第十四話 指導されるようですが
食卓のお肉枠三匹が食事中だ。目の前に夢中で、まだこちらには気が付いていない。
奇襲を仕掛けるにはもってこいの状況だ。
槍を背中の鞘から外し、両手で握りしめる。ここに来るまでの間に軽くならしは済ませているが、実戦で使うのはコレが初めてだ。
「新しい相棒に使われる最初の相手が、ネズ公だと思うと俺ちゃんちょっと切ないぜ」
嘆くグラムを完全に無視し、俺は勢いよく駆けだした。
俺の足音に気が付き、ビックラットの一匹がこちらを振り向いた。それにつられて残り二匹のビックラットも反応する。
「おらぁっ!」
ビックラットの一匹に向けて槍を振るった。
斬っ、と穂先が顔を上げた巨大ネズミの丁度首筋辺りを掠め、鮮血が舞う。そいつは地面に赤い染みを作りながら倒れて動かなくなった。
仲間(?)の一匹を倒され、ようやく俺を敵と認識したのか。ビックラットたちの目つきが変わる。
ただ、迎撃の暇を与えはしない。そのまま続けて動き出す前に槍を突き出しビックラットの躯に穂先を食い込ませた。
耳障りな獣の悲鳴が鼓膜を揺さぶるが、歯牙にも掛けずにそのまま槍を横に振るい、ビックラットの体内を破壊しながらその躯を半ば以上を切り裂く。
大した抵抗もなく、穂先がビックラットの躯を断ち切ったことに舌を巻く。予想を越える切れ味の良さだ。あの爺さん、よくこんな槍をあんな安値で売ったな。
驚きつつも集中力は切らしていない。残り一匹となったビックラットがこちらに向けて飛びかかってきた。
ビックラットは厄獣の中でも雑魚扱いされて入るが、それでもネズミと同様に発達した鋭い齧歯は人間の躯を容易に噛み千切る。
けど、これでもビックラットは何度も駆除してきたのだ。今更ビビる相手でもない。
「ふんぬっ!」
槍をスイングして先端近くの柄がビックラットの胴体横に命中。ボキリと骨をへし折る感触が柄伝いに俺の手に感じられた。ビックラットは真横からの衝撃に吹き飛ばされ、近くの木に叩き付けられた。
この時点で既にビックラットは瀕死になっていた。経験からして内臓に折れた骨が突き刺さっているのだろう。地面に倒れたまま小刻みに痙攣するだけだ。俺は首筋に槍を突き立て、トドメを刺した。
いくら人に害を与える厄獣とは言え、生命をこの手で断ち切る事への忌避感は僅かにある。しかし、村では仕事の一環として何度も繰り返してきたことだ。我慢できる程度の範囲だった。
「……とりあえず三匹だな」
穂先に付着したビックラットの血を振り払い、背中の鞘に収める。
その後、すぐに解体に移る。
獲物解体用のナイフを使い、ビックラットの死骸から必要な部位──売買可能な部分を切り取っていく。
ナイフは森に来る前に武器屋で購入した物だ。本当ならグラムを売ってくれた武器屋で仕入れようとしたのだが、生憎と閉まっていたので別の店で手に入れた。安物だとすぐに刃が駄目になってしまうのでそこそこに良い物を選んだ。痛い出費であったが、先行投資と思って割り切る。
村にある俺の家に戻れば同程度の切れ味を持ったナイフがあるが、まさか王都に来てまでビックラットを狩るとは思わずにい置いてきてしまった。今更ながら少しだけ悔やまれた。
「手慣れたもんだな」
グラムが感心したように言う。
「毎日でないにしろ、割と頻繁に行ってたからな。ビックラットが相手なら俺は一流傭兵にも負けない自信がある」
「それはあまり自慢にはならねぇだろ」
槍と軽口をたたき合う珍妙な光景を描きながら、俺はビックラットの解体が終了する。有効利用できる部位は持参した袋に詰め込み、残りは地面に穴を掘って埋めておく。
それとはまた別に、ビックラットの尻尾を他の袋に纏めておく。厄獣を倒した証拠として傭兵組合に提出するのだ。
「さ、ガンガン行くぞ。目指せ十匹だ」
今回引き受けた駆除依頼において、討伐数は指定されていない。ビックラットは繁殖力が強く、放っておけばすぐに増えてしまう。なので、上限を設けずに狩った数に応じて報酬が得られる形になっているのだ。
「俺ぁてっきり、大物を狙って一攫千金を狙うと思ってたがなぁ」
「生憎と傭兵で食っていく気は今のところ無い。金を稼ぐだけならビックラット狩りで十分だ」
傭兵の階級は、こなした依頼の質と数によって決定される。当然、難易度の高い依頼をこなせばそれだけ高い実績を積むことが出来、昇級も早くなる。
ビックラットの駆除によって得られる傭兵としての〝実績〟は最低ランク。いくら狩ったとしても二束三文にしかならない。ただ、傭兵の最低階級である五級が受けられること、ビックラットの弱さを考えると現時点の俺では一番多く稼げるのだ。
「何だかんだで現実的だな、相棒」
