第百六十一話 ちょっと怖いのですが
リードの思惑通りに事が進んでいることに思うところはあるが、奴の言うとおり俺たちだけでユーバレストを脱出するのは難しいというのも理解できた。
毒を食らわば皿まで。あるいは毒をもって毒を制するか。リードを完全に信用はできなくとも、今はこいつの毒を飲み込む必要がある。
アイナたちにも目を向けるが、どうやら俺と同じ結論のようだ。
「……良いだろう。協力はする。ただ必要以上になれ合うつもりは無いからな。あくまでも仕事として組むだけだ。それを忘れるなよ」
俺なりの釘を刺しつつの返答に、リードは指をパチンと鳴らした。
「よっし、そうと決まればまずは場所を変えるぞ。ここも絶対に安全とは言えねぇからな」
「今、外に出ても大丈夫なのですか? 外にはまだ、我々を追いかけていた輩たちがうろちょろしていますよ」
ミカゲが外への扉を睨みながら言った。彼女の耳には、外で俺たちを探す奴らの声が聞こえているのだろう。
「その辺りは問題ねぇよ。ま、付いて来な。とはいうが、案内役は俺じゃぁ無いんだがね」
リードが目を向けたのは、俺たちをこの場所に連れてきた男だ。彼はリードに対して頷くと俺たちを軽い素振りで手招きをして扉の方に向かう。
大丈夫なのかと顔を見合わせ俺たちだったが、リードは軽い足取りで男の跡を追う。一度組むと宣言した以上他に選択肢はなく、俺たちも続いて家の外に出た。
民家にいたリードの部下の大半はその場で散り散りに別れ、少数派俺たちと一緒に男の跡を追う。
先導する男は俺たちを連れたまま、時に立ち止まり時に小走りに夜の街を進んでいく。
ミカゲが小声でリードに語りかける。
「あの男はあなたの配下ではないのですか? 随分とこの街に慣れている様ですが」
「配下ッつーか、協力者の一人って感じだな。正確に言えば、これから会いに行く奴の手下だ。この辺りの裏道を熟知してるから、人目につかないルートも当然把握してるって寸法よ」
ここからは静かにな、とリードが己の口元に立てた指を当てる。その仕草が癪に障りつつも、ミカゲは押し黙った。 その後も危なげな場面を一度も迎えることなく、俺たちはとある地区に辿り着いた。
観光地としての晴れやかなイメージがある表通りとは別の、怪しげな雰囲気が漂う店通り。
俺が一番最初に思い出したのは、王都の色街。この当たりに漂う空気はそれに非常に酷似していた。よくよく見れば、一目で堅気ではないと分かる連中が道を歩き、扇情的な格好をした女性がちらほらと立っている。
ここはユーバレストの『裏通り』であるのだと直ぐに理解できた。裏にある通りという意味ではない。文字通り、この街の裏側である。
ある程度の規模になれば、どんな街どんな都であろうとも、この手の場所は存在する――俺は王都以外はしらないが、ミカゲやキュネイの話ではそうらしい。
「だ、大丈夫なんですか?」
アイナが心配そうにキョロキョロと辺りを見渡す。気持ちは分からなくもない。何せ俺たちは今まさに、この街の裏社会に追われているのだ。 対して、リードはぷらぷらと気楽に手を振る。
「ヘイキヘイキ。この辺はおたくらを追ってる奴らとは別の縄張りだから。一度入っちまえば仮にバレたとして、奴らもそう簡単に手出しはできねぇ」
別の縄張り……というのはどういう意味だ?
「その辺り含めて、おいおい説明してやるよ」
俺たちはそのまま通りを進んでいく。リードの言うとおり、人通りはあるものの目立った敵意を向けてくるような輩はいなかった。いつものように、キュネイやミカゲの容姿に鼻の下を伸ばしている野郎共がちらほらといる程度だ。 程なくして、俺たちは通りの中で一番大きな建物に辿り着いた。店の看板からして酒場の様だ。ただ、両開きの扉の左右には、燕尾服を着た屈強な男が控えている。
俺たちを含めリードが店の門に近付くと、ギロリ鋭い視線を光らせる。
「お疲れ。親分さんはいるかい?」
「……後ろの連中は誰だ」
「俺のご同業で、今回の件に手を貸してくれる強力な助っ人だ。可愛いナリをしちゃいるが、ちょっとは名の知れた奴らだぜ」
「……ボスは中にいる。いつも言っているが、くれぐれも無礼のないようにしろ」
「へいへい。前向きに善処することを検討しますよ」
「それは結局意味が無い奴では?」と内心にツッコミを入れていると、門番の二人は溜息を吐き顎で扉を指す。顔を知っている間柄のようだが、リードの態度には手を焼きついでに諦めているみたいだ。
店の中に入ると、これまで俺かこれまで入ったことのある酒場とは少し違った様相であった。カウンター席があり、テーブル席があるよく知った構図ではあったが、とても落ち着いた雰囲気だ。俺の中で酒場と言えば、夕暮れ時には酔っ払い共がウルサいほど騒ぎまくっているイメージだ。
「あら、良いお酒が並んでいるわね」
キュネイはカウンターの壁に並んでいる酒瓶をみて感心している。俺は酒の良し悪しが分かるほど嗜んではいないが、確かに高そうな瓶に入っていた。
「ここは一見さんお断りの超高級店だからな。品揃えは表通りの店を含めても随一だ」
俺たちはそのまま、入り口のある一階を通り過ぎ階段で二階へ。その先には垂れ幕の掛かった部屋があり、またも屈強の男が入り口を守っている。
外にいた奴もそうだが、この男たちも相当に鍛えている。厄獣を相手にする傭兵を比較にするのも妙かもしれないが、およそ三級の傭兵と渡り合えそうな気がする。
『だいたいその目利きで間違ってねぇだろ。大方、一見さんお断りの中でも更に限られた客しか真似かねぇVIPルームって所か』
グラムと内心でやり取りしていると、リードがその屈強な男に話しかける。
「親分さんに会いたいんだが、今良いかい?」
「今は来客と話をしている最中だ。少し待って貰おう」
「あいよ。じゃ、一階にいるからケリ付いたら呼んでくれ」
一階に戻ると、リードは適当なテーブル席にどかりと腰を下ろした。俺たちは少し迷ったが、店の中で立ちっぱなしと言うのも目立つと考え、リードの近くに腰を下ろした。 念の為、キュネイは俺の隣に座ってもらった。その間に、リードは既に酒を注文していた。
俺たちが全員着席するなり、リードがテーブル越しにズイッと身を乗り出す。
「キュネイちゃんは俺の隣に座って欲しいなぁ。今ならこの店で一番高い酒でも奢っちゃうんだけどなぁ」
「ゴメンなさい。遠慮しておくわ」
「そりゃぁ残念だ」
断られることは想定内だったのか、食い下がることなく直ぐに引き下がった。
「あの、リードさん。そろそろ教えて頂けませんか。私たちがこれから顔を合わせるのは一体どんな方なのですか?」
「お嬢さんがお酌してくれたら喜んで何でも答えるんだけど」
「冗談は存在だけにしておいてください」
「黒刃、おたくのお嬢さんちょっと怖くね?」
ニコニコ顔から繰り出されるエグい返しに、リードがビビっていた。同情の余地はなかったが、俺も少し怖いと思ったよ。