side braver13 勇者の旅立ち
盛大な見送りを経て、僕らはついに王都を旅立った。
これまでにも旅の訓練は、一級傭兵であるガーベルトから指南を受けてきている。けれども活動の範囲は全て国内であり、国からの支援もある程度受けることが出来た。
ここからは他国に赴くことになり、それは必然的にアークス国からの手も届きにくくなる。以降は僕と言う『勇者』が様々な国を渡り歩き、一から信頼関係を築き上げなければならない。
いよいよ始まる本格的な旅。魔王の復活に伴い、各地で魔族の暗躍が囁かれ始めている。確実に待ち受ける大いなる敵との相対。何が起こるか分からない不透明な先行き。不安は大きくあれど、心のどこかに高揚感があるのも否めなかった。
故郷の村から足を踏み出したときの、不安と期待が混ざったような気持ちが呼び起こされるようだった。きっと、今感じているのも、似たような感情なのだろう。
最初の目的地は、隣国への国境。そこから先はいよいよ本当に知らない世界へと足を踏み出すことになる。
とはいえ、実際にそこまで歩きで行くわけでは無い。当面の間は、王国から与えられた馬車を使うことになる。
馬車の外観は質素なものだ。内部も通常のものと大差ない。これは途中で乗り捨てることを考慮し、また僕らが行く先々での騒ぎが起こることを配慮してだ。
今までも、国内各地にある傭兵組合の支部を回ったが、どこの町を訪れても僕が勇者と分かると盛大な歓迎をされた。非常に嬉しく思う一方で、騒ぎが落ち着くまで身動きが取れずに少なからずの時間を浪費してしまうこともあった。
僕らに許された時間は無限にあるわけでは無い。避けられる騒ぎはそうすることに越したことは無い。
「そう言えば、ユキナだっけか。レリクスの馴染みで、今は銀閃と連んでるってガキは」
王都から経ってから少しして、ガーベルトがそんな言葉を漏らした。
「結局、見送りには来なかったな。勇者の友人と二度と会えなくなるかもしれないってのに」
「僕からしてみれば、いかにも彼らしいって感じですけどね」
「そんなもんか……」
フンと鼻を鳴らすガーベルトに、僕は曖昧な笑みで返した。ユキナの場合、僕が近所に遊びに行こうとも、魔王討伐の旅に出ようとも、変わりないに違いない。
それはきっと、薄情というよりかはいつも通りなのだろう。彼にとっての僕はどこまで行ってもレリクスであり、勇者というのは単なる称号に過ぎないのだ。それを嬉しく思う一方で、少し悔しくも思っていた。
ユキナに僕という存在を認めさせる。魔王討伐とはまた別に、僕の中でその想いが強く胸の中にある。
馬車の御者席で馬の手綱を握っているシオンが振り返った。
「黒刃――でしたか。洞窟の一件の後に僕も噂話程度は仕入れましたよ。実際に言葉を交わしたことはありませんけど、色々と愉快な話を聞かせて頂きましたよ。さすがはレリクスさんのご友人ですね」
「どの辺りがさすがかは、ちょっと聞く勇気無いかな」
シオンは実に面白そうな笑みを浮かべていた。僕も『黒刃のユキナ』の話は幾つか耳に入っているが、おそらくシオンが仕入れたのはもっと踏み込んだ内容だろう。
「マユリは黒刃の野郎と直に会ったことあったって言ってたな。お前の目から見てどんな奴だったんだ?」
話を振られたマユリは肩を竦めた。
「私だって、ガーベルトさんとさほど変わりませんよ。以前に仲間に勧誘するために、町医者に会いに行った時にちらっと顔を合わせた程度です」
今はユキナの恋人である、キュネイさんの診療所に行った時のことだ。
「僕の前の仲間候補でしたか。そちらの方はどんな人だったんです?」
「凄く丁寧で優しそうな人でしたよ。ええ本当に……凄くおっぱい大きい人でした…………本当に大きくて……」
「あの、マユリさん?」
だんだんと声のトーンが下がっていくマユリに、シオンは「もしかしてマズい事を聞いたのでは?」という顔になる。そしてそれはおそらく間違いではないだろう。
いつの間にかマユリは無表情になると、己の胸元をペタペタと触る。残念なことにそこに広がるのは山では無く平原であり、どれほど探索しようとも新たな山は発見できないだろう。
やがてマユリは虚しい行為を止め、膝を抱えて顔を埋める。
そして底冷えするような怨念籠もった声で呟いた。
「おっぱい……死すべし」
(((怖ッ!?)))
この時、男性陣の心中が一つになった。僕とガーベルトはさっと目を背け、シオンは見なかったことにしようと言わんばかりに、御者役に専念した。君が話を振ったせいだろうと、心の中で責めたてた。
(マユリに対して〝胸〟は禁句ですね。仲間との円滑な関係を続けるには、留意していたほうがよろしいかと)
レイヴァの進言に激しく同意だ。
魔王討伐の旅が始まったというのに、そうとは思えないほど賑やかなやり取りだ。
――ふと、頭に過る事がある。
もし僕がユキナを王都に連れてこなかったら、果たしてどうなっていたのだろうか。
おそらく、この仲間たちと出会うことはなかっただろう。マユリはともかく、ガーベルトとシオンとはこうして会話をすることは無かったに違いない。
マユリもガーベルトもシオンも、今では僕にとって大切な仲間だ。みんながいてくれたからこそ、僕は今日までやってこれたし、これから先に待ち受ける苦難にも立ち向かおうという気概を持てる。
それでもやはり〝もしかしたら〟の話を想像してしまう。 この馬車にキュネイさんやミカゲさん。もしかしたらアイナ様だって乗っていたかもしれないのだ。彼女たちと共に、魔王討伐の旅に出る。
脳裏に浮かぶのは、あの三人。
――ゴトンッ。
馬車が上下に大きく揺れた。
「おっと、失礼しました。ちょっと大きな石に乗り上げたようですね」
シオンが申し訳なさそうに言ったが、僕はそれどころでは無かった。
もしキュネイさん達がこの馬車に乗っていたときに、今の揺れが起こればどうなっていたのか。
今の揺れが、奇しくも僕に想像させてしまったのだ。
――あの三人の豊かな胸が〝たゆん〟と揺れる光景を。
勇者とて男なのだ。この場合勇者とか関係ないけれど、とにかく僕だって人並みに女性には興味がある。
女性の胸に目が行ってしまうのは仕方が無いことなのだ。 ただでさえ綺麗なのに、あの男性を魅了してやまない豊かな盛り上がり。しかもそれをが三人も。
繰り返しになるが、僕は今の仲間たちを心から信頼している。それは偽らざる本心。本心ではあるのだが、女性三人に囲まれているが、この時ばかりは羨ましいと思ってしまった。
「――レリクス様?」
「はっ!?」
気が付けば、光すら飲み込む深淵を宿した目をしたマユリが、近くで僕を見ていた。いつの間に接近していたんだ、という疑問よりも虚ろな目が恐ろしかった。
「どど、どうしたんだいマユリ」
「いえ……特には。ただレリクス様から良からぬ気配を感じたので」
「キノセイダヨ。ソレハ、マチガイナク、キノセイダヨ」
内心の動揺を悟られないように、必死になって声が震えるのを抑える。逆に台詞が棒読みになってしまったが、マユリは首を傾げただけでそれ以上追求してくることは無かった。
――なんとも締まらない門出ではあったが、こうして勇者一行の旅は始まったのである。
小説書くのって難しいとつくづく思う日々です。
でも物語を生み出してくのって楽しいので頑張りたい。