第百十八話 紙一重なのですが
黒槍は空を一直線に突っ切り、頭目を貫かんとする。
「馬鹿がっ!」
回避は間に合わないと判断したのだろう。頭目は悪態を付きながら、少女の躯を盾代わりにしようと持ち上げた。
「ひっ」
少女は掠れた悲鳴を上げながら、恐怖に目を瞑る。
この瞬間、居合わせたほとんどの者たちの意識は、投げ放たれた黒槍と盾代わりにされた少女へと集中していた。 だが、槍は彼女に命中する直前、忽然と姿を消した。
「…………うん?」
頭目は疑問を浮かべた。
少女は恐る恐ると閉じていた目を開く。
どちらも、いつまで経っても訪れない衝撃や痛みに、白昼夢を見ていたかの様な表情を浮かべた。
誰も彼もが似たような反応だ。
けれども、そんな中で迷い無く行動する者たちがいる。
もちろん、俺たちだ。
――ザッ!
「――――ッッ!?」
付近から聞こえた地を踏む音に、頭目は我に返った。気が付いた時には、既にミカゲがすぐそこにまで接近していたのだ。
「ちぃぃっっ!」
盛大な舌打ちをしながら、頭目は少女をミカゲに向けて突き飛ばした。後もう少しでカタナの間合いというところで少女が急接近し、ミカゲは柄から手を離すと少女の躯を受け止める。
「この……くそがぁぁぁぁっっっ!!」
おそらく何が起こったのか、頭目には理解できなかっただろう。ただ、自分が化かされたということだけは理解したようだ。激情を吐き出しながら、少女の躯もろともミカゲを斬り捨てようと、大振りな剣を振るう。
ミカゲは少女の躯を庇うように抱きしめる。その目には些かの恐怖も映っていない。ただただまっすぐと迫り来る剣を見る。
何故なら、俺がいるからだ。
一歩遅れてミカゲに追いついた俺は、頭目の振るう剣に向けて槍を叩き込んだ。
「ほいさぁぁぁぁっっっ!!」
「ぐぉ……おぉおおっ!?」
手にビリビリと衝撃が伝わるが、それに構わず俺は長柄を振り抜く。金属の擦過音が響き、頭目の躯を押し退けることに成功する。
「ミカゲ! その子は任せた!」
「分かりました。ユキナ様もお気を付けて」
俺の言葉を受けたミカゲは、少女の躯を抱き上げると素早くこの場を離脱。キュネイたちのいる方へと走っていった。
「てめぇ……槍は投げた筈だろ! 何がどうなってんだ!?」
「ちょっとした手品だよ」
体勢を立て直し怒気を発する頭目に、俺はしてやったりとばかりに返答する。
『かっかっか! 作戦大成功だな!』
グラムの高笑いに、俺も自然と口の端がつり上がる。
種明かしをしてしまえば簡単な事。
黒槍を投擲した後、頭目が少女を盾にすることは目に見えていた。だから、少女に穂先が命中する寸前に、グラムが召喚を使って俺の手元に戻ったのだ。
大事なのは、黒槍が消えるタイミングだ。誰もが少女に命中すると思い込むほどのタイミングで召喚を使う必要があった。
だからこそ、グラムに委ねた。投げた俺よりも、投げられた黒槍自身が召喚のタイミングを計った方が確実だと思ったのだ。
『いやはや、我ながら見事だったわぁ。紙一重ってやつだな! 相棒はもっと俺ちゃんを褒めても罰は当たらねぇぞ!』
おそらく本当に、穂先と少女との距離が紙一枚分の所で召喚を使ったんだろうな。人質にさせられていた少女には怖い体験をさせて悪いと思うが、五体満足で親御の元に返れるなら安いものだと諦めていただこう。
おかげで、予め作戦を言い含んでいたもの以外の全ての意識が、少女と投げ放たれた黒槍に集まった。そのおかげで、俺とミカゲが少女を人質に取っていた頭目に接近できたわけだ。
人質だった少女を運んでいたミカゲは、ルデルたちの元に辿り着いていた。捕虜たちはルデルたちがしっかりと守っているので心配する必要は無い。
「捕虜の皆様は我々が守ります! この好機を逃さないでください!!」
アイナの鬨の声に、先行組も後顧の憂いが無くなった事実に気が付く。人質を取られ、動きを封じられた事への鬱憤を晴らすが如く、強烈な勢いで盗賊たちに襲いかかった。
人数差はあろうが、個々の実力は傭兵たちの方が数段上だ。そこに加えて捕虜を守りながらではあるがミカゲやルデルたちが手近な盗賊を倒していく。時折にアイナとキュネイが魔法と投げナイフで援護をすれば、もはや盗賊達に勝てる要素は無くなる。
「形勢逆転だな」
「野郎がぁぁぁぁ!!」
俺が告げると、頭目が顔を真っ赤にして吠える。力任せに叩き付けてくる剣を水平に構えた槍で受け止めた。
体格相応の力を感じるが、常日頃から黒槍の重量で鍛えられてきた俺だ。押し負けることはない。
俺は頭目の剣を弾き飛ばすと、お返しとばかりに槍を旋回させる。穂先が横から迫る中、頭目は剣を躯との間に割り込ませて受け止めた。
「これでも頭はってんだ! 舐めてんじゃねぇぞ!!」
「ああそうかい!」
それから幾度と無く槍と剣を交えるが、こちらの刃がどうにも頭目に届かない。逆に、あちらの剣もこちらに届かない。
『この親分、周囲の雑魚とは段違いの実力者だ。傭兵の階級で言やぁ二級にもうちょいで手が届くレベルだ』
なるほどグラムの言っていたとおり、粗暴な見た目に反して大振りな剣を上手い具合に操り、俺の攻撃を捌いている。もしかしたら、技量は完全にこちらの上を行かれているかもしれない。
それでも、だ。
しばらく打ち合っているうちに、徐々に趨勢が変化していく。
「この俺が……こんな若造相手に……っっ」
「悪いな。若造には違いねぇかもしれねぇが、これでもそこそこにやべぇ修羅場は潜り抜けてんだ」
肩を上下に揺らし、荒い気を漏らす盗賊の頭。逆に俺は、戦闘での高揚で熱は帯びていたが、それでもゆったりとした呼吸を保っていられた。
傍目から見ても、どちらが優勢であるかは明らかだろう。
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