side braver11
本日は二話分更新の一話目。
あの巨大甲冑を倒してから、僕は一度意識を失った。初めて使う悪滅の聖炎刃は僕の精神力を極限まで消費してしまったのだ。
目が覚めたのは半日近く後。
僕が眠っている間に、魔力が元に戻ったシオンの回復魔法で、ガーベルトの負傷は治療された後だった。
とはいえ、手の火傷は深刻であり、運動機能には支障は無くとも、その跡を完全に消すことはできなかったようだ。
「はっはっは。こいつも勇者様を庇って付いた名誉の負傷ってんなら、むしろ箔が付かぁ」
盛大に笑い飛ばすガーベルトを見て、こんな快い仲間がいてくれて良かったと心の底から感じた。
それから僕らは、洞窟を進むか撤退するかの二択を迫られる。
巨大甲冑との戦闘で僕らの装備はボロボロになっていた。体力や怪我は回復しても、十全な戦闘能力を取り戻したとは言い難い。ガーベルトに至っては、大剣が溶けて半分になってしまっている。
一度撤退をするのがベストであろう。
ただそれに待ったを掛けたのは、マユリであった。
「あの厄獣はおそらく、この空間から先への侵入者を阻むために存在していたのでしょう」
この空間の出入り口は、あの巨大甲冑が通行できる大きさでは無かった。別の場所から、召喚術のような特殊な手段でここに運び込まれたと考えられる。
とすれば、あの厄獣は人為的にこの空間に存在していたことになる。
「つまり、あの先には巨大甲冑をこの場に用意したものにとって都合が良くないものがある可能性が大きい、時間をかければそれを隠滅される可能性があります」
マユリの意見ももっともだと思いつつも迷う僕に、ガーベルトが彼女の意見に賛成を露わにした。
「俺も嬢ちゃんに賛成だ。つっても、そう深くは踏み込まねぇ。一時間かそこらして何も出てこなかったら本当に撤退する。それから改めて準備を整えて、もう一度探索すりゃぁいい」
二人が意見を揃えているのならば、と僕は提案に乗り再び洞窟の調査を開始した。とはいっても、時間制限付きであり、それが過ぎれば今度こそ撤退だ。事を急いで仲間が更なる危機に陥ればそれこそ本末転倒だ。
だが結果として、マユリとガーベルトの判断は正しかった。
それから三十分と経たずに、僕らは行き止まりに辿り着く。しかし、よくよく調べればそこは僕らが通ってきた洞窟の入り口と同じく、魔法によって巧妙に塞がれていただけのもの。僕の白焔付加とマユリの魔法で壁を破壊すれば、眩しいばかりの陽の光が外から注いだ。
実時間にして三日ほどだろうが、その間に太陽の光を一切浴びてこなかったからか。体感では一週間以上も薄暗い洞窟の中を彷徨っていた様に思えた。
それから僕らは一日ほどその付近で休息すると出発した。幸いにもガーベルトがこの付近の地形に見覚えがあったようで、僕らの現在地は判別できた。最寄りの町に向かい、そこから王城に連絡をして迎えを寄越して貰った。
こういうとき、勇者であることが幸いして、普段なら連絡から帰還まで一週間以上は確実に掛かるところを、僅か四日で王都に戻ることができた。
僕らが壁を破壊して外に出た地点。そこはとある貴族の保有する領地の、更に立ち入り禁止とされている区域。
事実、そこから出ようとした際に貴族の保有する警備隊に危うく捕まりそうになったほどだ。だが、マユリの落ち着いた交渉により僕が勇者であることがすぐに知れて解放されることとなった。
ただ、立ち入り禁止区域と呼ぶには危険な厄獣が生息している様子も無く、貴重な動植物があるようでも無かった。 立ち入りが禁止されていた理由は、僕らが出てきたあの洞窟だったのだ。
王都に戻った僕らは、洞窟内で起こった出来事と外に出てからの事を報告した。
さて、そこから先が大騒ぎ。
僕らが洞窟から出てきた場所。実はあの場所から馬で数時間の場所が、あの魔族襲撃事件で大量に厄獣が発生した地域だったのだ。
その地域を治める領主。事件の直後には強い疑いを掛けられていたらしい。しかし、明確な証拠があった訳でもなく、また王城の中でもそれなりに高い地位にいたことから捜査の手が伸びにくかったのだ。
