第百二十話 後頭部が幸せなのですが
頭目が死んだ――というよりも半ば消滅――したことがトドメとなった。生き残っていた盗賊たちは武器を捨てて降参。全員がお縄に付くことになった。
「そりゃぁあんなのを見せられたらねぇ。誰でも降参しちゃうでしょうよ」
ルデルが指さした先にあるのは、盗賊のアジトを両断するが如くに深々と穿たれた大魔刃の痕。勢い余りすぎて岩壁の一部を貫通し新たな入り口ができてしまった。
あの破壊力を自分に向けられたら、と盗賊たちが恐怖を抱いたのか。なんにせよ、これ以上戦わなくて済むのならばそれに越したことは無い。
投降した盗賊たちの捕縛やらなんやらは、先行組の傭兵たちとミカゲやガディスが行っている。
そちらを一度見てから、ルデルが心配げな視線をこちらに向けてきた。
「それで……大丈夫なのかい?」
「まぁなんとか」
俺はキュネイの膝枕で横になりながら、億劫に手を上げて答えた。
別に、美女の太ももを堪能したいわけではないし、サボっているわけでは無い。後頭部に感じているのは幸せな柔らかさであるのは事実だが、俺だって時と場合は考えるし、今が働くべき時であるのは理解している。
ただ、それを分かっていながらも、今は身動きが取れないのだ。
「透視をした限りでは、これといった怪我も無いわ。単なる疲労よ」
「その疲労がヤバいんだ、これが」
苦笑交じりにキュネイが俺の頬を撫でるが、その手を握りたくても握れない。
首から下がまるで別の生き物であるかのように感覚が鈍い。腕を少し持ち上げるのが精一杯であり、小さく身動ぎするにも苦労するほどだ。
間違いなく、竜滅の大魔刃を使った影響だ。
俺も最初から大魔刃を使おうなどとは考えていなかった。ただあの瞬間、盗賊の親玉の言葉にキレた瞬間、胸の奥が熱くなり、以前に邪竜と向き合ったときの感覚が蘇った。
――グラムの言葉を借りれば〝魂が震えた〟のだ。
その感覚に身を委ね、俺は大魔刃を発動して頭目を吹き飛ばした。
半ば怒りに身を任せていたとはいえ、俺は『人間』を殺したのだ。
「……………………」
そういえば、と頭の中に浮かんだのは、先の事件で俺が王都で殺した『魔族』の事だ。
あの時は状況が状況だけに、その事実に気を回している余裕は無かった。だが落ち着いた頃に、魔族の頭を穂先が穿った時の感触が蘇ることがあった。蘇る度に、俺の背中に見えない重しがのし掛かった。
そして今、その重しが一つ、増えた様に感じられた。
本能のままに襲い来る厄獣を倒すのとはわけが違う。
文字通り『同じ命』を持つ者をこの手に掛ける感覚。
進んで味わいたいとも到底思えなかった。できることなら背負いたくもない重り。
けれども、必要であれば躊躇しない。
俺が躊躇えば、俺の大切な人が傷つくかもしれない。頭目の台詞を耳にしてそのことに気が付いた。
だから、やると決めれば迷わない。この背に伸し掛かる重りだって、いくらでも背負ってみせる。
「……しかし、使う度にこれじゃぁ堪ったもんじゃねぇな」
どうにか手を持ち上げてみるが、握り拳を作ることさえままならず、指が震えるだけだ。
竜滅の大魔刃の破壊力が凄まじいのは確かだが、その後の消耗が大きすぎる。今回は頭目が消滅した時点で手下どもが降参したから良かったが、これが厄獣が生息している地域のど真ん中だったらぞっとする。
『つっても、最初の時よりはマシだな。意識もハッキリしてるし、どこも反動でイカれてねぇ。何回か繰り替えしゃこの疲労感も多少はマシにならぁ』
側に置いていたグラムが軽快に言った。
つまり、この凄まじい疲労感を最低でも数回は繰り返す必要があると。気が滅入ってくる。
「ユキナさん」
溜息を吐きたい気分に陥りかけたところで、アイナがやってきた。それと少し遅れて、空へと向けて光を放つ球が高く舞い上がっていった。
「盗賊全員の拘束が終わりました。今、合図を送ったので半日もすれば組合から応援がくると思います」
「おう、お疲れ」
さすがに依頼を受けてここに来た傭兵たちだけでは、投降した盗賊の全てを町へと連れて行くことはできない。救助した人たちもいるのだ。
なので、盗賊たちの無力化が完了した時点で、魔法具による合図を打ち上げる手筈となっていた。昇級試験や魔族襲撃の時に使ったのと似たような代物で、あれ程大きな音は出ないが、代わりに長い間空で光を放つようになっている。
アイナの言ったとおり、半日もすれば組合から派遣された人員がこちらに到着する。彼らに拘束した盗賊や救助した人たちを引き渡せば俺たちの仕事はほとんど完了だ。
「悪いな、任せっきりにして。こんな為体でマジ申し訳ない」
「い、いえいえそんな。ユキナさんのおかげで盗賊の抵抗もほとんど無くなりましたし。その……お疲れ様です」
アイナはそう言って視線を逸らした。気を遣わせてしまって、猛烈に恥ずかしい。これは一刻も立ち上がらなければ。
――チラッ……チラッ。
どうしてか、アイナはこちらをチラ見すると恥ずかしげに視線を逸らしてモジモジし、少しするとやはりこちらをチラ見する、というのを繰り返していた。
「あらあら」
どうやらアイナの様子に何かを察したようだ。是非俺にも教えて欲しいところ。
だが、教えて欲しそうな俺の視線は、キュネイの胸にそそり立つ双丘に遮られて届かなかった。
「ねぇアイナちゃん。もし良かったら代わろうかしら?」
「えぅっ!? あ、いやその…………」
キュネイの提案が予想外だったのか、アイナの顔がパッと赤らみ、変な声を出して動揺する。
「…………お、お願いします」
やがて赤ら顔のまま、アイナは俯き気味に頷く。
と、ここでキュネイが俺の頭を持ち上げ、ゆっくりと地面に下ろした。寸前までの幸せな柔らかさが後頭部から消滅てしまった。
「ではその……失礼します」
「うん?」
今度はアイナに頭を持ち上げられると、そのまま彼女の太ももに後頭部が乗せられた。キュネイのそれとはまた違った柔らかさに、心地よさを感じた。
「その……どうでしょうか。痛くありませんか?」
「いや、幸せだけど」
「だったら良かったです」
いやどういうことなのでしょうね。よく分からないけど、後頭部に感じる幸せと、視界の大半を占める大きな二つの実りで目も幸せなので何も言うまい。
「甘いっ! 口の中がこれでもかと言うほど甘い! 胸焼けする! けど非常に絵になるから目が離せない! 辛い! さすがは俺の惚れた英雄!」
ルデルが壊れたように何か言っているが、アイナの膝枕に集中しているのでよく聴き取れなかった。というか、お前はガディスの手伝いに行かなくてよかったのか、と今更ながらにツッコミを入れてやりたい。
――ちなみに、これより少し後にミカゲがやってくるのだが、またも似たようなやり取りの末、彼女にも膝枕をしてもらうことになる。
こうして盗賊団の討伐依頼は誰一人欠けることもなく、無事に完遂することができたのであった。
第二巻が三月二十八日に発売予定です!