第百三十五話 威圧するようですが
――露店での騒ぎから少しして。
あの場に留まると流石に目立ちすぎるので、俺たちはひとまず離れた場所にある飲食店に入ることにした。
一応、リードも一緒だ。
店員に適当に注文してから、少しばかり不本意ながらリードから話を聞く。
「まぁ、キュネイちゃん目当てだったってのは四割くらいは冗談だったわけで」
「それでも六割は本気かよ……」
リードのあっけからんとした発言に、俺はどう突っ込めば良いのか迷った。やはり話なんか聞く必要ないのではと思いつつアイナに目を向けると、彼女は苦笑気味に頷く。
「つかよ、おたくはなんでこんな可愛い子がいるのにキュネイちゃんまで彼女にしてるの? それにあの様子じゃぁ銀閃もだろ? 俺様みたいにイカした凄腕傭兵ならともかく、なんで?」
「それは俺も稀に首を傾げそうになる」
「一人ぐらい頂戴よ。具体的にはキュネイちゃんを」
「ぶっ殺すぞてめぇ!?」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください!」
グラムを引っ掴み立ち上がろうとする俺を、アイナが慌てて制止する。一方でリードは落ち着いたままだ。それが悔しくて、俺は舌打ちをしてから渋々と椅子に座り直した。 どうにもこのリードとか言う人間と話をしていると調子が狂ってしまう。俺ってこんなに喧嘩っ早かったがと不思議になるほどだ。
『相棒の場合、キレると最初の方は淡々と殴る蹴るとかから始めるから、こうしてしょっぱなからぶち切れるのはあんまりねぇよな。いや、むしろ相性が良すぎるからか?』
人様の恋人を狙ってる奴との相性が良くても、いいことなんぞ一つも無いだろ。
「それでリードさん。先ほどは助けて頂いてありがとうございます」
「お、美人ちゃんにお礼を言われるのは気分が良いねぇ。おっぱいも大きくて俺好み。どう、俺に乗り換え――」
「寝言は死んでから言ってください」
「あ、はい。失礼しました」
アイナはニコニコ笑顔なのに、リードは急に勢いを抑えて真面目に謝った。ちらっとだけ、恋人の背後からかつてないほどの威圧を感じたような気がしたが、おそらく俺の幻覚だろう。
「とはいえ、先日の事もあります。ただ単にキュネイさんを目当てだけだった、というわけではないのでは?」
「あ、やっぱり分かった?」
「いえ、単なる勘です」
「おっと、カマを掛けられたか。こいつぁやられた」
肩を竦めたリードだったが、さほど気落ちの様子はない。アッサリ認めた事から、隠すほどのことでもなかったのか。
そういえば、キュネイ目当てだったのは冗談が四割と言っていたな。半分以上は本気だったということだが、逆を言えば少なからず別の意図もあったということだ。
店員が店のおすすめの茶をテーブルに運んできたので、まずは一口。お勧めだと言うだけあり、美味いながらも落ち着きのある味わいだった。
カップをテーブルに置いてから、リードが改めて口を開いた。
「近頃、おたくらが遭遇した類いの面倒な奴らがこの町で増えててな」
「〝奴ら〟というと……あれだけではないと?」
アイナの問いかけに相槌を打つリード。
「ああして商売してる奴らに嫌がらせしてるのもいれば、明確に詐欺みたいな商売をやらかしてるのもいる。クジ商売で当たり商品を抜いてたり、イカサマゲームで金を巻き上げたりってな」
もしかしたら、俺が昨日に遭遇した伝説の剣(笑)の騒ぎも、その詐欺の一例だったのかもしれない。
「以前から似たような事をしてるのはいたさ。元々、このユーバレストは立地の関係上、外部からの人間が多く入り込む町だ。だからこそ観光地として発展したわけだが、地元民と外から来た商人。あるいは外国の人間との間ではそれなりに問題は起こってた。が、それでもそれなりこの町は回ってたらしい」
人が増えればトラブルも起こるだろうし、見慣れぬ者同士であればなおさらだ。その一方で、あくまでも日常茶飯事レベルだったのだろう。
「店同士の縄張り争いや、浮かれた観光客を目当てに小銭を稼ぐ雑魚とかな。まぁ、これはそれなりの規模の町ならどこも一緒だろうよ」
王都にだって、素人相手に金を巻き上げようとする阿漕な商人はいる。それだけに限れば大して特筆すべきものでは無い。
「先ほどの言葉であれば、その手の阿漕な輩が急激に増えたということですか?」
「ここ一年くらいの話らしいぜ。今し方言ったような陰でこそこそやる稼ぎ方じゃなくて、誰が見てもわかるくらいにあからさまな手口で観光客や市場に手を出してる。俺もユーバレストに入ったのは久々だし、それもほぼおたくらと同時期だ。何だか妙なことになってるなとは思っちゃいたが」
アイナの質問に再度頷くリード。
なお、さっきからほぼ聞きに徹している俺だが、別にリードとの会話が嫌というわけではない。嘘、ちょっと嫌だが必要であれば話もするが、その前に全部アイナが先回りして質問しているのだ。疑問を抱いて口を開こうとすると、その時点でアイナが発言しているのだ。
あれ? 俺ってこの場にいる必要なくね?
『こういった場面だとアイナは本当に心強いよなぁ。聞き上手で話し上手。ついでにおっぱいも大きいくて美人だから女好きの警戒心もついつい緩む』
ちょっと釈然としないが、これでリードの口が滑るのならば仕方が無い。黙って話を聞く。
「…………もしかして、リードさんがユーバレストに足を運んだのは、その辺りが理由なのでは?」
「ちょっと察しが良すぎねぇか、このお嬢さん」
「お褒めに預かり光栄です」
リードとの呆れ半分驚き半分の顔に向けて、アイナはニコリと笑みを返す。単なる柔らかな表情ではなく、よくよく見れば知的な鋭さも匂わせる凜々しさがあった。
「ま、元々それを説明する気だったし、良いんだけどよ」
頭をガシガシと掻いてから、リードは言った。
「前置きがちょいと長くなっちまったが、つまりはそういうことだ。この町の治安が悪くなった原因の究明と、その排除が、今回俺が請け負った依頼だ」