第百三十二話 流行っているようですが
その後もアイナとイチャイチャしつつ、時折露店や店頭販売しているお菓子や食べ物をつまみながらユーバレストを歩く。
観光地というだけあり、この町の見所はかなりある。
大道芸人が多く集まる広場や、定期的に音楽家たちが演奏会を開くホール。想像の物語を役者が演じて披露する劇場。他にも王都には見られないようなものも多い。それらを鑑賞しなくとも、街中を歩いているだけでも楽しいという雰囲気がユーバレストにはあった。
――ドガッシャァァンッ!!
だが、楽しげな空気に似つかわしくない激しい物音が唐突に響き、隣のアイナがビクリと肩を振るわせた。かくいう俺も少しばかり息を飲む。
音が聞こえてきたのは前方しばらく。それから、音の聞こえてきた方が何やら騒がしくなってきた。
昨日にキュネイとのデートで賑やかな|催し(詐欺)があったが、どうやら雰囲気は真逆のようだ。音がした方から歩いてきた通行人の表情には、神妙な色が含まれていた。
俺はどうしたものかと頭を掻いた。果たしてこのまま道なりに進んで良いものかと。
判断を仰ぐように俺はアイナに目を向けると、彼女は困ったような笑みを浮かべて、それから頷いた。どうやら俺と同じで、このまま引き返しても寝覚めが悪いのだろう。
俺たちはそのまま歩を進めた。
少し歩いて騒ぎの中心まで辿り着くとどうやら露店の一つでトラブルが起こっているようだ。
見れば、横転した荷車があり、付近には一抱え以上もある大きな木箱があり、丁度とある露店の真正面を塞いでいた。
「早くこいつをどかしてくれ! これじゃぁ商売にならない!」
「いやぁ、悪いとは思ってるんだが、こいつはちょいと重すぎてなぁ。大の男が一人や二人居たところでビクとも持ち上がらねぇんだよ」
声を荒げているのはおそらく、木箱で正面を塞がれた露店の主だろう。
逆に、詰め寄られているのは荷車の所有者か。こちらは真剣味がまったく足りない――というか皆無である。
「あの……何があったんですか?」
「見ての通りさ。荷車が横転しちまって、乗せてた荷物がああして露店の前に落ちたんだとさ」
アイナが近くで立ち止まっている人に声を掛ければ、半ば予想通りの答えが返ってきた。
「人が足りないなら早く呼んできてくれ!」
「それがうちも何かと人手不足でなぁ。呼んだところですぐには来ちゃくれねぇ」
「そんな!? 今の時間帯が一番の稼ぎ時って言うのに!」
「俺だって同じだ。大切な荷物を落としちまった上にこうして時間を食ってんだ。あぁあ、これじゃぁどれだけ報酬が目張りするか分かったもんじゃねぇ」
嘆くような素振りを見せるが、男の顔には幾分かの焦りも含まれていなかった。
ふと周囲を見てみると、誰かが手伝うような様子もなかった。通行人は一瞥はしてもそのまま通り過ぎていき、場に留まっている者も動く気配はない。
面倒事に興味はありつつも、率先して関わろうとする物好きは滅多にいないのである。
「どうしてくれるんだ! 運良く立地が良い場所で店を出せたのに、コレじゃぁ使用料も払えなくなるじゃないか!」
「ああ? 全部が全部俺が悪いってのか?」
露店商が更に悲痛な声を発したところで、荷車の主の態度が豹変する。相手を威圧するように眉間に皺を寄せると、露天商に詰め寄った。
「俺だってなぁ、こんな場所に店がなかったら荷物を落っことしちまうなんて下手打たなかったんだ。あれか? 俺が荷物を落としちまった責任、あんたが取ってくれんのか?」
「ひっ…………」
暴論にも程がある言い分であったが、男の迫力に圧され、露店の主は言い返せずにたじろぐ。
『あの店主、普通に勢いで負けそうだな』
下手したら、本当に責任を言い掛かりで取らされるかもしれないな。
