第百十二話 プレッシャーのようですが
あけましておめでとうございます
意外な言葉に俺は虚を突かれた。
俺は少し離れた場所で楽しそうに談笑しているキュネイたちを見て、もう一度ルデルの方へと向いた。
「キュネイたちじゃなくて?」
「銀閃にも興味が無いわけじゃないが。俺が今、一番注目しているのは黒刃だよ」
どうやら聞き間違いではないようだ。
それにしても……俺のファンねぇ。
最近はそこそこに名が上がってはいるらしいが、こうして己の追っかけを自称する者が現れるなんて考えたことも無かったな。
妙な感慨深さに浸っていると、優男は己を指さしてズイッと顔を近づけてきた。
「おい、やめろ。お前はイケメンだとは思うが、俺はまっとうな性癖の持ち主だ」
「あいにくと、俺も恋人にするなら女性が良い。それよりも、この顔に見覚えは無いか?」
言われて俺は改めて、ルデルの顔を思い出そうと試みる。だが、絶対に見たことがあるという確信は強まったのだが、それが何時なのかが分からない。
「酷いな。コレでも同じ戦場を共にした仲だというのに」
「同じ戦場? …………あ」
『戦場』という言葉を聞いて、最初に浮かんだのは魔獣襲撃事件――玉座の間での戦い。あの時は、俺やミカゲたちの他にも、多くの傭兵が一緒に戦った。
「お前……玉座の間で魔族とやり合ったときに一緒にいた傭兵か」
「ようやく思い出してくれたか」
呆れたといわんばかりに息を吐くルデル。あの時は魔族やアイナのことで頭が一杯で、他のことに意識を向けている暇はほとんど無かったのだ。おそらく、こうして面と向かって言われなければずっと忘れていたかもしれない。
「ちなみに。あそこにいる彼もそうさ」
ルデルが指さしたのは、少し離れた場所で立っている壮年の傭兵。俺たちの馬車に乗っていた最後の一人。
こちらも思い返せば確かにあの場にいたと分かるが、ルデルほど印象には残っていなかった。
「彼はガディス。俺の相方だ」
こちらの視線に気が付いたのか、壮年の男は俺たちに対して目を向けると軽く会釈をしてまた別の方向を向いてしまった。
ガディスの反応にルデルが苦笑した。
「アレは別にこちらを嫌ってるわけじゃ無い。元々口数が少ない奴なんだ。気を悪くしないでくれ」
「別にそこまで気にしちゃいねぇよ」
俺は手振りを交えて答えると、ルデルは笑って頷いた。
それにしても……。
「ミカゲならともかく俺のファンねぇ。物好きか?」
「ファンを前に当人がそれを言うか」
「いやだって……ねぇ」
追いかけられるなら胸の豊かな美女が良い――という冗談半分は置いておくとして。やはりあまり実感がわかない。
「まぁ、本人にはあまり自覚は無いかも知れないが、君のファンは案外いるもんだぜ? 特に、あの玉座の間に居合わせた傭兵たちは、ほとんどが君のファンだ」
「マジで?」
「マジマジ。君が『黒刃』の二つ名を得た時は、俺も含めて彼らもかなり沸いたからな」
あの場に居合わせたと言うことは俺の『大魔刃』を使う場面も目撃している。『黒刃』の意味も理解できるのだろう。
「……その割には、俺が組合に行っても誰も声を掛けてこなかったけどな」
「曲がりなりにも腕一本で食ってる傭兵だ。それなりのプライドもあるし、あまり大きな声では言えないからな。皆、黙って見守るスタンスを取ってるよ」
そういえば、と俺は組合内での他の傭兵たちの反応を思い返した。アイナたちと一緒にいることへの嫉妬以外にも、好意的な視線を向けてきた傭兵がいた。もしかしたら、そいつらがルデルの言う〝ファン〟なのかもしれない。
「その割には、お前は声を掛けてきたのな」
「俺もどちらかと言えば黙って見守る派だったけどな。幸運にも一緒の依頼で肩を並べることになったんだ。声を掛けるには絶好のチャンスだろ」
「よく分からん」
他人の視線や印象など、まったく気にしない人生を送ってきた反動からか。嘲笑や侮蔑ならともかく、好印象な反応を向けられるといささか対応に困ってしまう。
「ちなみに、どんなことがお前さんの琴線に触れたわけ」
「そりゃもう! お姫様のピンチに割り込む時のハチャメチャぶりやあの名乗り! どれだけ追い詰められようと不屈の精神で立ち上がる勇猛さ! そして最後は、強大な敵を前に一寸も怯むこと無く、逆に一刀の元に両断したあの光景! アレを見てファンにならなきゃ人間として感情が欠落してる!」
興味本位で訪ねると、ルデルの言葉に急激に熱が入った。それまでの二枚目な様子が、三枚目になるほどに興奮具合だ。
「お……おう、そうか。そりゃなんとも……」
「……あ、悪い。あの時の事を思い出すと、今でもつい熱が入る」
自分の浮かれ具合に気が付いたのか、ルデルは恥ずかしそうに声を小さくした。コメントに困る反応だ。
