第百十五話 魔法使いの本領ですが
『おい、俺を忘れないでくれよ!』
存在をアピールするかのように念話で叫ぶグラムを召喚で手元に寄せて回収する。
槍を担ぎながら破壊された門を通過すると、既にアジトの中は大騒ぎになっていた。
先行していた傭兵たちが派手に暴れ回っているのだ。彼らには盗賊を相手にして、注意を引きつける役回りを負ってもらった。
「でも、本当に大丈夫なのでしょうか?」
アイナは喧騒が大きいアジトの奥へと目を向ける。ここからはよく見えないが、金属のぶつかり合う音がここまで響いてきており、先行組が戦っているのが分かる。
「見たところ、我々と違って半数以上は経験豊富です。傭兵としての対人戦も集団戦も何度も経験しているはずです。そう簡単に遅れはとらないでしょう」
「とはいえ、元は十二人で相手をする予定を、その半数で相手にしてるんだ。もたもたしてるとあまりよろしくないだろうな」
ミカゲが冷静に告げる、ルデルが後を付け足した。彼の口調は軽かったが、その内容は決して楽観視できるものでは無かった。
「傭兵どもだ! こっちにも来やがったぞ!」
声がした方を向けば、粗末な鎧を着た小汚い男二人が、こちらに向かってくるのが見えた。
俺は槍を構えて迎え撃とうと構えるが、それよりも先にルデルとガディスが動いた。
「この――」
「残念。おまえら相手にしてる暇はないんだ」
ルデルが構えたのは片手でも両手でも扱える片手半剣。向かってくる盗賊に対して深く踏み込み、すれ違いざまに刃を振るう。盗賊は反応する間もなく斬り捨てられ地面に倒れた。
「野郎!」
「…………」
仲間がやられた事に激高しながら、もう一人の男が目の前のガディスに向けて剣を振るう。しかし、ガディスが己の前にかざしたのは重厚な盾だった。甲高い音を立てつつも、男の剣は盾に簡単に阻まれる。そして剣を引く前にガディスが振るった片手剣によって斬られた。
「……ルデル。そう前に出てもらっては困る」
「ははは、悪い悪い。いざという時は頼むよ、ガディス」
ガディスの苦言に、ルデルは陽気に言葉を返した。反省した様子が欠片も見えないルデルに、ガディスは溜息をつく。
人を斬り捨てた直後というのに、まるでそう感じさせない二人に、俺は少しだけ驚いていた。やはり、どちらも俺よりも経験豊富なんだと思わされる。
気を取り直し、俺たちは走り出した。
後続組の役割は、迅速に捕虜を救出し、安全な場所に連れて行くこと。そして捕虜を逃がした後は先行組と合流し、盗賊の殲滅だ。
ルデルの言っていたとおり、時間を掛ければ経験豊富とはいえ数の劣る先行組の負担が大きくなる。急ぐ必要があった。
「ユキナ様、こちらです!」
捕虜の居場所は、偵察をしていた時点でミカゲが当たりを付けていた。俺たちはなるべく盗賊たちに出くわさないルートを選び、ミカゲが示したテントへと走った。
テントの前には見張り役と思わしき盗賊が三人。俺たちの接近に気が付くと、慌てたように腰の鞘から剣を引き抜こうと柄に手を掛ける。
「ふっ!」
素早くキュネイの手が翻ると、盗賊たちの手や肩に彼女の投げたナイフが突き刺さる。刃が突き刺さった痛みに怯んでいる盗賊。
「お見事!」
称賛の言葉を述べたミカゲが一気に踏み込む。一息の間に銀の閃光が三つ瞬き、気が付けば盗賊たちは倒れていた。「……流石だな」
俺もミカゲに称賛を口にするが、自然と口調が鈍る。彼女の足下で倒れ伏している盗賊たち。その地面に『赤い染み』が広がっていくのが見えたからだ。
以前にも、俺は〝人〟を殺したことがある。
けれど、そいつは〝魔族〟であり、王都を危機を及ぼした奴らであり、血の色は青かった。
だからといって何が違うというわけではないのだが、おそらく俺は初めて〝人間〟の死というのを目の当たりにしたのだろう。
――あまり、見ていて気持ちの良いもんじゃぁないな。
