第百二十二話 構っちゃうのですが
『勇者伝説の裏側で俺は英雄伝説を作ります 〜王道殺しの英雄譚〜』祝二巻発売です!
ユーバレスト。
アークス王国でも有数の観光地。国の中心部から離れているににも関わらず、貴族だけでは無く平民であっても一度は訪れたいとされている人気の名所だ。
大きな理由の一つが、友好同盟を結んでいる隣国との国境が近いこと。つまり、国内ではあまり見られないような珍しい品が多く入り込み、それを目当てにする者が街を訪れるのだ。
それらの来訪者を狙って宿が建ち並んでおり、異国の料理を楽しめる場所も点在している。他、娯楽施設当も多くあり、これもまた観光地として魅力だ。
俺たちの乗った馬車は無事に道程を消化し、このユーバレストに到着した。途中に厄獣と遭遇することも危惧していたが、そんなことはまったくなかった。これも普段の行いが良いからだろう。
王都に立ち並ぶ建物が多くあるが、ちらほらとあまり見ない雰囲気の建物もあったりする。街並みを眺めているだけでも楽しめそうだ。
「ミカゲは前にも来たことあるんだよな?」
「ええ。仕事の関係で幾度か。とは言っても、組合が用意した宿と組合支部の往復だけしかしていませんから、案内できるほどこの街に詳しいわけではありません」
ミカゲが街の様子を眺めながら言った。
「ただ、その時に比べれば今は人が少ないように思えます。今の時間帯であればもう少し人の賑わいがあったように覚えています」
「きっと、勇者様出立を見届けようと、こちらよりも王都の方に人が流れているのでしょう」
アイナの言葉に、キュネイが「そういえば」と続けた。
「途中で結構な数の馬車列と擦れ違ったものね。なんにせよ、ゆっくり観光できそうで良かったじゃない」
俺たちはキュネイの言葉に頷いた。
休むために来ているのに、人混みで疲れてしまっては本末転倒だからな。
馬車での道のりもそうだったが、何だか幸先が良い。
以前から俺は思っていたのだ。
レリクスと一緒に王都に来てから、行く先々で問題事に直面しすぎであると。犬も歩けばなんとやらという言葉があるが、これまでの俺はまさにそれである。
確かに、いろいろあったおかげで恋人が三人も出来ました。彼女たちと素晴らしい体験もしたが、それにしたって死線を潜った回数が多すぎるのではないかと。
キュネイ達に感謝を込めて、というのももちろん本心だが、何よりも俺自身がちょっと疲れ気味であった。だからこそ、落ち着いて観光旅行が出来そうなのは非常に嬉しいところだ。
「今回ばかりは本当に、全身全霊で休むぞ俺は」
「なにそれ、ちょっと矛盾してないかしら」
キュネイがクスリと笑い、それにつられアイナも笑いを零していた。ミカゲも穏やかな表情を浮かべており、馬車の中は和やかな空気が流れていた。
『………………ん?』
不意に頭に響く念話。
どうしたグラム?