だが、僕らが調査していた洞窟の出口。そこが領内の、しかも領主が指定した立ち入り禁止区域の内部にあったことが大きな決め手となり、王国の政府はついに強制捜査に乗り切った。
するとやはり、貴族と魔族との間に繋がりがあったことが判明した。
彼の役割は、平原の大規模な召喚陣が設置されることを見逃すこと。そして王都が魔族に襲われた際は、兵を率いて誰よりも早く救援に駆けつけること。王族を救うことはできなくとも、民を救ったという功績を元に国内で権力を増すつもりだったのだ。
……結局、とある人物のせいでその貴族の保有する部隊が駆けつけるよりもずっと早く、事件が終息してしまったのであるが。
それはともかく、国内に潜んでいた〝暗い影〟の逮捕に大きく貢献したと言うことで、僕らは国王から強い賛辞を得た。僕らの活躍は国内でもすぐに噂になったようで、事件で一時は暗い雰囲気に陥った王都にも明るい空気が戻りはじめていた。
国王からの礼の言葉を頂いた僕らが玉座の間から出ると、ガーベルトは肩が凝ったようにグルグルと肩を回した。
「いやぁ、やっぱりこう言った格式張った場ってのは肌に合わねぇな」
「ちょっとガーベルトさん。まだ城の中なんですからもうちょっと――」
「堅いこと言うなよ嬢ちゃん。お前さんだって王様の前でガッチガチに緊張してただろう?」
「それはまぁ……そうなんですけど」
ガーベルトの指摘を受けて、マユリも渋々とだが肯定した。この二人は親と子ほどの年齢差があるのだけれど、話している風景を見ると、年の離れた兄妹に見えてくることがあった。そのくらい仲が良いのだ。
「そういえば、シオンはあまり緊張した感じは無かったね」
「いえいえレリクスさん。顔や動作に出てなかっただけで私も結構胸がドキドキしてましたよ。こんなにドキドキしたのは、教皇様に勇者の旅に同行しろって命令された時以来ですよ」
僕の問いかけに、シオンは苦笑した。と、そこでふと疑問が浮かぶ。
「……あれ? 確か話では、最終的な同行の是非はシオン自身がって話じゃ」
「あのねレリクスさん。僕のような下っ端僧侶が、教会の最高権力者の言葉に逆らえると思います? そりゃぁ実際にはもっと柔らかいお言葉でしたが、ぶっちゃけ命令と等しいんですよねぇ、これが」
シオンの支援魔法の腕前は、マユリ曰く破格と言っても差し支えないほどらしい。ただこの忌憚のない物言いが彼を窓際に追いやった最大の要因だとも彼女は言っていた。
そんな談笑を続けながら進む僕らの前方から、貴族風の男性が二人こちらに向かって歩いてきていた。
「あの顔は……」
思わず僕は立ち止まった。
急に足を止めた僕を、マユリは不思議そうに下から覗き込む。
「レリクス様?」
「あ……うん。ちょっとね」
前から近付いてくる二人。彼らの顔に僕は見覚えがあったのだ。
確か……事件の際に、僕らが玉座の間に踏み込んだ時だ。
両断された邪竜に、黒槍を振り下ろした格好のユキナ。立ち尽くす魔族。その周囲で戦っていた傭兵たちの中に、彼らの顔があったのを思い出す。
『格好こそ確かに違いますが、あの場にいた傭兵に間違いはありません、マスター』
レイヴァの言葉で、僕の勘違いという可能性は無くなった。
男は僕の前で立ち止まった。
「これはこれは勇者様。お噂は兼ね兼ね。此度の活躍は私も聞き及んでおります」
慇懃に頭を下げる男。側にいる男も揃って礼をする。
「君は確か……ユキナと一緒に玉座の間で戦っていた傭兵じゃなかったか?」
「おや、これは驚きですね。まさか自分の顔を覚えて頂けたとは光栄ですよ」
嫌みな雰囲気は無いが、あえて軽い調子を振る舞っている。そんな印象がある物言いだった。
「申し遅れました。自分はルデル・ジタニア。隣りにいるのは従者のガディス。この名を覚えて頂けると嬉しい限りです」
長々と政治的なお話を綴っても嫌なので、一部はダイジェスト的にお送りしました。
その辺りはこの物語の本編ではないし、一つの設定的な感じで知ってもらえればと思います。