第百二十三話 ファンタジーな世界観だと予約とか大変そうだよね(メタ発言)
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わざわざ時間を掛けて来たのに泊まる場所がありませんでした、では笑い話にもならない。だが、予約を取ろうにもユーバレストの宿に連絡する手段は無い。仮に手紙を送ったところでその往復で時間が掛かり、その間に部屋が埋まってしまえば意味が無い。
だがそこは宿側も分かっている。ゆえに独自の仕組みが設けられていた。
それが俺たちの乗ってきた馬車だ。
ユーバレスト行きの馬車は、当地の宿と提携をしている。直接宿に赴いて用意される部屋とは別に、馬車で来る客専用の部屋枠が別個に用意されている。
つまり、泊まりたい宿と提携している馬車に乗ることが出来れば、ほぼ確実に望む宿で部屋を取ることが可能なのだ。
もちろん、手数料は掛かるが先に述べたとおり、時間を掛けてユーバレストに赴いたのに泊まる場所が無いという事態に陥るくらいなら、むしろ妥当な出費だ。
そんなわけで俺たちは希望していた宿に無事に部屋を取ることができたのである。
「ところでユキナ君。ミカゲとはデートしたことってあるの?」
――それは、宿に着いて翌朝の事だった
長時間に及ぶ馬車の移動疲れを癒やし、本格的に行動を開始しようとしたところで、キュネイがふと口にしたのだ。
「ふぇっ!?」
キュネイから言葉の不意打ちを食らって、ミカゲが妙な声を発する。
昨日の馬車の中でもそうだったが、戦闘時は常に冷静沈着なミカゲでも、日常的な事に関しては不意を突かれると可愛らしい反応を見せてくれる。
それはともかく、俺は自身の記憶を探る。
「藪から棒だな。……いや待て、言われてみれば確かに」
これまでミカゲと一緒に行動することは多かった。傭兵稼業で一緒に依頼に同道してもらうことはよくあった。
ただそれはあくまでも〝仕事〟の一環だ。とてもでは無いがデートと呼ぶのは難しい。
キュネイやアイナとは、デートをしたことがある。思い返してみれば、ミカゲとデートと呼べるような仕事を抜きにした二人の時間というのはほとんどなかったのではないか。
「その様子だと、やっぱり無かったみたいね」
「その……悪い」
キュネイに対してというよりかは、ミカゲへの申し訳なさが強かった。
俺の言葉に、キュネイは叱るでもなく諭すように続けた。
「でも仕方がないかもしれないわね。普段から一緒にいることが多いし、ミカゲも自分から言うようなタイプじゃないもの」
うんうんとキュネイは頷いてから。
「よし、良い機会だし二人でデートしてきなさい」
まるで命令口調であったが、決して悪い提案では無い。むしろ俺からすれば助け船にも近いものであった。
「い、いえ。私は決してその……」
あたふたとするミカゲに、キュネイがクスリと笑った。
「ミカゲはユキナ君の従者って意識が強いのかもしれないけど、それと同時に恋人なのよ? ユキナ君と一緒に居られるって事に満足してるんだろうけど、折角こうして観光地に来たんだもの。従者云々は抜きにして、恋人として純粋に楽しまなきゃ」
「で、ですがやはり私のような者が――」
なおも言い繕うとするミカゲだったが、その手をアイナが握った。
「キュネイさんの言うとおりですよ。普段からミカゲさんにはお世話になりっぱなしなんです。だから、たまにはユキナさんを独占したって罰は当たりませんよ」
「アイナ様……」
「それに、以前に私はミカゲさんに譲ってもらいましたから。今度は私がミカゲさんに譲る番です」
アイナが言っているのは、ミカゲが装備の整備点検をしていたときの事。ミカゲの代わりに俺はアイナと一日を過ごしたのだ。
アレが単なる偶然では無く、ミカゲとキュネイの心遣いであったことは既に俺もアイナも気が付いていた。そのおかげで、俺たちはより深く身も心も通わせることができた。だからアイナは今度は自分の番だと言っているのだ。
「ゆ、ユキナ様」
ミカゲは困り果てたような顔で俺を見る。キュネイやアイナの気持ちと、己の性分やらなんやらがせめぎ合ってどうすれば良いのか分からなくなっているのか。
であれば、俺が取るべき行動は決まっている。
「よしミカゲ。今からデートに行くぞ」
「い、今からですか!?」
思い立ったら吉日とはよく聞く。天気も良いため、絶好のデート日和だ。
「あ、もちろん後で私とアイナちゃんもそれぞれお願いね。昨日も言ったように、構ってくれないと拗ねちゃうからね、私たちも」
「おう、勿論だ。じゃ、行ってくるぜ」
俺はミカゲの手を掴むと、彼女を部屋の外へと引っ張っていく。
「ちょ、ちょっとまだ私はその……心の準備が!?」
悲鳴に近い声を発するミカゲを余所に、キュネイとアイナは。
「楽しんできてくださいね」
「頑張ってねミカゲ」
二人の笑みを受けて、俺はミカゲと共に部屋を後にする。 宿の出口へと向かう最中。まだ完全には状況を受け入れ切れていないミカゲに伝える。
「ミカゲ。俺はお前が本当に嫌なことは絶対にしない。だからもし、俺と一緒にデートがしたくないってんなら、この手を振り払ってくれ」
俺の言葉を受けると、ミカゲは一瞬だけくしゃりと表情を崩すと、赤くなった顔を伏せる。
「ひ、卑怯です……私がこの手を振り払うことなんてできるはずが無いと、ユキナ様も理解してらっしゃるでしょうに」
「だったら決まりだな」
その顔は決して、恥ずかしさだけで赤くなっているのではない。なぜなら、言葉と共に俺の手をミカゲはしっかりと握り返していたからだ。
こうして俺はミカゲと共に、ユーバレストの街へデートに繰り出すのであった。
そんなわけで次回はミカゲのターン。