今から〝これ〟では少し気が重くなる。
『………………』
グラムは何も言わない。あえて口を噤んでいるような気配だ。グラムなりの気遣いかも知れない。
「……捕虜を助けるぞ!」
落ち込みそうになる気持ちを、声を出して誤魔化す。
俺たちはそのままテントの中に駆け込んだ。
ミカゲの見立て通り、中には鎖に繋がれた人たちが拘束されていた。その数は十人近くにも上る。女性だけではなく、中には身なりが良さそうな男性もいた。鎖の先端は重しの鉄球が繋がっており、動きが制限されているようだ。
突然入ってきた俺たちを目にし、捕虜の誰もが驚き怯えたような反応を見せる。
「落ち着いてください! 我々は傭兵組合から派遣された者です! 皆さんを助けに来ました!」
ここでアイナのカリスマ性が発揮された。美少女から発せられた凜とした声に、捕虜たちの抱いた恐怖が薄れていくのが見て取れた。
捕虜たちがある程度の落ち着きを取り戻したところで、アイナがキュネイに目を向ける。頷きを返したキュネイが一歩前に出る。
「これからここを脱出します! 皆さんの中で歩けない人はいますか! もし重傷を負っている人がいれば、近くにいる人が代わりに手を上げてください!」
捕虜の内、数人がのろのろと手を上げる。それを確認したキュネイは大急ぎで手を上げた者に駆け寄ると、薬を治めた鞄を開けながら側で膝をつく。
「私は医者です。もう大丈夫ですよ」
緊張を和らげるように優しい笑みを浮かべ、キュネイは早速治療を開始する。
俺はその間に、捕虜と鉄球をつなげている鎖を破壊していく。
「こういうとき、お前がいてくれて助かると思うよ」
『おおよ、大いに感謝しな』
偉そうなグラムの念話を余所に、俺は重量を増した黒槍を鎖に叩き付ける。幸いにもさほど酔い金属を使っていなかったからか、鎖は容易く破壊できた。
――ここまでは驚くほど順調に進んでいた。だが、ここからはそうも行かなくなる。
「ヤバいぞ黒刃! 団体さんが来た! おそらく俺たちの狙いがバレた!」
外を警戒させていたルデルが悲鳴じみた声を発する。入り口を遮っていた幌の隙間から覗けば、十人近くの盗賊がこちらに向かってくる光景だ。
『この面子なら苦戦しねぇだろうが、あいにくと今は保護対象がいる。全員を守ったまま戦うのはちょいときついぜ』
グラムの冷静な分析に、俺は焦りを抱きながら叫ぶ。
「キュネイ! まだか!」
「ゴメンなさい! もう少し時間が掛かるわ!」
キュネイが真剣な様子で捕虜に治療を掛けている。舌打ちをしたい気持ちはあったが、彼女の必死の治療も伝わってきており、俺は歯をかみしめるに留めた。
その時、俺の側を人影が横切る。
「アイナ!?」
彼女はテントの外に出ると、杖を前に――こちらに向かってくる盗賊へと向けた。
「爆炎!」
杖の先端が光り輝くと、炎の塊が解き放たれた。そして、盗賊たちの目の前に着弾し、大爆発を引き起こした。
先頭を走っていた何人かが巻き込まれ、後に続く者たちは思わず足を止めた。
今の魔法をまともに食らった盗賊は、倒れたまま動かない。それを目の当たりにしたアイナは僅かに肩を振るわせる。そして、改めて強く杖を握りしめると、テントへと振り返り気丈に叫んだ。
「身動きが取れない状況でしたら、むしろそれは魔法使いの得意とする状況です! 私が時間を稼いでいる間に、急ぎ治療を!」
アイナの言う通り、魔法使いの本領は一箇所に足を止めてから、強力な魔法を放つことにある。だがそれがわかっていたとしても彼女の中には人間へ攻撃する事への忌避感があったはずだ。それでも彼女は己の役割を全うしようと動いた。
俺はそんなことをさせてしまった己自身に罪悪感を抱くと同時に、心に火が灯るのを感じた。
この前までお姫様だったアイナが、己を奮い立たせているのだ。そんな彼女に恥ずかしい姿は見せられない。
俺も、アイナに負けぬように腹をくくった。