第百三十三話 王道殺しの三巻が九月末に出ます
二日連続で似たような事をやらかすとなると、流石の俺も状況を飲み込むのも早くなると言うもの。
つまりは木箱に仕掛けられていた仕組みも、昨日の伝説の剣(笑)と同じようなものだったのろう。
『ぶはははははっっ! 見ろよ相棒! あのあんちゃんの顔! 理解が追いつかなくて完全に思考停止してやがるぜ!』
グラムが愉快そうに爆笑している。こいつのことだ、おおよそのことは既に把握していたんだろう。
そしてそれはアイナも同じだ。
「まさか、魔法で接合された木箱を地面ごと引き抜くなんて。流石はユキナさんですね、お見事です」
少し驚いている風であったが、俺を称賛するように拍手をしている。
「それとすいません。昨日のことはキュネイさんに聞いていたのですが、少し気が付くのが遅れました」
「結果オーライ……かどうかは分からねぇか。それよりもアイナ」
「はい、分かってます」
俺が目配せをしながら一声を掛けると、アイナはすぐに頷き、荷車の持ち主である男に向けて手を翳す。目の前の〝惨状〟に呆けていた男はようやく我に返り始めていたが、完全に正気に戻る前にアイナの手が光る。淡い光を放つ光の輪が空中に浮かび上がると、男の腕と足に絡みついた。見た目通りの効力があるらしく、男は縄で縛られたかのように身動きが取れなくなった。
「て、テメェら! 何しやがる!?」
「見りゃぁ分かるだろう。警邏が来るまで逃げられちゃ困るんでな」
昨日の詐欺犯は取り逃がしてしまったが、今日はそんなヘマはしない。
俺は超重量の荷箱(笑)を適当に下ろす。さっきまでの凄まじい重さが嘘のような軽さだった。というか、中身はいってるのかこれ?
『お察しの通りだ。でもって木箱の裏には特定の条件下で発動する魔法陣が仕込まれてる。大方、地面に落ちたタイミングでくっつくように設定されてたんだろうよ』
なるほど、ね。
俺は槍の穂先から覆いを取り外すと、木箱の蓋部分にねじり込む。
「お、おいやめろ! そいつは大事な品が――」
「はい、ご開帳」
男の制止を無視して、俺は梃子の原理でこじ開ける。バキバキッと小気味の良い音で木箱が開帳すると、中身はやはり空っぽであった。
よく見ると、箱の底面にはグラムの言ったとおり、魔法陣と思わしき模様が刻まれていた。
「間違いありませんね。地属性魔法を使って、対象と地面を接合する効果が付与されています」
「ちょいと雑だよなこれ。何か入れてりゃぁ言い訳の一つもできただろうに」
『手の込んだ魔法を使ったわりには、やり口がけちくせぇ。とはいえ、そもそもあんな常識破りの方法でバレるとはついぞ考えつかねぇだろうけど』
「違いない」と己の常識破りを笑いつつ、俺は改めてアイナの魔法で拘束されたに目を向ける。手口が完全にバレて、いよいよ男の顔は蒼白となっており、口をパクパクとさせていた。
「さて、おたくはどうするつもりなわけ?」
「俺は……その……あの……」
しどろもどろとなる男は声を発しようとするが、意味不明な音が口から漏れるだけだ。
「アイナ、そこの男のやったことは罪になるのか?」
「その土地の管理者や商業組合から正式な許可を得ていた場合に限り、にはなりますが。露店へのあからさまな妨害行為は罪になります」
俺とアイナは揃って、露店の店主に目を向けた。すると彼は慌てたように首を縦に振った。
「も、勿論許可は取ってる! 許可証だってほら!」
露店商は首からぶら下げている札を指差した。おそらくあれが許可証なのだろう。
「ああ、別にそこを疑ってるつもりはねぇよ。単なる確認だから」
つまり、拘束されている男こそ認めてはいないが、状況的にその目的が露店商の営業妨害であったのは確実だったわけだ。
そうこうしていると――。
「何をやっているおまえら!」
怒声を発しながら、鎧を着た男たちが人垣を割ってこちらにやってきた。おそらくはこの町の治安維持をになっている警邏だろう。
「あ、こっちこっち」
丁度良いところに、と俺は警邏に向けて手招きをする。
「コレは何の騒ぎだ!」
「ほれ、そこのしょっぱい野郎が、そこの露店商にいちゃもんつけてたからな。ちょっと手助けを――」
「話は後で聞く! そこの槍を背負った男と、拘束されている男を連れて行け!」
「…………へ?」
状況を説明しようとしたら、警邏の一人に話を唐突に打ちきられる。それどころか、営業妨害をしていた男だけではなく俺も連れて行こうと動き出した。
「ちょ、待ってくれよあんたら! そこのお兄さんは俺を助けてくれようと――」
「その話も後で詳しく聞く! それよりもまず、騒ぎを起こした元凶として拘束させてもらうぞ!」
店主が俺のフォローに回ってくれるが、警邏はまるで聞く耳を持たない。
ただ、警邏の言い分も分からなくはない。俺たちが割って入ってから、騒ぎが更に大きくなったのは事実だ。近くには他の露店商もあり、彼らにとっても迷惑だったに違いない。
アイナには非常に申し訳ないが、ここは大人しくしたがっておくべき――。
『いや、相棒。そいつぁちょいと早計だ。あの妨害野郎を見てみろい』
グラムの真剣味を帯びた声に、俺はしょっぱい男に目を向けた。警邏の言葉に従い、アイナは渋々と営業妨害をしていた男の拘束を解除する。
すると、男は警邏を前にして安心したような顔になっていた。まるで、待ち望んでいた助けが来たかのような。
――もしかして、この警邏って妨害野郎の仲間?
『警邏がグルなのか、警邏のフリをしたグルなのかは分からんがね。とはいえ、このまま連れて行かれたら相当に面倒な事になるぞ』
既に十分面倒に巻き込まれている様な気もしますけどね!
だがグラムの言うとおりだ。このまま黙って警邏(?)の指示に従えば、俺にとっては非常によろしくない状況に陥りそうだ。
だからといって、町中で暴れ出すのも論外だ。よほどのことが無い限り、傭兵の暴力沙汰は御法度だ。少なくとも明確な正当性が無い限り、町中で荒事を起こすのは不味い。
けれども、警邏が妨害野郎と繋がっている明確な証拠はない。あるのは槍の見解と俺の印象だけだ。お話にならない。あるいは警邏が偽物であるという証拠があれば話は別だが。
今回ばかりは流石の俺も咄嗟に良い案が出てこない。だが、考えあぐねている間にも、警邏が俺を拘束しようと近付いてくる。
「その捕り物、ちょぉぉぉっと異議ありだなぁ!」
その時、声高らかと誰かが叫んだ。
突然のことに、警邏たちが動きが止まる。
今度は何事だと声のした方を見れば、現れた人の姿に俺は見覚えがあった。
「おう、ちょっとぶりだな! 元気してたか?」
そこにいたのは、先日に遭遇した二級傭兵。
蹂躙のリードだった。