第百二十四話 コミックスが4月30日に発売しますよ!(本文は普通に本編)
ユーバレストの街並みは、最盛期よりも人が少ないとのことであったが、それでも王都に負けず劣らずの賑わいを見せていた。
それは良いのだが……。
「おいミカゲ。どうしてそうも離れて歩くんだよ」
俺は、こちらの三歩後ろ斜めにいるミカゲに声を掛けた。いつも一緒に出るときは並んで歩いているのだが。
「その…………〝でーと〟というものとはとんと無縁な人生でしたので、このようなときにどう振る舞えば良いのか分からなくて」
照れと困惑が混ざった顔のミカゲ。宿を出てから一度手を離したのだが、それからずっとこの調子だ。
「とりあえず、『女性は殿方から三歩下がって付いていく』という故郷の風習に従ったのですが……気分を悪くされましたか?」
「いや、そこまではいかねぇけどよ」
ミカゲの調子に合わせるというのもそれはそれで悪くはないのだが、どうにも彼女自身も〝とりあえず参考にしてみた〟程度のようだ。
『おい相棒』
グラムが口を挟もうとするが、こいつに言われるまでもない。
俺は足を止めた。唐突に歩を止めた俺にミカゲが首を傾げるが、俺は何も言わずに彼女に近付くと、その手を握りしめた。
突然手を握られたミカゲが驚きの声を発する。
「ゆ、ユキナ様?」
「はい、デートの最中はこれでいきます」
ミカゲと指を絡めるようにして手を繋いだ。いわゆる『恋人繋ぎ』という奴だ。事実、俺とミカゲは恋人同士なので全然間違っていない。
「こ、これは少し……いやかなり恥ずかしいのですが!?」
「折角のデートなんだし、まずは形から入ろうぜ」
更に食い下がろうとするミカゲだったが、俺は笑って答えてやる。それを見たミカゲがむにゅむにゅ口ごもりと、やがて観念したのか顔を俯かせた。それでも彼女がいやがっていないのは、改めて繋いだ俺の手をしっかりと握り返していたからだ。
あえて言うが、実は俺だってかなり恥ずかしい。キュネイやアイナと腕を組んで王都を歩き回ったりしたことはあれど、それとはまた違った感覚。恥ずかしくはあるけれども、心地よさもあった。
――それから俺たちはユーバレストの街を二人で歩き回った。
恋人繋ぎを恥ずかしがっていたミカゲだったが、徐々にそれも慣れてきたのか、口数が徐々に増えていく。いよいよデートらしい雰囲気になった。
最初は些か強引なのは確かだったが、あの三人の中で、一番奥手なのは間違いなくミカゲだからな。この位の方がちょうど良かったのだろう。
「ところでユキナ様。何か行く当てでも?」
「行く当てを探しに歩いているって感じだな」
「ふふ、なんですかそれは」
どこかのお姫様が以前に口にしていた台詞を少しばかり借りてみた。どうやら好評だったようで、ミカゲもクスリと笑っていた。
多分ではあるが、好きな人と楽しく過ごせていればそれはデートなのだ。目的がなくたってこうして手を繋ぎ、並んで歩くだけでも俺とミカゲはデートをしているのだ。
その途中で見つけた露天商を冷やかしたり、王都では見ない珍しい菓子や珍味を二人で食べたり。
「その……どうでしょうか?」
「ああ、似合ってるよ」
道端で見つけたアクセサリー店。そこでミカゲに良さそうな髪飾りが売っていた。早速購入して彼女にプレゼントした。思っていたとおり、彼女の銀の髪によく似合っていた。
「本当に、不思議なものです」
「ん? なにがだ?」
髪飾りを指で触れながら、ミカゲがぽつりと言った。
「以前の私は、己が女であることを疎ましく感じていました。この身が男であれば、と考えたことも幾度とあります」
「それって……お前が家を出た話か」
ミカゲが故郷を飛び出し遠く離れたこのアークスにやってきたのは、勇者の仲間となり武芸者としての名を上げるため。だがそこには実家に政略結婚の道具とされることを忌み嫌ったからという理由も含まれていた。
「私が男として産まれていれば、おそらく私は生家を飛び出す事も無く、故郷で武を研鑽し続けていたでしょう。ですが、あの家は――いえ、あの国は女が〝武〟に携わる事を良しとしなかった」
ミカゲの故郷は男性中心の社会。別に女性が蔑ろにされているわけでもないらしいが、〝女は男を支えるのが是〟という考えが強いと以前にミカゲから聞かされていた。
「父や祖父も武芸者としては尊敬できる方々でした。けれどもやはり、あの人たちも女が――私が剣を持つことを快く思っていませんでした」
政略結婚とは聞こえは良くないかもしれないが、だからといって特別に悪いことでもない。他家との繋がりを強固にするための手段ではあったのだろうが、娘が良き相手と結ばれて欲しいという親心もあったに違いない。ミカゲはそう語っていた。
「それが私のことを本当に思っていたが故だったとしても、やはり私にとっては煩わしかった」
女としての幸せを掴むよりも、武芸者の道を歩くこと選んだミカゲ。だからこそ彼女は故郷を飛び出したのだ。
「けれども、今は違います」
ぎゅっと、ミカゲが俺の手を強く握る。
剣を使う者の固さと、女性としての柔らかさ。その二つが合わさった手の感触がより強く俺に伝わってくる。
「素晴らしい主君に出会え、身も心も捧げられた。そして女としての殿方を好きになる喜びを与えてくれました」
俺がミカゲと初めて結ばれたあの日。
彼女は俺に剣を捧げ、俺のカタナになると俺に誓った。
そんな彼女に俺は言ったのだ。
配下としての忠義だけではない。ミカゲの全てを捧げろと。カタナだけではない。女だけではない。カタナとしても女としてもその両方を俺に寄越せと。
武芸者だけではない。女だけでもない。
武芸者で女だからこそ、ミカゲなのだ。
「今なら心の底から思えます。自分が女として生まれたことが良かったと」
そう言って、彼女は俺の隣で曇りなき笑みを浮かべたのだった。
第二巻も発売中なので、まだの方は通販で是非ともゲットしてください!
キュネイやミカゲのセクシーイラストが収録されてますので本当にマジで見なきゃ後悔しますよ!