第百三十話 傭兵団らしいですが
どうやらグラムには最初からあの伝説の剣(笑)のイカサマが分かっていたようだ。
『見た目と頑丈さだけを重視した剣を、突き刺した地面と魔法で接合してたのさ。そりゃぁ並の力自慢じゃビクともしねぇだろうよ』
つまり、あの催しは完全な詐欺だったというわけか。
『ま、アイナレベルの魔法使いだったら一目で分かる小細工だったけどな』
アイナほどの魔法使いともなると滅多におらず、それだけあの詐欺もバレにくかったのだろう。
あの商人の最大の誤算は、抜けないはずの伝説の剣(笑)を、地面ごと強引に引き抜く輩がいたことだろう。
まぁ俺のことなんですが。
俺が引っこ抜けた剣(と地面)を地面に下ろすと、一瞬の静寂の後に観衆から盛大な拍手が送られた。
どうやら見世物としては格好の一幕であったようだ。力自慢をひけらかすつもりでやったのではないが、ああも手放しに称賛されると照れてしまう。
で、照れ笑いを浮かべながらふと商人の方を向けば、いつの間にか忽然と姿が消えていた。
グラムによれば地面ごと剣を引っこ抜く直前で脱兎の如くその場から逃げ出したらしい。誰も彼もが俺が剣を抜くシーンに注目して誰も気が付かず、あまりの逃げ足の速さにグラムも俺に告げる暇が無かったのだ。
あの場に留まり続ければ、俺への称賛が終わった後に、イカサマをしていたことの叱責が及ぶのは目に見えていたからな。
結局、商人――というか詐欺師の言っていた賞品というのは貰えるはずも無く。挑戦料を支払った分だけ損をしただけだ。飯一食程度の金であったが、騙された事への憤りは少し残っていた。
「いいじゃない。私はユキナ君のかっこいいところを見られて満足よ」
「お前は本当に人を乗せるのが上手いよな」
そう考えれば、キュネイに男らしさを見せる為の必要な出費に思えてくる。小さく残っていた憤りもあまり気にならなくなってきた。
そのままキュネイと腕を組んで歩いていると、見覚えのある場所に辿り着いた。
「…………」
特別に目立った店があるわけでも内のだが、そこは妙に印象が深かった。
あのリードという男に絡まれたのがここだった。
「ユキナ君?」
「あ、悪い。なんか聞き逃したか?」
「いいえ、何も。ただ、ちょっとだけユキナ君の様子が変だったから」
本当にキュネイには敵わないな。なるべく顔に出さないようにしていたのに、ほんの些細な変化も逃さず見つけられる。
「……この前リードって奴に絡まれた事をちょいと思い出してな」
「そういえば、あの人と会ったのってこの辺りだったわね」
実の所、キュネイとのデートを楽しむ一方でリードの事を完全に頭の中から消し去ることが出来ていなかったのだ。
当人曰く〝仕事〟でこの街に来ているとのこと。おそらくは傭兵の依頼を指しているのだろう。少なくとも、この街に滞在している間は、あの集団と遭遇する可能性はあるというわけだ。警戒してしまうのは仕方が無いことだろう。
集団と言えば、だ。
あの時のリードは傭兵と思わしき男たちを引き連れていた。リードのことをリーダーと呼んでおり、単なる仲間とも少し違っているように見えた。
ミカゲの話によれば、複数の傭兵たちが団を作って活動することはあるらしい。厳密には組合の規約には無いが、ほぼ黙認しているとか。
総じてそれらは『傭兵団』と呼ばれているらしい。なんの捻りも感じられずそのままであるが、だからこそ分かりやすい。
今の俺たち四人が一緒になって一つの依頼を受けるように、傭兵団はもっと大人数で依頼を請け負うのだという。
もっとも、人数が多いからと言って依頼を達成したときの報酬が高くなるわけでは無い。だが、個人で請け負うには難易度の高い危険な依頼も、人数が多ければ達成することも可能。報酬の分け前に折り合いさえ付けば、傭兵団というのも一つの選択肢であろう。
普段は個人か二、三人のグループで活動し、大物を狩るときは一団を付くって厄獣を相手にする、というのが通常の傭兵団の形らしい。
割と現実味の仕組みにも思えるが、そもそも、傭兵団というのは殆どの場合はまともに機能しないことが多いらしい。
一番の原因は、傭兵の気質だ。元々荒っぽい集団が腕自慢で稼いでいるような業界なのだ。四人か五人のグループ、あるいは突発的に大人数で依頼をこなすのならばともかく、数十人規模の荒くれ集団が足並みを揃えるなど不可能に近い。
だが、リードは傭兵団をまとめ上げしっかりと機能させている。先日に見た限りでも、多少の先走りはあったもののリードの言うことに従っているように見えた。
単に二級で暴君――というわけでは無いのかもしれない。
思い出すのは奴の腕を腕を掴んだときの底知れぬ威圧感。改めて思う。あの時本当にやり合っていたら、果たしてどんな結果になったか。
――と、そこで俺は思考を打ちきった。
幾らリードのことが気になっているとはいえ、今はキュネイとデートの最中なのだ。これ以上他に気を取られていれば彼女に失礼だ。
「悪い。妙なことを言った」
「いいのよ。それだけユキナ君が私のことを気に掛けてくれているってことだもの。嬉しいわ」
それに、とキュネイはクスリと笑った。
「最初はちょっと驚いたけど、嫌いじゃないわよ、ああいう人。私、案外あの人とは友人になれるんじゃないかと思ってるの」
「この前のあれで、どこからお友達な要素が飛び出してくるんだ?」
「女の勘ってやつ。あるいは元娼婦としての経験則かしらね」
「そう言われると、男の俺としてはもうなんもツッコミを入れられなくななっちまうんだが」
堂々と不倫を誘うような男だぞ。お友達と呼ぶには些か危険すぎやしないか。
「あら、ユキナ君が初対面の私に言った台詞を忘れたの?」
「人が気にしていることを!?」
こうして、リードのことは頭の片隅に留めつつ、なんだかんだで俺はキュネイとのデートを楽しんだのである。