第百二十七話 二回言ったのですが
キュネイとアイナも十分に反省したようで、終盤辺りは二人ともちょっと涙目になっていた。それほどミカゲの迫力と正座の痛みがキツかったのだろう。その様を見て溜飲が下がったようだ。
覗き見されたことへの恥ずかしさはあったが、そもそも背中を押してくれたのはキュネイなのだ。もともと仲よかった面々であるし、ミカゲの不機嫌も長続きすること無く、翌朝になれば彼女も落ち着いていた。
それから、俺たちは全員で揃って観光街に繰り出した。
ミカゲとのデートはまた日を改めてと彼女と話して決めた。
「ユキナ様と二人っきりというのも心惹かれますが、やはり三人でユキナ様と一緒にいるのも、私にとっては大事な時間です」
そう言ってミカゲは、笑みを浮かべていた。
『相棒の恋人たちの凄いところって、みんな仲が良いところだよな。普通、こう言った仲間ってどこかしらとげとげしてたりするんだがな』
そこもまた彼女たちの魅力の一つであろう。
そうと決まれば、今日は思う存分彼女たちとデートを楽しもう。ユーバレストでまだまだ見てない場所は多い。休暇はまだまだ始まったばかり。楽しみはこれからだ。
「あ、リーダー! 俺たちが昨日声かけたのはあいつらだ!」
――俺の恋人たちのイチャイチャタイムは僅かの時間で終わりを迎えた。
……どうしてこうも純粋に観光を楽しめないのだろうか。
『身から出た錆って言葉知ってるか?』
やっぱりそうだよなぁ……。
グラムの言葉にがっくりと肩を落とし、俺はキュネイたちと共に背後を振り返った。
そこにいたのは予想通り、昨日にキュネイとアイナに声を掛け、それで俺が勢い余りまくって伸した男二人だ。
どういうわけか、こちらを指差す男二人の顔は至るところに青あざを拵えていた。
致命的に俺の記憶力が悪くなければ、後ろ投げこそしたが顔は殴っていないはず。そもそも、後ろ投げの時点で気を失っていたので、追い打ちを掛ける必要も無かった。
俺が首を傾げていると、二人の背後から複数の男たちを引き連れた人物が現れた。
こう……パッと見は凄く整った顔立ちをしているのだが、優男と呼ぶにはかなり野性味溢れる雰囲気を纏った男だった。
身に纏っているのは、おそらく厄獣の素材を元に作られた軽鎧。腰には剣を携えているのだが、鮮やかなオレンジ色の長い髪を伸ばしているのだが、一際目を惹くのは左目の眼帯か。開いている右目はさながら獣を彷彿とさせる荒々しさがひめられているように見えた。
おそらく、あの二人の男が〝リーダー〟と呼んだ人物だろう。もしかしなくとも、昨日のお礼参りに来たのか。
『どちらかっつーと、偶然見かけたからってところだな』
早速面倒な事態が降りかかってきたというわけか。昨日に反省したばかりだというのに、時既に遅しだったか。俺は顔に手を当てて嘆いてしまう。
しかし、流れは俺の予想を外れた方へと向かった。
眼帯男は不機嫌そうな顔をして俺たちを見渡すと。
「この馬鹿どもがっ!」
「「ぎゃぁぁっっっ!?」」
まず最初にしたことと言えば、己をリーダーと呼んだ男二人を殴り飛ばすことであった。
「えぇぇ…………」
あまりの急展開に俺は置いてけぼりを食らってしまう。キュネイとアイナも言葉を失っていた。
「………………」
ただ一人、ミカゲだけが静かでありつつも鋭い眼差しを眼帯の男に向けていた。それに対して俺が何かを口にする前に、眼帯男の怒声が響く。
「堅気に迷惑を掛けるなって昨日も散々に言っただろうが! つかテメェのツケはテメェで払えや! どうして俺がわざわざテメェらのつまらねぇナンパの尻拭いをしなきゃならねぇんだ! あんまり舐めくさった事ばっかりいってるとぶっ飛ばすぞ!」
「いや既に殴ってんじゃん」
ビシッと、我ながら珍しいと思うがツッコミを入れてしまった。
『手の早さは、相棒とどっこいどっこいだな』
頭の中に響くツッコミは無視し、俺は状況を見据える。
地面に倒れて呻く男二人に舌打ちをしてから、眼帯男は頭を掻きながら改めてこちらの方を向いた。
「悪いなおたくら。俺のツレが迷惑を掛けちまったようで。こいつらは俺がきっちりとシメて置くから勘弁してくれ」
「お、おう。そりゃどうも」
キュネイたちをナンパしていた男にとっては踏んだり蹴ったりだったに違いない。眼帯男の言葉を聞くに、男たちの青痰も彼に付けられたものだろう。まさに踏んだり蹴ったり。自業自得なので同情はしないが。
と、そこで眼帯男はミカゲを見ると「ん?」と眉を潜めた。
「お? そこにいるのはもしかして『銀閃』か?」
傭兵としての二つ名を呼ばれたミカゲは諦めたようなため息を吐くと、嫌そうに眼帯男の言葉に応じた。
「お久しぶりですね。願うことなら一生顔を合わせたくありませんでしたが」
「おお、やっぱり銀閃だったか! 前にあったときとは雰囲気が全然違ぇからマジで気が付かなかった! 相変わらずキレッキレだな、はっはっは!」
眼帯男は大いに笑った。
「え、なにさ。ミカゲの知り合い?」
「顔を知っている程度の間柄です。前に一度、仕事を共にしただけです」
ミカゲは眼帯男に冷たい視線を向ける。
「そうつれないこと言うなよ銀閃。俺とお前の仲じゃねぇか」
「あなたのような者と縁を作ってしまったことは、私の人生の中でも上位に食い込む失敗でした」
ここまでミカゲがあからさまに敵意というか侮蔑を露わにするのを見るのは久しぶりだ。最初の頃の、俺とで会ったばかりの頃を思い出す。
「あの……ミカゲさん。少し置いてけぼり気味なのでいい加減教えて欲しいんですが、あの方は誰なんですか?」
アイナが聞くと、ミカゲは迷ったような素振りを見せ、やがて小さく肩を落とし、口を開いた。
「あの者は『リード』。認めたくはありませんが、ああ見えて二級の傭兵です」
「二級って、ミカゲさんと同じって事ですか?」
「本当に、不本意極まりありませんが、腕が立つのは確かです。不本意極まりありませんが」
不本意って二回言ったよ。どれだけあいつのこと嫌いなんだよミカゲ。
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