「夢だけ追ってても夢は叶えられないのよ。情けない話だけどな」
「俺ぁそう言う地道な努力ってぇの、嫌いじゃないがな」
「そうかい。そりゃありがとよ」
出来ることからこつこつと。それが一番大事だ。
荷物を背負いなおし、再びビックラットを探す。
その最中にグラムが言った。
「しかし相棒、さっきの狩りを見ててふと気になってたんだがよ」
「なにさ」
「お前さん、槍使うの下手くそだなぁ」
──グラムの直球過ぎる苦言に、さすがに俺もちょっと傷ついたね。槍からの言葉が胸に突き刺さったよ。槍だけに。
「まさに素人オブザ素人。キングオブ素人と呼んでも差し支えないほどてんでなっちゃいなかったな」
「へし折るぞこの野郎」
「相棒の腕力じゃ無理だろうな」
さらっと俺の言葉を受け流したグラムが続ける。
「別に相棒を悪し様に言ってたわけじゃねぇよ。おそらく相棒はコレまで独学で槍を使ってきたんだろ? しかも本業は農民で槍は片手間とくる。それであれだけ出来てたら上等だろ」
「村で剣を教えてくれる奴はいても、槍を扱ってる奴は俺以外にいなかったからな。……ほとんど独学でも、村で一番強くなってた奴もいるけど」
レリクスの奴、剣の握りを教わった程度で、後はほとんど誰にも教わっていないはず。なのに少しすれば村で一番の腕達者になっていた。しかも、今では世界を救う(予定の)勇者様だ。
「その辺りはあんまり気にするな。俺が言いてぇのは、相棒も多少の手解きさえあれば中々良いところまでは行けると思うぜ。見た限りではな」
「手解きつっても、誰が教えてくれるんだよ」
村でもそうだったが、槍というのはこの国では不人気の武器だ。傭兵組合に行った時、建物の中にいた傭兵のほとんどは剣を帯びていた。それ以外の得物を持っていたのは全体の一割にも満たなかった。その一割の中に入り込む俺も、傭兵の登録手続きで待っている間は奇異の目で見られていた。
だいたい、伝手も後ろ盾もなにもない田舎出身の駆け出し傭兵を誰が鍛えてくれるのだろうか。精々使いっ走り扱いされて体の良い便利屋にされるのが落ちだ。
「相棒の懸念も分かってるつもりだ。そこで耳寄り情報がある。今なら無料で槍術の手解きをしてくれる奴を紹介してやれるぜい」
「……お前、この前まで武器屋の片隅で埃被ってただろ」
「残念、武器屋の髭もじゃジジイに定期的に磨かれてたわ」
そんな予備情報はいらねぇよ。
なんだか茶番に付き合っている気分だ。溜息が出てきた。
「んで、正解は?」
「じゃじゃん! なんと、俺ちゃんです!」
…………………………。
──ザッ。
「まてまてまてっ、無言で投射の態勢に入らないでくれ!」
「ちっ」
森の彼方へぶん投げてやろうと思ったが、グラムの必死な声舌打ちを交えながら思い止まる。
「……次阿呆なこと抜かしたら、躊躇無くぶん投げるからな」
「ちょっとはっちゃけたのは俺が悪かった! ……でも、あながち冗談ってわけじゃぁ無いんだな」
「あん?」
まじまじと槍を──グラムを見た。俺が興味を持ったと判断したのか、グラムは少し愉快げに言う。
「自慢じゃぁないが、コレまで俺を使ってきた奴らの中には、中々の腕達者もいたわけさ。んで、俺の記憶にはそいつらの動きが蓄積されてるって寸法だ」
「つまり?」
「俺の記憶の中から、相棒の体格や素質に最も適した奴の動きを教えてやる。そうすりゃぁ、相棒の技量も過去の腕達者に近づけるってわけだ」
グラムに躯があったら、ででんっと自慢げに胸を張っていそうな口調だった。俺は眉をひそめた。
「本当に教えられるのか? 腕達者たちに使われてたって……結局それを見てただけなんだろ?」
「ま、相棒が疑うのも無理はねぇな。けど、騙されたと思ってしばらくは俺に付き合ってみてくれ。そうすりゃ理解してもらえるだろうよ」
──槍に戦い方を教わる村人。
字面だけ見ると〝珍妙ここに極まれり〟だな。
喋る槍も十分すぎるほど珍妙だが──。
「……どうせしばらくはビックラットを狩りまくるんだ。お前の酔狂な申し出に付き合ってみるよ」
「酔狂とは人聞きの悪い。それに、俺が直に手解きしてやるんだから、ビックラットなんて雑魚中の雑魚よりもよっぽど稼ぎの良い奴を相手に出来るようにしてやる」
──こうして槍と人間の珍妙極まりない師弟関係が出来上がったのである。
前話でネズミ食に関する不安をあとがきに書いたのですが、その後に感想とメールでフォローをいただきました。
結論から言うと、地球でもネズミを食べる文化というのはあるようです。実際に家畜として飼育しているところもあるとか。
そんなわけで、気兼ねなく話が進められる次第です。
情報をくれた方、ありがとうございました。