第百十一話 ファンのようですが
キュネイたちとの相談の結果、俺はカランから持ちかけられた依頼を受けることにした。もちろん、彼女たちも一緒だ。
二級傭兵になるという明確な目標があり、それに近づくためならば逃す手は無い。
よくよく考えれば、初めて〝人間〟を相手にする依頼だ。コレまで数多く受けてきた厄獣を討伐するような依頼とは違う。
とはいえ、俺も対人戦の経験が無いわけでもない。素人が相手なら言うまでも無く、先の事件で魔族を相手に一戦を繰り広げている。魔族と人間では色々と勝手が違うかも知れないが、あの経験が無駄になることはないだろう。
カランに依頼の承諾を伝えてから三日後、俺たちは王都を出発した。組合が手配した馬車に乗り、これから五日程度の距離にある町に向かう。
王都の付近は、国軍の定期的な巡回に加えて有力な傭兵を有する組合があるために、不届きを働く者はほとんどいない。だが逆に、王都から離れた場所に関してはその限りでは無く、どうしても治安は王都に比べて悪くなってしまう。
今回もそんな一例だ。もっとも、被害に遭っている村や町にとっては〝一例〟の一言で済まされては堪ったものでは無いだろう。
さて、組合が調達した馬車は二台で、御者を除けばそれぞれに傭兵が六人乗っている。つまり、この依頼に参加した傭兵は計十二人。ミカゲを除けば全員が三級傭兵だ。戦力としては結構なもの。
『逆を言やぁ、この位の戦力が必要になってくる仕事ってこったろうよ』
当然、俺たち四人は全員が一緒の馬車に乗っているが、他にも二名ほど傭兵が乗っている。片方は髭を生やした顔つきの鋭い壮年の男。そしてもう片方は、レリクスほどでは無いがなかなかに優男である。歳は俺と同じか少し上ほどか。
ふと、優男と視線が合うと、彼は俺に笑いかけてきた。コレまで付き合いは無くともそれなりに傭兵と顔を合わせたことがあるが、珍しい反応である。
……はて、そういえばどこかで見覚えがある気がしなくも無いな。グラム、覚えてるか?
『なんでもかんでも俺に聞くなっての。たまには自分でちゃんと考えろや』
呆れたような物言いで怒られた。
言われて、最近分からないことがあるとついついグラムに聞く癖が付き始めていることに気が付いた。
知識や記憶力においてはグラムが心強すぎて、ついつい頼りにしてしまう。
『そりゃぁ、頼ってくれるのは嬉しいけどよ。頼り癖が付いちまうといざって時は困るぞ。俺がいつも側にいるとは限らねぇんだから』
コレばかりは反省しなければならない。召喚でいつでも手元に呼び出せるとはいえ、状況次第ではそれも出来ない場合もあるからな。
『本当にやべぇときはともかく、普段から考える頭を養っとくのは大事だぜ。それに、俺だって常に正解を出せる保証もねぇからな』
珍しくグラムからの説教を受ける。言い分に口を挟む余地は無く、甘んじて受け入れよう。
『つっても、コレだと相棒がかわいそうだからヒントだけはやる。あのあんちゃんと一度は顔を合わせてるぜ。どこでかは教えてやらんがな』
なんだかんだで世話焼きなグラムであった。
それからしばらく進み、日が暮れる頃に馬車が止まると、野営の設置を行う。目的地との間に宿場は幾つか存在するが、道程の都合上で何日かはこうして野営をすることになっていた。
さすがに三級傭兵ともなるとこの手の作業には慣れているようだ。初対面のものが多かろうと、各自で分担してテキパキと準備が進む。
「なにげにアイナも慣れてるよな」
決して居心地の良い馬車旅ではないのに、アイナはさほど苦も無く荷台で時間を過ごしていた。野営の設置も、請け負った部分に関して滞りなく作業を進めていた。
食事に関しても、保存の為に塩っ気の強い干し肉をお湯でふやかしたような簡易すぎるものであっても、嫌な顔ひとつもせずに食べていた。
先日の村の復興依頼の時もそうだったが、元お姫様とは思えない手際の良さだ。
「前にも話したとおり、家の方針で一通りの訓練はさせられましたから」
「なかなかに行動派だよね、おたくのご家庭」
王族というのはお城の中でふんぞり返っているだけ、というイメージがこれまであった。それが、アイナの話を聞くとまるで違った。
「……世間一般――といえるような世界ではありませんが、私の実家に関してはそれはいささか当てはまらないかもしれませんね」
アークス王家は〝現場主義〟というのは前言っていたな。おかげで、傭兵となってからも容姿という点では目立つものの、傭兵としての活動に関してはさほど奇異な目で見られない。
可憐な見た目に反して、凄く行動力のあるお姫様である。
「隣、ちょっといいか?」
優男が声を掛けてきたのは、夕食も終わって落ち着いた頃合いだ。焚き火を前にぼぅっとしてた俺の隣りに、優男が腰を下ろした。
「いや、まだ返事してねぇんですけど」
「ははは、まぁ良いじゃ無いか」
誤魔化すように笑う優男に、俺は怪訝な目を向ける。整った顔たちだが、何故か胡散臭く感じてしまうのだ。
「俺の名前はルデル。三級傭兵だ。この依頼を受けている時点で三級なのは当然だがな」
聞いてもいないのに勝手に名乗る優男。とはいえ、ほんの短い期間とは言え共に仕事をするのだ。多少の交流は必要だろう。
「俺は――」
「黒刃のユキナ――だろ? 知ってるよ」
こちらが口にする前に、優男――ルデルが先回りをする。開き掛けていた俺の口が途中で止まり、への字に歪んでしまう。
少しばかり警戒心を抱くと、表情から読み取ったのか。ルデルが慌てたように手を振った。
「おっと、悪い。別にからかいたくて声を掛けたわけじゃ無い。ただ純粋に、君と話がしたかったんだ」
よくよく考えれば、王都の組合では俺はちょっとした有名人だ。槍を使っているということもあり、自惚れでなければ良くも悪くも目立っているだろう。
『つか、ミカゲとかアイナとか、あんなおっぱい大きい綺麗どころを側に侍らせてりゃ、悪い意味で注目の的だろ』
侍らせるってのは人聞きが悪すぎる。否定しきれないのがちょっと辛いが。
だがちょっと待て。
『黒刃』の二つ名は、王都を出発する数日前に組合から授与されたものだ。こんな短期間で広まるには早すぎるように思えた。
「いやはや、俺は運がいい。まさかこうして、君と一緒に仕事を出来るんだからな。俺はね、君のファンなんだよ」
そう言って、ルデルは再度笑った。