落ち着きを取り戻したルデルが、改めて口を開く。
「それにしても残念だよ。仕方が無いこととは理解できつつも、君の活躍を多くの人々に伝えられないというのは本当に」
「箝口令が出されてるんだっけ?」
「国王様から直々に命じられたら、口を閉ざすしか無いじゃないか」
心底残念そうに言って、ルデルは溜息を吐いた。
『内側にある興奮を発散させる機会が無いってのは、それなりに辛ぇからな』
グラムの言葉で、ルデルの先ほどの勢いに納得できた。
そこでふと、俺は気が付いた。
「あれ? あの場に居合わせてたって事は、もしかして――」
俺は思わずアイナの方に顔を向けた。彼女は俺の視線に気が付くと、笑って手を振ってくれた。俺も軽く手を振って返す。
こちらの反応を見て、ルデルが俺の言わんとするところを察したようだ。
「もちろん、彼女が誰であるかは知っている。けど、それを広めようとは思わないよ。他の奴らも同じさ」
「そりゃ良かった」
もしアイナが本物の元お姫様だと知れ渡れば、これからの傭兵活動に大きな支障を来す。
「ああでも、彼女の正体が露見しても問題ないくらいに、君が大きく名を上げて欲しいとは、一ファンとして思ってるよ」
「さり気なくでけぇプレッシャー乗せてくるなよ。つか、俺ぁ積極的に名を上げていくつもりは無いぞ」
キュネイ、ミカゲ、アイナ。
彼女たちの恋人として恥じぬ男になろうとは常々心に誓っているが、だからといって世間に名を広く知らしめようとは思っていない。二級傭兵になれば自然と俺の存在も知れ渡るかもしれないが、俺としてはその程度で十分だ。
「それは承知の上さ。ファンになってから少しだけ君のことを調べさせて貰ったけど、その辺りのことに関しては察していたよ」
「なにそれちょっと怖い。え、俺って調べられてるの?」
「これも有名税だと思って諦めてくれ」
いや、別に調べられて別段に恥ずかしい過去は――あるね、思いっきり。
『王都に来た切っ掛けが、勇者のお付きを建前に娼婦を買うためだったからな。うん、こりゃひでぇや』
グラムからまったく嬉しくないお墨付きが付いたよ。
「もちろん、君がこの王都に来た理由も知ってるよ。……〝女〟を買うためだろ?」
と、ルデルは囁くような小声で呟いた。
「おっふ……」
懸念した事柄をバッチリ言い当てられて、俺は妙な声を発しながら肩を落とした。つまり、一部ではこの事実が広まっているということだろう。
これ、下手に有名になったらもっと広まるって事か? どんな罰ゲームだよ。有名税にしちゃ重すぎねぇか。
「ところで、君に会ったら聞きたかったことがあるんだが」
「なんだよ」
「そう邪険にしないでくれよ」
思わず目つきが悪くなるが、ルデルは気にする素振りも無い。
「君が勇者と同郷って話は本当なのか?」
「ああ、そのことか。同郷ってのは本当だ」
意外な質問を受け、俺は素直に肯定した。話の流れからして、キュネイに関係することを聞かれると思っていたが、まさか勇者の方だったのか。
だが、ルデルはこちらはこちらで俺の返答が意外だったのか、口を噤み目を瞬かせた。
「……驚いた。まさかあっさりと答えてくれるとは思ってなかったよ」
「隠すことじゃぁ無いからな。特別に仲が良かったわけじゃないけど、そこそこの交友はある」
もっとも、先日の一件で前よりは少しだけ仲が深くなったようにも思える。それが良い意味なのか悪い意味なのかは、ちょっと計りかねるが。
「けど、あちらは経緯はどうあれ、君の手柄を横取りしたような形になるんだろ? その辺りはどう思うんだ?」
「別にどうにも」
「どうにもって……。同郷の友人だろ?」
「いや、だからどうしたって話だよ」
俺の答えが予想外すぎたのか、ルデルは今度こそ目を見開いて驚く。
「世間様の云々って王様の言ってたことも、まぁ理解できるしなー。それに、一番欲しかったものは手に入れられたし、俺としちゃ文句の無い結果だ」
評判は勇者のものになったかも知れないが、手柄は俺のものになった。コレに不満を垂れたらそれこそ罰当たりだ。
「……君は」
「ん?」
「君は、謙虚なのか強欲なのか、よく分からないな」
「そうか? 人にはもの凄く我が儘で傲慢って言われるけどな、俺は」
――特に背中の相棒にはな。
俺は側に置いていたグラムを軽く叩いた。この仕草の意味を読み取れなかったのか、ルデルは首を傾げるのだった。
どうもこんにちわ、ナカノムラです。
今年初投稿で、ちょっと感慨深いですね。
年末は猛烈に忙しくて‥‥ええ、戦場に赴いてましたよ。
今年は昨年以上に執筆スピードを上げていくことを目標に励んでいきたいと思っています。
それと、書籍版『勇者伝説の裏側で俺は英雄伝説を作ります 〜王道殺しの英雄譚〜』もどうぞよろしくお願いします。