『あ、いや…………何でもねぇよ』
止めろよな、そんな思わせぶりなこと言うの。お前のそれってろくな事にならないからな。
『いや、本当に何でもねぇんだよ。……つか、相棒にだけは言われたくないね』
グラムと念話でやいのやいのと言い合っていると、ふとミカゲの様子が気になった。和やかな様子が潜まり、窓の外を注視していた。
俺の目に気が付いたのか、ミカゲはパッと外から視線を外すと首を横に振った。
「何でもありません。ただ、仕事とは関係なく、このような場所に来ることなどほとんどありませんでしたから」
「前に来たときはどんな仕事だったんだ?」
「普段通り、いつも通りに厄獣の討伐です」
ミカゲは視線を落とすとしみじみと呟く。
「あの頃の私は、武功を上げる事に必死で、その他にはまったく興味がありませんでしたから。それがまさか、仕事もなにも関係なく、純粋に娯楽に興じる日が来るとは思ってもみませんでしたよ」
異国出身のミカゲが王都に来た理由は、勇者の仲間に名乗りを上げるため。多くの功績を積み上げ、勇者の目に止まろうと躍起になっていた。
俺に出会った当初のミカゲは、本当に厳しい顔ばかりしていた。自分にも他人にも妥協を許せず、己を高めることのみに集中していた。
それが今は、俺の前で微笑んでいる。
「……私の顔が何か?」
「初めて会った頃に比べて、随分と可愛らしい顔をするようになったなぁって」
俺が率直に述べると、ミカゲの頬がポンッと赤くなった。それから少しいじけたように言う。
「…………初めて会った頃からそうでしたが、ユキナ様は女性を恥ずかしがらせるのは本当にお上手ですね」
「はっはっは。でも悪い気はしないだろ?」
「………………」
ミカゲは否定せずにただ俯く。その仕草がまた可愛らしくて、俺はミカゲの頭を撫でてしまう。相変わらず、ミカゲの撫で心地は癖になりそうな手触りだった。
「ちょっとユキナ君。ミカゲだけじゃ無くて、私たちも構ってくれないと拗ねちゃうわよ~」
俺のとなりに座るキュネイは、わざとらしい口調と共に躯を密着させてきた。拍子に彼女の豊かな胸が押し付けられる。こちらはこちらで癖になる柔らかさである。
と、俺とはちょうど対角の位置に座っているアイナが身を乗り出し、俺の服の裾をきゅっと握りしめた。
「わ、私も……拗ねちゃいますよ?」
出ましたよ。恥ずかしそうな上目遣いの訴え。アイナのこれは本当に破壊力が凄い。
「もういくらでも俺は構っちゃうよおまえら本当に!」
未だ宿に到着していないのに、俺たちは馬車の中で(節度は守りつつ)いちゃこらするのであった。
――side ???
「ん? 今のは……」
ふと、先頭を歩く人物が足を止めた。
「どうしたんですかリーダー。急に立ち止まって」
「何だか知った顔を見たような気がしたんだが…………いや、ありえねぇ。あんな堅物が服を着てるような女が、まさか男と一緒に楽しそうにしてるなんざ、天地がひっくり返ってもねぇわ」
リーダーと呼ばれたその人物は、自分が見た光景を馬鹿らしいと言わんばかりに笑い、首を左右に振った。
それから、後ろに続く者たちに言って聞かせる。
「それよりもてめぇら。あんまり下品に騒ぐんじゃねぇぞ。俺たち一応は仕事で来てんだからな。警邏の奴らが跳んでこない程度に、節度を持って騒ぐように」
それ結局騒いでるじゃねぇか、というツッコミを入れられる人物はこの場にいなかった。
しゅたっと、一人が手を上げた。
「リーダー、お酒は幾らまでならツケて良いですか!?」
「馬鹿野郎、ツケでって結局俺が払うハメになるじゃねぇか! 自分の酒代は自分で出せや!」
「うぃーっす」と気の抜けた返事が返ってくる。
「この馬鹿どもが……。しかし、それにしても」
「今度はどうしました?」
「いやな。さっき擦れ違った馬車なんだがな。さすがに銀閃が乗ってたのは俺の見間違いだとは思うんだが、それ以外にもなかなかに綺麗なねーちゃんが乗ってたように見えてな」
顎に手を当ててあくどいニヤけ面を浮かべた。
「うわ、出たよリーダーの悪い癖が。俺たちにはああいうくせに、一番騒ぎを起こすのはリーダーじゃ無いですか」
「あんな綺麗なねーちゃんに酒の酌をして貰ったら、どれだけ美味いんだろうな」
「……聞いちゃいねぇよこの人」
涎を垂らさんばかりに自分の世界に入ってしまったリーダーの様子に、皆がヤレヤレと肩をすくめるのであった。