第百三十六話 勘弁してほしいのですが
アイナは予想はしていたのだろうが、俺としてはやはり意外だ。正直なところ、人の彼女を目の前で堂々と口説くような輩が、真摯に依頼をこなすイメージが沸かなかった。
「そこそこは真面目に働かないとお上に怒られちまうんでね。流石の俺もせっかく苦労して手に入れた二級傭兵の肩書きをみすみす手放すつもりは無いのさ」
こちらの表情から考えていることを察したのか、リードが溜息を零しそうな風に言った。
「俺としちゃぁ、仕事抜きでユーバレストに来たかったんだがなぁ。この町には外国からも人が集まる。それだけに色々な場所の美女と巡り会える絶好のスポットだからさ」
「いや聞いてねぇよ、そんなこと」
「せっかく出会えた極上の美人も、稀に瘤が付いてたりするし」
「瘤って俺のこと? なぁ、俺のことなのか?」
グラムを~アイナに止められるまでの一連を先ほどと同じ流れで繰り返し、俺は腕を組んで席に座り直した。
「お、リーダー。やっと見つけましたよ」
そうこうしていると、俺たちの座っている席に駆け寄ってくる数人の集団。どうやらリードの傭兵団の人間だろう。
「お、ご苦労さん。で、首尾はどうだ?」
「上々ってところっすよ」
「そうかい。じゃ、俺はこれからお仕事の時間だ」
手短な会話が終わると、リードは席を立ち上がり小銭をテーブルの上に置いた。
こちらが何かを言う前に、リードは手下を引き連れて立ち去ろうとする。その間際に、一度リードはこちらを無言えて告げる。
「そこのお嬢さんのならもう想像はついてるだろうが、この件は結構根が深そうでね。このままユーバレストで観光するのも良いが、面倒に首を突っ込むならそれなりに覚悟しておくんだな」
そう言って、リードは今度こそ店を出て行った。後に残された俺たちはしばらくの間、店の扉を見据える。
『伝えるのが遅れたがな。相棒を連れて行こうとした兵士モドキと騒ぎを起こした野郎な。あいつらの後を何人かが追いかけてたぜ。おそらく、リードの手下だろうさ』
あの騒ぎを起こした連中の溜まり場を、リードの手下が見つけたということか。今からリードはそこに踏み込むのだろう。
「アイナ、リードの最後の台詞ってどういう意味だ?」
「……ユキナさんがキュネイさんと遭遇した詐欺も先ほどの騒ぎ。おそらく完全に別件ではなく、何かしらの共通した背景がある、という事ではないかと」
「共通した背景?」
「物々しい言い方をすれば、黒幕がいるということです」
アイナはテーブルの上にあるカップを両手に持つと、お茶に映し出された己の姿を見ながら訥々と話す。
「リードさんがあの兵士に、身分の真偽を匂わせたときの反応からするに、彼らはおそらく装備だけを似せただけの偽物なのでしょう。ですが、もしそれが真実ならユーバレストは大きな問題を抱えていることになります」
「…………良く考えたら、偽物の兵士が平然と町中を歩いているとか、相当な事だよな」
ここに来てようやく俺も少しずつ理解が出来てきた。
偽物の兵士が偽の罪をでっち上げて無実の一般人を連れて行こうとしていたのだ。素人が考えたって、これが明らかに犯罪行為だと分かる。
だが奴らはその犯罪を平然と行おうとした。言い換えれば、彼らにとって正規の兵士がさほど脅威ではないということになる。
「もちろん、あの偽物達も正面切って正規兵たちと事を構えることはしないでしょう。リードさんの問いかけにはかなり過敏に反応していましたから。ですが、逆に見えないところでは」
「やりたい放題ってか」
おいおい、ちょっと待ってくれよ。
俺たちってこの町に観光できたんだぞ。日々の疲れを癒やすための慰安旅行だったわけよ。それがなんでまた面倒に巻き込まれそうな雰囲気になってるんですか。
「ああいった輩が町に蔓延っているのならば、一般人からも陳情が兵士の屯所に寄せられているはずです。通常ならその時点で兵士が偽物達を制圧するでしょうが、それもないとなれば――」
「正規兵も手が出しにくいほどの大物か」
「あるいは兵士達の上の人間に金を握らせているとか。もちろん、これらの話は全て私の推測に過ぎませんが」
けどアイナの真剣な表情を見るに、当てずっぽうと断じるのも難しいのだろう。
そこまで話して、俺は盛大な溜息と共に肩を落とした。
「……こりゃ一度、ミカゲたちも交えて話し合ったほうが良いか」
「ですね」
昨日の中頃までは和やか観光ムードだったのに、途中から急にきな臭くなってきた。本当に勘弁して欲しい。