第百十三話 よく見ていたようですが
馬車旅での途中、散発的に厄獣と遭遇し戦闘になったが、皆が三級傭兵ともなれば手慣れたもの。現れた厄獣がさほど強くないこともあって、怪我人を出すこと無く撃退。
王都を出発してから五日が経過し、俺たちは無事に最初の目的地である町に到着した。
王都から一週間内で届くという立地的特徴を除けば、さほど目立った特産品があるわけでもない。だが、逆を言えばその立地故に王都と余所の地方を繋ぐ拠点の一つであり、交易商や宿屋が多かった。それなりに栄えているようだ。
だが、実はこの町。今現在はちょっとした存亡の危機に陥っている。
原因は、他ならぬ町の付近にアジトを作った盗賊だ。
アジトは町から半日ほど歩いた先にある岩場。
厄獣がたまに出没する事から、素材を求めてごく稀に傭兵が足を運ぶ程度。交易路からも離れており、ほとんど誰も見向きもしないような場所だ。
だが、だからこそ人目を忍ぶにはもってこいであったのだ。気が付けばそこに盗賊がアジトを作ってしまったのだ。
既に結構な数の旅人や商人が襲撃に遭い、金銭面でもさることながら人的被害も多い。死人が出ている上に、中には攫われた者もいるらしい。
おかげで、この町を経由する交易商たちの数は激減。それはつまり交易商達を目当てに経営を続けていた宿屋に大きく影響していた。
もちろん、誰もが黙って指をくわえていたわけではない。
盗賊団の存在が発覚した時点で、町の行政は傭兵組合に調査及びに討伐を依頼した。その迅速な行動は紛れもなく正解であり、褒められたものだろう。
しかし、ここで問題が発生。
盗賊団の根城を探るため、斥候を得意とした傭兵が下調べを行った。結果として判明したのは、当初の想定を遙かに上回る盗賊の数。町が保有する傭兵を全てかき集めても対抗するのは極めて困難な状況だったのだ。
本来であれば、それほどの規模の盗賊ともなれば国の軍隊が出るのが当然なのだが、あいにくと時期が悪い。
今は魔族襲撃事件の騒動が収まりきっていないのだ。
そんなこんなで、俺たち王都にいる傭兵にお鉢が回ってきた次第だ。
「ミカゲ、こっからどのくらい見える?」
「…………正確な人数は不明ですが、情報通りの数はいそうな感じですね」
「さよか。……まぁ、多いよりはマシか」
俺とミカゲは、高い位置にある岩山の影に隠れながら、盗賊たちのアジトを観察している。事前に組合からわたされた情報と実情に齟齬が無いかを確認するための斥候だ。
とはいえ、盗賊達に気付かれぬようにかなり離れた位置からなので、俺には人が豆粒程度にしか見えない。一応、狐獣人であるミカゲには見えているようだ。
依頼を受けた傭兵の中で一番視力が良いのはミカゲ。そして俺はそのサポート役だ。万が一の際にはフォローできるように同行したのである。
アジトにはいくつものテントが設置されている。寝床にするためか、あるいは戦利品を置いておくためか。
「さすがに、この距離からでは誰が頭目かは判別できません。おそらくは、一番大きなテントにいるのでしょう」
「一番大きいの、どれさ」
「こちらから見て、右奥から数えて二つ目ですね」
「……俺が来た意味、あるのかなこれ」
完全にミカゲに任せっきりである。
万が一のフォローとは言うが、そもそもミカゲは二級傭兵であり、俺よりもよほどに経験豊富だ。むしろ、俺がフォローされてるような気がする。
模擬戦では、最近になってようやく一本取れるようになったが、それでも勝率は二割を切っている。平常時の立ち会いではやはり、ミカゲが一枚も二枚も上手だ。
「隣にユキナ様がいるだけで、私は安心して役割を全うできるのです。そう卑下されないでください」
「そう言ってくれるのは嬉しいけどよ」
慰めの声を掛けてくれたミカゲだったが、ふと思い出したように言った
「そういえば、あのルデルという傭兵ですが、何やら親しくなったようですね」
「酔狂な事に、俺のファンだってさ」
俺は移動中の夜にあったルデルとの会話を、簡潔にミカゲに伝えた。すると、彼女は心底残念そうな表情を浮かべた。
「そのような事が……教えてくだされば良かったのに」
「わざわざ言うことでもねぇだろ」
「はぁ……折角ユキナ様の武勇を広めるチャンスでしたのに。ですが、彼となら良い友人になれそうです、私」
その友人関係を俺は果たして喜んで良いのか、迷うところだ。
「友人云々はさておき、ルデルは傭兵としてなかなかの技量でした。事件の際に見た限りではありますが、三級の中でも上位に部類される実力者でしょう。この依頼に同行してくれるとなると心強いですね」
自他に厳しいミカゲが言うのだから、あの優男っぷりに反して本当に腕利きなのだろう。
「にしても、あの状況でよく見てたなお前」
「目はそれなりに良い方なので。ですから今のこの役回りを担っているわけです」
あの戦場では、俺に比べてミカゲには周囲に気を配ることが出来るくらいの余裕があったのだろう。俺もそのくらいになれるのだろうか。
『そう自分を卑下しなさんなって。あの時は相棒が一番やべぇ奴を相手にしてたからこそ、ミカゲが落ち着いて状況を把握できてたんだ』
まぁ、あの時はアイナのことで頭が一杯だったから仕方が無いか。
そこまで考えて俺は頭を振った。
話に興が乗りすぎた。〝本番〟はまだ先とはいえ、今も依頼の最中なのだ。気を引き締めないと思ったところでミカゲの顔を見ると、酷く険しい表情を浮かべていた。寸前までの談笑とは打って変わり、張り詰めた雰囲気が漂ってくる。
アジトに何か異変があったのかとミカゲの視線を追うが、やはり俺にはよく見えなかった。
強いて言えば、何やら細長いものをくっつけた数人が出てきたような――。
『相棒、先に言っておくが落ち着いて聞けよ』
グラムが念話で囁くなか、ミカゲが努めて無感情に事実を述べた。
「鎖で手を繋がれた女性が数人、テントから出てきました。多分、攫われた人たちでしょう」
――ガッ。
気が付けば、俺は背中の槍を掴んでおり、その腕をミカゲが掴んでいた。
「ユキナ様。お気持ちは分かりますが……ここは堪えてください」
俺は〝膂力〟という点に限定してしまえば、もうミカゲを大きく凌駕している。その気があれば振り払えると分かっているだろうに、ミカゲは全力で飛び出そうとしている俺の腕を掴んで止めている。
……いや、違う。
ミカゲも己を制しているのだ。それが、俺を腕を掴んでいる手から伝わってきた。
「悪い……もう落ち着いた」
俺は彼女に謝りながら、槍を掴んでいた手を引き剥がした。
「いえ、これも配下の役目です」
「助かる。それで……繋がれてる人数は分かるか?」
「見える範囲では……三名ほどです。状態までは流石に分かりませんが、なんにせよあまり悠長にはしていられなさそうですね」
「だな。急いで戻るぞ」
俺とミカゲは互いに頷くと、急いで他の傭兵達が待っている地点へと急いだ。