前でさっきから物騒だな本当に!? ちょっと大丈夫!? 俺はお前の情緒が心配になってきたよ!!」
カタナを掴みそうになるミカゲを手振りで必至に制止する。
「はっはっはっは! なんだこいつら! ここまで変な奴うちのファミリーにもいねぇって。あ、やべ、また笑いのツボが――うははははははっ!!」
「あんたそんなキャラだったの!?」
またもや盛大な笑いが再発したニキョウに、俺は堪らず絶叫気味にツッコミを入れた。