『さて、どうする相棒?』
グラムからの念話から、俺がこれから何をするか分かりきったニヤけた気配が伝わってきた。悔しいながらも、俺のことをよく分かっている。
それはアイナも同じだったようだ。俺が踏み出したのにもさほど驚かずに後に付いてきた。
「はい、ちょっとごめんよ」
剣呑な雰囲気の二人に割って入るように声を発する。二人は揃ってこちらを向くが、俺はまず最初に倒れた台車を元に戻す。
「な、なんだテメェは……」
唐突に現れた俺に対して男が驚いた様子。彼に対して俺はやはり明るく接する。
「いやなに、お困りの様子なんでちょいと手助けをな」
木箱の側にしゃがみ込むながら、一旦黒槍を背中から外して地面に置く。それから両手を広げて木箱の端に、抱え込むようにして手を掛ける。
「ふんっ!」
少し両手足と腰に力を込めると、箱から軋むような音が聞こえてきた。この持ち方だと木箱が地面から持ち上がる前に箱そのものが壊れそうだった。
「アイナ、魔法で木箱の強度とか上げられるか?」
「そうですね……防御系の魔法を少し応用すればどうにかなると思います」
「じゃぁそれで」
俺が頼むと、アイナは両手を正面にかざす。空中に魔法陣が出現すると、木箱を淡い光が覆った。
もう一度両手に力を込めるが、今度は軋む音が聞こえてこなかった。
「あれ? これって……」
「じゃぁ行くぞ――ふんっっ!」
アイナが首を傾げているのに俺は気が付かずに、木箱を持ち上げようと先ほど以上の力を込めて踏ん張った。
「って重っ!? 本当にこれちょっと重いな!?」
「当たり前だろうが。そいつは大の大人が数人がかりで持ち上げられるようなもんだぞ。あんちゃんが一人で持ち上げられるはずがねぇだろ」
男が呆れ果てたように言う。だが正直なところ、この重さは男が数人がかりで持ち上げられるような生易しいものじゃない。そもそも、こんな重たいものを荷車に乗せて牽けるものなのか。
「彼女にかっこいいところを見せようとしたんだろうが、残念だったな」
木箱に半ば顔をくっつけるようにして抱えているので男の顔は見えない。けれども、どことなく馬鹿にされているような気がする。
本当にやめてほしい。
俺はそういう反応をされると逆にやる気が出てくるタイプなのだ。
「せぇぇぇのっ――」
大きく息を吸ってからの。
「ふんぬぁぁぁぁっっっ!!」
ミシリと軋んだのは、木箱ではなく俺の踏みしめている地面。それから、木箱が接している地面から。
半ば意地となった俺はなんとしてでも木箱を持ち上げようと全力で踏ん張る。
まるで悲鳴のような軋み音が、徐々に大きくなっていく。
「えっ……ちょっ……は?」
「ゆ、ユキナさんちょっと待ってください。その箱もしかして――っ」
男が状況を飲み込めぬあやふやな声を。そしてアイナが何かに気が付いたような焦った風ではあったが、四肢に全神経と力を注いでいる俺がそれらに反応している余裕はない。
「ずぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」
今一度、何が何でも持ち上げてやるという気迫を込めて叫んだ。
――ベゴンッ!!
何だか昨日辺りに似たような音を聞いたなと、頭の片隅に呟き、それに伴い躯にのし掛かっていた重さが唐突に解放された。
木箱が地面から持ち上がったのは分かったが、何だか既視感を覚える。まさかと思って、持ち上がった木箱の底面を見てみれば。
「って、またこのパターンかよ!?」
キュネイと遭遇した伝説の剣(笑)の詐欺商売。あの時と同じように、箱の底にはこれまた一抱え近くもある巨大な土塊が張り付いていたのである。
最近この手のやり口が流行ってんのか!?
書籍第三巻が月末に出ますので、是非お手に取ってくださいね。