第百三十四話 知らないのですが
予想外の人物の登場に、俺は驚くと同時に違和感を覚える。ああした目立っていたり要注意の人間が近くにいれば、まず最初にグラムが指摘する筈。少なくとも普段通りであればそうだ。
『悪いな相棒、なんだかあいつに対しては妙に気が付くのが遅れたっつーかなんつーか』
念話での疑問を投げつけると、帰ってきたのは随分と曖昧な返事だ。そう言えば、初めて顔を合わせたときも反応が微妙だったのを思い出す。
と、グラムの不調(?)を気にしている場合ではない。
問題なのは、リードがどうしてこの場面で現れたのか。
「な、なんだ貴様は!? 部外者は引っ込んでいろ! それとも職務妨害で貴様も捕まりたいのか!?」
いきなり割り込んできた闖入者に、兵士(?)たちは怒鳴り声を発する。ただ、声には動揺が含まれているように感じられた。
一般人なら萎縮するような大声であろうとも、傭兵はこの何十倍も恐ろしい、本能を震わせている厄獣の雄叫びを日頃から浴びている。リードはどこ吹く風とばかりに、現れた時と変わらぬ様子でこちらに近付いてくる。
「いやなに、良識のある一市民としては、少しばかり見過すのは忍びなくてなぁ」
一市民にしては存在感ありすぎだし、良識があるのなら人様の彼女を恋人の目の前で口説こうとはしないだろ。
『状況が更に混沌になるから黙ってて!? いやマジで本当に!』
グラムに釘を刺されてしまい、とりあえず口を閉ざす。
「騒ぎを起こした元凶ってのは、そっちの厳つい男だ。槍を背負ってるお兄さんは、露店のおっさんを助けた側だぜ」
驚いたことに、リードの口から出てきたのは俺を擁護する台詞であった。
「俺は一部始終を見てたけどよ。お兄さんはお天道さまに何ら恥じぬ粋なことをしただけだ。なのに、騒ぎを起こした張本人と一緒に問答無用で捕まえるってのは筋が通らねぇ」
「貴様の言葉が真実だとしても、それを改めて調べる為に連れて行くのだ」
「改めて話を聞く必要もねぇだろ。なにせ、目撃者はここらへんに山ほどいるんだからな」
リードが周囲を見渡せば、騒ぎを聞きつけた野次馬が未だに多くいる。中にはリードと同じく騒ぎの起こりから今の今までずっとこの状況を見ていた者も多くいるはずだ。話を少し聞けば事の経緯も把握できるだろう。
観衆も兵士達が現れてからの勢いに飲まれていたが、リードの言葉で気が付いたのか。兵士の強引なやり方に違和感を覚え、不審な目を彼らに向ける。
「少なくとも、俺が知ってる治安維持の兵士ってのはその辺りの道理をちゃんと弁えてたぜ。……あるいは」
一番手前にいた兵士に、リードは挑発とも取れる笑みを浮かべながら詰め寄り、囁くようにこう言った。
「そもそも、おたくらって本当に兵士なのかね?」
「――――ッッッ」
グラムが拾ってくれたからこそ聴き取れた、ほんの小さな呟き。けれども効果は劇的だった。呟かれた当人は誰が見ても分かるほど表情を強ばらせた。
咄嗟に、兵士は他の仲間に振り返った。目を向けられた兵士は顔を渋くするが、やがて眉間に皺を寄せたまま首を横に振る。
「…………どうやら、我らが誤解していたようだ。そこの槍を背負っている男は騒ぎを収めようとしていた。証人がこれほどいるのなら、疑う余地はない」
清々しいほどの掌返しだが、その言葉で俺を捕まえようと付近で構えていた兵士が下がった。
「ただし、こちらの男は連れて行くぞ。騒ぎを起こした張本人をこの場で解放する道理は無いからな」
「おうおう、そっちは何ら問題ねぇ。さっさと連れて行きな」
リードは両手を上げ、これ以上は食い下がらないとアピールをする。そんなリードと――そして俺を交互に見やり、兵士は舌打ちをすると他の仲間達を連れてこの場を去っていった。
その最後に、騒ぎを引き起こした男はこちらを見て勝ち誇った様な顔になる。それが無償に腹が立ったので、俺は強く殺気を込めた目で睨み付けた。
「うひっ!?」
途端に男は情けない悲鳴を上げながら青ざめ、俺の視界から隠れようと兵士の影に隠れるようにして連れて行かれた。
「ユキナさん!」
兵士がいなくなったところで、アイナが駆け寄り俺に抱きついてきた。
「ゴメンなさい! 私、ユキナさんが連れて行かれそうになったのに何も出来なくて! 冷静に考えればおかしいところはいくらでもあったのに、動転して……」
「それを言うなら、俺もだ。あんまり気負うなって」
グラムに指摘されるまで騒ぎを起こした男と兵士がグルであることにまったく気が付かなかった。その後も、リードが現れるまで手詰まりだったのだ。アイナを責められる筈がない
それでも自責の念に駆られるアイナを安心させようと、俺は彼女の頭を撫でる。元はといえば、俺が騒ぎに自分から首を突っ込んだのが悪いのだしな。
そんな俺にリードは軽快な笑いながら近付いてくる。
「はっはっは、とんだ災難だったなおたく」
「どうもありがとうゴザイマス」
「おう、存分に感謝しな」
素直に礼を言うのも癪だがそれでも助けて貰った事実には変わらないので礼を口にした、リードの返しでちょっとだけ後悔する。
と、リードはキョロキョロと辺りを見渡した。
「…………なぁ、キュネイちゃんはどこにいるんだ?」
「今日は別行動だ」
「嘘だろ!? え、嘘だと言ってくれよ! だったら俺は何のためにお前さんを助けたんだ!?」
「知らねぇよ!」
訂正、感謝して損した。